許容範囲内の破壊は、一時的な変化でしかない
そうしてこの世界でやるべきことのほぼ全てを初日に片付けてしまった俺達は、ある意味当初の予定通り、妖精達と遊び暮らす日々を送っていた。
いやだって、仕方がないのだ。森の外に興味はあるものの、勇者の妖精は基本的に空高くを飛んでいるばかりで、声をかけてもこっちに来てくれない。となるとこの集落を出るわけにはいかないのだ。
無論、無理矢理に捕まえてそのまま移動する……というのもできるだろうが、それをやったら普通に魔王と敵対しそうだし、そもそも単なる好奇心や退屈を紛らわすなんて理由で妖精を拉致するつもりはない。
ならばやっぱりこの森で過ごすしかないわけで……この世界にきて、おおよそ一ヶ月。その日の朝も、朝食を終えた俺とティアはいつも通りの妖精達に群がられていた。
「でっかいヨソモノ、遊ぼー!」
「でっかいヨソモノ、遊んでやるぜー!」
「でっかいヨソモノ、何して遊ぶー?」
「ははは、今日も遊ぶのは確定なのな。うーん、どうすっかな……」
実のところ、俺には妖精達の個体識別ができていない。一応個性はあるのだが、数が多く名前がなく、しかも何かしてる最中でも平気で何処かへ飛んでいったり、かと思えば途中からとか関係無しに遊びに混じってくるわけなので、覚えようがないのだ。
まあ、妖精達の方にも個人という拘りはないので、別に困ったことは一度もないのだけれども。
「なあティア。ティアはどうするんだ?」
「私? そうねぇ……」
それは俺の隣で首を傾げているティアも同じだ。というか、むしろ俺よりティアの方が「個人の区別がない」というのをすんなり受け入れているようだ。これはちょっと意外だったが、「精霊もそんな感じよ?」と言われて納得した。
「でっかいヨソモノ、何するのー?」
「でっかいヨソモノ、あれやってー!」
「でっかいヨソモノ、フワフワのザワザワー!」
「フワフワ……ああ、また魔法で遊びたいの? フフッ、いいわよ。じゃ、そうしましょうか」
「「「わーい!」」」
どうやら向こうは妖精側のリクエストにより、やることが決まったらしい。ぬぅ、やはり魔法は引きが強いな。ここはひとつ俺の方も魅力的な遊びを提供したいところだが……
「わーい、フワフワー!」
「わーい、ザワザワー!」
「わぁぁぁぁ、くるくるまわるー!」
「……………………」
俺の周囲に集まっていた妖精達は、どうやらティアの渦巻く風の魔法がお気に入りのようだ。さっきまで賑やかだった俺の周囲が、途端に寂しい感じになってしまった。
「ごめんねエド。どうやら今日も私の方が魅力的みたいよ?」
「はっはっは、らしいな。ま、今のうちに精々調子に乗っておけばいいんじゃねーの?」
ドヤ顔を決めるティアに、俺は引きつった笑みを浮かべながら答える。
俺達側の最近の楽しみは、もっぱら「どっちがより多くの妖精と遊べるか」である。より素晴らしく、より派手で、より楽しい遊びを提供した方が勝つ……ちなみに今までの勝負は、俺の三勝七敗となっている。
だが……
(ククク、調子に乗っていられるのも今のうちだけだ。魔王に賄賂を渡して『甘いもの』の調達は万全。あとはあの世界で見たアレが再現できれば、妖精達のハートをガッチリ鷲掴みにできるはず……)
「うわぁ、何だかエドが凄く悪い顔をしてるわ……」
「いやいや、何でもないですよ? 決してティアさんの牙城を揺るがすような一大エンターテインメントを計画してたりはしないですって」
「へー、何か考えてるの? 何だろう、楽しみね」
「たのしみー!」
「たのしそうー!」
「たのしもー!」
「……あ、ああ。うん」
眩しい。純粋に楽しみにしてくれるティアと妖精達がとても眩しい。ああ、何てこった。俺はいつの間にこんなに汚れちまったんだろうか……
「うわ、今度はエドが落ち込んでるわ……」
「でっかいヨソモノ、元気ないー?」
「でっかいヨソモノ、元気だせー!」
「でっかいヨソモノ、くさくないよー!」
「うぅ、ありがとうみんな……あと別に臭いから落ち込んでるわけじゃねーからな」
小さな妖精達がよってたかって俺の頭を撫でてから、再びティアの作った旋風のなかに飛び込んで叫び声をあげる。あれ人間だと竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされるようなものだと思うんだが……あー、でも、自前で飛べりゃそう怖いこともないのか。
「それにしても、妖精って本当に精霊とは違うのね」
「ん? どういうことだ?」
「今となっては私の勝手な思い込みだったんでしょうけど、私妖精って、もっと精霊に近い存在だと思ってたのよ。だから妖精達が精霊を見ることもできないって聞いた時には、ビックリしちゃったわ」
「ああ、そう言えばそんな話してたな」
それはこうして遊び始めた初期の頃に、ティアが妖精と話していたことのひとつだ。確かにあの時ティアは驚いたようだったけど……
「それってそんなに驚くことなのか? まあ俺はそもそも精霊が見えねーから、違うって言われてもわかんねーけど」
「ふふ、そうよね。精霊は妖精よりもずっとフンワリしているというか、強い感情っていうのを持ってないの。正しく自然の一部って感じで……例えば『森の木を乱伐すると精霊が怒る』みたいな話って、人間の間では割とあるでしょ?」
「ああ、あるな。自然を蔑ろにする感じのことをすると『精霊の怒りを買う』とか言う奴は、そこそこいるぜ?」
「でも、それって違うのよ。だってそうでしょ? 森の木が切り倒されれば確かに木に宿るような精霊はその場を去るでしょうけど、木がなくなればその分地面まで日の光が当たるようになったり、風が吹き抜けやすくなったりするわけで……活躍する精霊が変わるだけで、何かが失われるわけじゃないの。
だから自然を壊すと精霊が怒るっていうのは違うのよ。力を行使するために必要な媒介がなくなるから、その存在が消えたように見えるだけなの」
「へー! え、じゃあ何で『精霊が怒る』なんて言うんだ?」
「多分だけど、木を切りすぎると地滑りが起きやすくなるとか、そういう精霊とは全然関係ない自然現象を警告するために、精霊が怒るっていうわかりやすい表現をしてるんだと思う。
砂漠には砂漠の精霊がいるって、前にエドに話したことあるでしょ? だから砂漠が森より精霊に嫌われてるわけじゃないし、緑が豊かな場所であっても、精霊の力が弱い場所はあるの。
強力すぎる魔力が溜まっていたり、逆に全然魔力が無かったりする場所はそうね。植物は一度生えれば精霊の力がなくなっても簡単に枯れたりしないから、一見豊かな森なのに砂漠より枯れ果ててる……なんて場所もあるわ」
「ほっほー! そうなのか!」
語られた新たな知見に、俺は大きく頷いてみせる。俺の考える精霊は、それこそ火を噴くちっちゃいトカゲとか、風を纏う小さな妖精みたいなイメージだったから、なるほどそれは随分と違う感じだな。
「ん? でも何で急にそんな話?」
「ほら、ここにきた初日に『この森は精霊の力が凄く弱い』って言ったでしょ? あと一〇年で森が死ぬって、多分エドが考えてるよりずっと深刻なのよ。
ただ、私としては妖精がここで生活することで、森を癒やす手助けをしてるんじゃないかって思ってたの。でもこうして過ごしてみてると、そういう感じが全くなくて……だからこれ、放っておいても平気なのかなって、少し心配になってきちゃって」
「そうか。ならこの後魔王のところに行って、少しその辺の話をして――っ!?」
「捧げよ」
遠い空の上から聞こえた、小さく、だが確かな声。ほんのわずかに背筋を震わせる響きに顔をあげると、そこには白く輝く妖精の姿がある。
「エド、あれ!?」
「ああ。ありゃあ……あ、おい!?」
「捧げよ」
その言葉を口にする白い存在を、俺はよく知っている。だが俺が警戒していることなど関係なく、白い妖精に他の妖精達が無防備に近づいていく。
「馬鹿、離れろ! あぶ――」
「捧げよ……捧げよ……甘味を捧げよ……」
「ない……?」
「ささげよー!」
「ささげよー!」
「あまいのをささげよー!」
思い切り眉をしかめる俺の前で、魔王謹製であろう茶色いネチョネチョを抱えた妖精が、白い妖精にそれを渡す。すると白い妖精はパクパクとそれを食べ、小さな顔で満足げに微笑む。
「至福……甘いのは正義」
「甘いのはせいぎー!」
「甘いのはすてきー!」
「甘いのばんざーい!」
「……どうなってんだ、こりゃ?」
困惑する俺の前で、白い妖精は特に何をするわけでもなく、フヨフヨとその場を飛び去ってしまった。




