見えぬ未来に不安はあれど、先があるなら幸もある
「ここどこー?」
「どこだろー?」
「いつものところー?」
「ここが異世界……いや、もう一つの世界か」
地面に座り込んで呼吸を整える俺の側では、魔王や妖精達が興味深そうに周囲を眺めている。いや、妖精に至ってはスゲー勢いでその辺に飛んで行ってるな……まあ俺の仕事はここに連れてくるまでだし、別にいいんだが。
「どうだ魔王? 新しい世界に来た感想は?」
「感想? そうだな……感想と言っていいのかはわからんが……思い出した」
「思い出した?」
「ああ。世界はこんなにも美しく、命に溢れているものなのだとな」
「……そっか」
こっちの世界は、当然ながら滅びの間際などではない。木々の間を吹き抜ける風も、花を揺らす蝶も、その全てが命の喜びを謳っている。そんな当たり前が失われた世界からここにやってきたら、そりゃ感動の一つもするよなぁ。
「んじゃ、俺は約束を果たしたってことで、あとは自由にやってくれ。一応位置的には同じ場所のはずだから、暮らしていけないほど環境が合わないってことはねーと思うし……妖精が暮らしてるかは知らねーけど」
「そうなのか? 俺はてっきり、その辺も同じなのだと思っていたんだが……」
「どの時点で世界が分岐してるかが、俺にもよくわかんねーんだよ。近けりゃ近いほど元の世界と同じになるだろうけど、五〇年一〇〇年前が分岐点だったら、むしろ同じにならない方が自然だろ?
それにこっちはお前が存在してない世界だから、あの集落にお前が肩入れしてた分だけ違いもあるだろうしな」
「む、そうか……そう言われればそうだな」
俺の主観では全く同じ瞬間に世界が二重に増殖したわけだが、それが各世界の中のいつに該当するのかは全部が違う。それに魔王はまだしも神の欠片が存在するか否かの違いはあまりにも大きすぎて、それこそ全く別の歴史を歩んでいる可能性だってなくはないのだ。
「今までと違って時間はたっぷりあるんだ。その辺はおいおい調べりゃ――」
「「「わーっ!」」」
と、そんな話をしている俺の耳に、不意に妖精達の騒ぎ声が届いた。そちらに顔を向けてみると、どうやら妖精達が遊んでいるようだが……?
「おーいお前等、どうしたんだ?」
「うおー? ヨソモノいっぱい?」
「ヨソモノのほかに、でっかいヨソモノもいるー?」
「知らないのがたくさんー!」
「エドー! この子達は、こっちの世界の森に住んでる妖精なんですってー!」
「へー、そうなのか。なら最初から賑やかな暮らしになりそうだな」
すっかり妖精達の扱いに慣れたティアが、新参……いや、俺達の方が新参なんだから、古参なのか? とにかく元からこっちに住んでいた妖精達と、俺達が連れてきた妖精達の両方をいい具合に楽しませている。今も得意の旋風の魔法で……おぉぉ!?
「きゃっ!?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉー!?!?!?」
「めがまわるー!?」
「グルグルがブォンブォンー!?」
今までは五〇センチくらいの小さな旋風だったのが、今は周囲の木々を楽々と越える三メートルほどの竜巻になっている。巻き込まれた妖精達は楽しそうだが、これはちょっと目立ちすぎだ。
「おいティア、それはやり過ぎじゃねーか!?」
「ご、ごめんなさい! 向こうと同じ感じで魔法を使ったら、凄い威力になっちゃって……そうよね、ここは精霊が元気いっぱいだもの、そうなるわよね……貴方達、大丈夫だった?」
「すごかったー!」
「たのしかったー!」
「もういっかい! もういっかい!」
「えぇ!? ど、どうしよう……本当にやって欲しい?」
「馬鹿、やめろティア! 真に受けるな! あっちと違って周囲には魔獣がいたり、人間の町があったりするかも知れねーんだぞ!?」
「うぐっ!? わ、わかってるわよ……じゃ、ちっちゃいのをいくつか出すから、それで遊びましょうか。組み合わせて逆回転とかも混ぜたら、きっと楽しいわよ?」
「ぎゃくかいてん!?」
「グルグルがルグルグになる!?」
「たのしそー! やってやってー!」
「いいわよ。それー!」
「はは、やっぱ妖精は気楽なもんだなぁ……ま、先住民がいたってことなら、もう平気か。おーいティア! そろそろ帰るぞ!」
「はーい! じゃあみんな、元気でね!」
力が抜けて物理的に重く感じられる腰を持ち上げながら呼びかけると、ティアが妖精達に手を振ってからこちらに寄ってくる。すると妖精達は三々五々に散らばっていき、この場に残ったのは俺達と魔王のみ。
「……行くのか」
「ああ。ここでやることは終わったし……あと追放判定が出てるからな。あと二分くらいで何もしなくても消えちまうよ」
「え、そうなの!? どういうこと!?」
「細かいことはわかんねーけど、多分俺が世界の壁を越えたところで『追放』の条件を満たしたことになったらしい。いや、本当に何もわかんねーんだけど」
神がこの仕組みを構築した時に、世界が二重になることや、その壁をただの人間になった俺がぶち破って超えるなんてことを想定していたとは思えない。となると考えられるのは、そういうあらゆる想定外に対して「とにかく一度『白い世界』に帰還させることで状況をリセットする」という処置が為されているのではないだろうか?
「うぅ、もうちょっとこっちの世界を見て回りたかったけど、それじゃ仕方ないわね」
「だな。まあ無事を確認するくらいの余裕があったんだから、それで満足しといてくれ」
「そうね。欲張り出すと切りがないもの」
俺の隣に立ったティアが、小さく笑いながら俺の手を取る。そしてそんな俺達を、魔王が恐ろしい顔のまま、切ない表情で見つめてくる。
「エド、ティア。お前達にはどれほど感謝してもし足りない。終わり逝く世界から妖精達だけでなく、まさか俺まで救ってくれるとは……」
「気にすんなって。あくまでも俺が、俺達がそうしたいと思って、勝手に頑張っただけのことだ。それに、これから大変なのはお前の方だぜ? 力を返してやれりゃいいんだが……」
エルドの時は、ヌオーの祝福により「人の体」があったため、魔王の力を失っても単に人間になるだけですんだ。が、目の前の魔王は俺の力の欠片そのものであり、その存在は中身を飲み干したジョッキの縁に、ほんの少しだけ残った水滴のようなものだ。
ならばこそ心配する俺に、しかし魔王は嬉しそうに笑って首を横に振る。
「いらんよ、そんなもの。確かに俺が、この先どうなるのかはわからん。数年で消えてなくなるのか、それともいずれ力を取り戻すのか……だがどんな結果であったとしても、俺はこれが最良であったと胸を張れる。
俺を受け入れてくれた妖精達を、最後に心穏やかに見送る時間をくれたこと……その恩を、俺は死してなお忘れない。この身に残った僅かばかりの力が魂と共にお前の元に還る時、俺が積み上げてきた全てをお前に託すと誓う。
ありがとうエド、ティア。お前達に出会えたこと、そして俺がエド、お前の力の欠片であること……それを俺は心から誇りに思うぞ」
「何だよ、大げさだなぁ。んなちゃちい力なんていらねーから、精々長生きしやがれ。一応魔王は魔王なんだから、割とこの世界の終わりまで生き延びたりするかも知れねーぞ?」
「ははは。それでも俺は、忘れんよ。俺は甘味の魔王……何より甘い夢を叶えてくれたことを、忘れられるはずがない」
「そうか。じゃ、俺達はそろそろ行くぜ」
「頑張ってね、魔王さん。妖精達と仲良くね」
「ああ! 二人も元気で!」
『三……二……一……世界転移を実行します』
恐ろしげな目に涙を溜め、牙の生えた口で精一杯に笑う魔王に見送られながら、こうして俺とティアはやってきたばかりの世界から「追放」されていくのだった。




