未来を変えることはできても、過去を覆すことはできない
「おい、魔王! ちょっと話聞かせろ!」
白い妖精がいなくなった後、俺は一人で魔王の元へと走った。ティアを連れてこなかったのは、それをするとティアと遊びたい妖精達が一緒についてきてしまうからだ。真面目な話をしたいのに何十と妖精を引き連れて大移動するのは、流石にな。
「ん? どうしたエド? そんなに慌てて」
息せき切って走ってきた俺に、いつもと同じ場所にいた魔王が首を傾げる。一見すると睨まれているように感じるが、単に顔が怖いだけでそんな意思は持っていないことはもうわかっている。
「そりゃ慌てる……いや、今更慌てる意味はねーのか? とにかく聞かせろ。あの白い妖精は何だ?」
「白い……? ああ、あれがどうかしたのか?」
「どうかじゃねーよ! お前あれが……あの妖精に宿ってるのが何なのか、わかってんのか!?」
「無論、わかっているさ。だが最早、あれに大した力はない。それはエドにだってわかっているんじゃないのか?」
「それ、は…………」
魔王の言葉に、俺は思わず口ごもる。白い妖精を見た時、俺は確かに戦慄のようなものを感じた。が、それはごく僅かであり、もっと遠くにいるはずの相手が振り向いたら思ったより側にいたからビックリしたとか、その程度のものだ。
それに何より、あの欠片は妖精に入り込んでいた。かつての……世界を壊すという意思を持つ前の神の欠片であれば、普通の人間の中に入り込んだりもできたようだが、今の神の欠片は妖精などという小さな器に収まる存在ではない。
そりゃそうだ。個人の意識に干渉する程度の力と、世界を壊す力が同等のはずがないし、そもそも正体を隠す必要がないなら何かに宿る必要もない。にも関わらず妖精なんていう肉体的にはかなり脆弱な器に入り込み、しかも自我を完全に制御できてないとくれば、その力は弱体化してるなんてレベルじゃないだろう。
「……ひょっとして、お前がどうにかしたのか? で、弱らせることはできたけど滅ぼすことはできなかったから、妖精の中に封印したとか?」
それならば納得はいく。ただその場合は他の魔王が死力を尽くしてやっとという神の欠片をどうやって弱体化させたのかという疑問は残るが……しかし俺の問いに、魔王は大きく首を横に振る。
「まさか。俺がそんなことをするはずがないし、できるはずもない。手から出した甘いもので、神の欠片を封じられるとでも?」
「まあ、うん。無理だよな」
オーナー魔王が莫大な欲の力で押さえ込んだのは実例としてあるが、それと同等の力があの茶色いネチョネチョにあるかと言われると……ワンチャンありそうな気もするのが怖いが、その言い方からすればなかったんだろう。
「なら、どうしてあいつはそんなに弱体化してんだ?」
「……知りたいか? 無害なのだから、知らずに元の世界へと旅立つ方が、お前達のためになると思うぞ?」
「あー、それは一つ前の世界で俺がやったやつだからいいんだよ。気にせず全部教えてくれ」
俺は自分を何でもできる無敵の存在だなんて思ってはいねーが、それでも何も知らずに訪れる結果を甘受するだけの弱者だとは思っていない。促す俺に、魔王はしばし瞑目し……そしてゆっくりと口を開く。
「ならば語ろう。何故あの存在がああまで無力に成り果てたのか……その理由はたった一つ。あれは役目を終えたからだ」
「役目を終えた? それって……」
「そうだ。この世界は既に壊れきっている」
「っ!?」
その言葉に、俺は周囲を見回してしまう。だがそこに広がっているのは、木々の間で遊び回る妖精達という平和そのものな光景だけ――いや、違う?
「ティアが、この森は一〇年以内に死ぬと言っていた」
「そうか。まあそのくらいが限界だろう。俺がこの森を……妖精達を守り切れるのはな」
「……………………」
俺は柔らかい草の上に腰を下ろし、話を聞く姿勢をとる。すると魔王もまた近くの木にもたれかかり、よってきた妖精に甘いものを振る舞ってから話を続ける。
「二〇年……そう、たった二〇年前だ。この世界に降り立った白き者は、世界を神に捧げよと主張し、その力を以て世界を攻撃し続けた。世界中の者達がそれに抗ったが、人の力で神に対抗できるはずもない。
世界は着実に、確実に白き者によって壊されていき……この森の外には、もう何もない」
達観したような魔王の言葉に思い浮かぶのは、かつて勇者ハリスと旅をした世界。白い雪に包まれた世界は、終わりの静寂に包まれていた。
「残ったのは……残せたのはこの森だけだ。人も獣も死に絶えて、残っているのは俺と妖精達、それに僅かな虫くらいか。そのおかげでまだ花は咲いているが、これほど限られた地では虫ですらそう長くは生き延びられぬだろう。
そう、この地は最後の楽園にして終焉の牢獄。俺の我が儘で終わりを引き延ばしているだけの場所に過ぎぬのだ」
「魔王、お前…………」
それは、ずっと気になっていたことだ。怖い顔つきのくせに優しげに笑う魔王の表情には、いつも何処か影があった。一体何をそんなに憂いているのかと思っていたが……なるほど、そういうことだったのか。
「なあ、エドよ。我が本体よ。俺はお前に、ずっと聞いてみたいことがあった。答えを聞くのが恐ろしくて問えなかったが……今この時なら聞ける。お前の力で、この状況をどうにかできないか?」
「いや、それは…………」
全てを終わらせる終焉の魔王の力。だがそれは「終わりを終わりにする」などというトンチのような力ではない。事態が進行しているのならそれを止める……終わりにすることはできるかも知れねーが、既に終わってしまっている世界をどうこうできるはずもない。
というか、そんなことができるのであれば、そもそもハリスの世界だって救えていたわけだしな。
そしてそれは、俺の力の欠片である魔王にもわかっていたのだろう。獰猛なオーク顔が、しょんぼりとその場に項垂れる。
「やはり無理、か……わかってはいたのだが。せめて、せめて妖精達だけでも逃がすことができれば……なあエドよ、お前達の世界移動に、妖精達を一緒に連れて行くことはできないか?」
「無理だ。俺の魂を分割して分け与えることができるなら可能性はあるだろうが……」
単に魔王の力を持っているだけでは、世界移動に便乗させることはできない。ティアがそれを為しているのは、力ではなく魂が混じり合っているからだ。
そして、魂を分ける方法など俺には皆目見当もつかないし、仮にできたとしても何百といる妖精達にそれをしようとは思えない。存在の根幹を他者に切り分ける、あるいは他者のそれを受け入れるなんてのは、他の全てを犠牲にしてでも助けたいと思い思われるような関係でもなければ成立するものではないだろう。
「一応、お前だけならいけるかも知れねーけど……」
「ハハッ、妖精達を残して俺だけが行くことに、何の意味がある?」
「だろうなぁ」
苦笑する魔王に俺も苦笑を返す。そんな道を選ぶ奴が、こんなところで最後まで頑張るはずがない。
「……悪い、少し考えさせてくれ」
「いいとも。お前達がこの世界から出て行くまで、あと五ヶ月程か? そのくらいならここを維持してみせる。だからゆっくり考えて……そしてできれば、救ってやってくれ」
「全力で努力はするよ」
任せろ、とは言えなかった。ぬか喜びの空約束をするのは、努力を放棄するのと同じだと思ったから。
時間はまだある。諦めるには早い。俺はゆっくり立ち上がると、魔王に背を向け歩き出した。背後から聞こえる妖精と魔王の楽しげな声が、今の俺にはこれ以上ないほど痛かった。




