記憶は誰にも降り積もり、薄れはしても失われはしない
これが本年最後の更新となります。皆様、よいお年をお過ごしください。
「――というわけで、私とエドはかたーい絆で結ばれてるのよ! はい、じゃあお話はここまでね!」
「「「ワー!」」」
俺との出会いからこれまでの旅の話などをいい具合にかいつまんで語り終えたティアに、その前で魔王と一緒に話を聞いていた妖精達が歓声と共に拍手を送る。
もっとも、妖精達には長い話を黙って聞き続けることなどできないので、途中で何度も入れ替わったり戻ってきたりしていた。おそらく全部の話を聞いた奴は一人もいないと思うが……まあ妖精的には話の内容より、何だか楽しそうなことをしているという雰囲気が味わえれば十分だったんだろう。
「ほぅ、そうか。エドとティアは、それほどの旅を続けてきたのか……フフフ、仲がいいことだ」
「そうよ! 私とエドはとっても仲良しなの! ねー、エド?」
「お、おぅ……」
無邪気にティアに問われ、俺は微妙に顔を逸らしながら言う。
いや、勿論ティアとの関係は良好だし、大事な存在かと問われれば迷うことなくそうだと断言するが……何というか、そういうのとこれは違うというか、長々とそれを語られた挙げ句、誰かに聞かれるというのは、どうにも小っ恥ずかしいのだ。
「てか、もう十分だろ! 今度はそっちの話を聞かせろよ!」
「それは構わんが……流石に一旦休憩を挟むべきではないか? もう昼を大分過ぎているぞ?」
「うぉ!? 言われてみれば……」
やや呆れたような顔で魔王が空を見上げ、つられて俺も顔を上に向ければ、太陽はとっくに中天を過ぎている。
「ティアお前、何時間話してたんだよ……」
「えー? 私とエドの話なら、まだまだたっくさんあるわよ? だって、私達が一緒に旅を始めて……えっと、どのくらい? 多分何十年って経ってるわよね?」
「ん? ああ、そのくらいは経ってるだろ」
毎回体の時間は巻き戻っているが、だからといって一緒に過ごした時間の記憶が消えるわけじゃない。細かくは数えていないのでわからないが、確かに二〇年や三〇年は余裕で経ってるはずだ。
「それだけ一緒にいたら、そりゃ思い出だって沢山あるわよ。色んな世界を旅して、色んな人に会って……少ししかいなかった世界も、ずーっと長居した世界も、全部大切な思い出だわ」
「……だな。確かにそうだ」
言われて思い返せば、俺のなかにもティアと二人で旅をした日々が、共に過ごした勇者達の面影と一緒にジンワリと蘇ってくる。魔王として生きた時間に比べれば……それどころかティアに出会う前に数限りなく繰り返したループに比べても取るに足らない、それこそ比率としては瞬きするより短い時間なんだろうが、その全てがどうしようもなく愛おしい。
「だから私は、まだまだ何年だって話ができるわよ? でも、そうね。今はとりあえず昼食にしましょうか」
「うむ、賢明な判断だぞティア君。なあ魔王、ここって食い物はどうしてるんだ?」
「妖精達がとってくる果物や木の実などだな。それで特に困ってはいないが」
「そっか。なら俺達の方でも適当に出すか」
魔王なら森の獣を狩って食ってるかとも思ったが、そういうことなら今から狩りに行くより、手持ちの食材を使えばいい。俺は「彷徨い人の宝物庫」から干し肉などの保存食と一緒に、簡単な調理器具なんかも取り出す。森の中とはいえここは歴とした妖精の集落なので、魔獣を警戒するのは最低限でいい。なら少しくらいは手間をかけてもいいだろう。
「でっかいヨソモノ、これもくえー!」
「でっかいヨソモノ、こいつをくらえー!」
「あっ、おい!? ったく、仕方ねーなぁ」
と、俺がスープを作っていると、やってきた妖精達が鍋のなかに色々なものを放り込んできた。薄い茶色だったスープが、目にも鮮やかな紫色に変わっていく。
「……エド? これ食べるの? というか食べられるの?」
「ははは、見た目はこんなだけど、普通に食えるぞ。味はまあ……普通だな」
一周目の時に半年暮らしていたのだから、こんなのはとっくに通り過ぎた道だ。干し肉や日持ちする野菜なんかを適当に追加投入して一煮立ちさせると、俺はティアのカップに中身を注いで差し出す。
「ってことで、ほれ、どーぞ」
「う、うん…………あ、本当だ。普通に美味しいわね」
「だろ? じゃあ俺も……うーん、まあまあだな」
一口飲んだスープは、普通としか言い様がない味だ。通常よりも若干酸味が強い気がしなくもないが、逆に言うならその程度の違いでしかない。人の顔のような黒い斑点のついたキノコはくにゅっとした食感が楽しいし、紫の元凶になっているであろう謎の木の実も、カリッと噛み砕くと中からほんのり甘い汁が溢れてきて、割と美味い。
金を出してまで食いたいとは思わないが、食事として不満はない。そんな昼食を済ませた俺は、まあまあ膨れた腹をさすりつつ改めて魔王に声をかけた。
「で? 今度こそお前の話を聞かせてくれるんだろ?」
「いいだろう。と言っても、俺の方もどこから話すべきか……自分で言うのも何なんだが、正直この世界に降りたってすぐのことは、俺にもよくわからん。何となくフワフワしているというか、目覚めと同時に鮮明に覚えていたはずの夢の記憶がこぼれていくような……そんな感じでな」
「へー。魔王ってそういうところあるよな」
魔王を大別するならば、それは人のように知性と理性を持つ者と、そうでない者だ。例えばワッフルの世界にいたクロヌリの魔王やレベッカの世界の霧の魔王なんかは、わかりやすい魔獣型、あるいは災厄型の魔王だった。本能ですらない何らかの衝動に突き動かされ、闇雲に力をまき散らす感じだな。
対して理性的な魔王と言えば、筆頭に浮かぶのはキャナルの世界にいたジョンだ。他にも会話が成り立つ魔王は何人もいたし……そう考えるとエルエアースのところにいた魔王なんかはギリギリ言葉を話していたので、ひょっとしたら魔獣から人に移行しかけていたのかも知れない。
「……そうか、絶対じゃなくて変わることもあるのか」
「ん? どうしたのだ?」
「ああ、悪い。こっちの話だ、続けてくれ」
自我のない力の塊から、長い年月を経て知性と理性を獲得する。あるいは長すぎる時の果てに心をすり減らして獣以下へと成り下がる。確かにそういう変化はあって然るべきだと思い至ったが、今は特に関係のない話だ。
「ふむ? まあいいだろう。まあとにかく、俺はそういう存在で……故にある日ふと、自分の中に自分と呼べるものがあることに気づいたのだ。あるいは自我が自我だと認識できるほどに知能がついたとでも言うべきか? とにかく数百年前に、俺は今の俺となって……そして思ったのだ。甘いものが食べたい、とな」
「…………えぇ?」
「そうね。甘いものはいつだって食べたいわよね」
「えぇ……?」
全く予想していなかった魔王の言葉に困惑し、何故か深く同意するティアの様子に追い打ちをかけられる。
「何よ、エドだって甘いもの、好きでしょ?」
「まあ、嫌いってことはねーけど……でも、それが何だってんだ? 食いたいなら、食えばいいんじゃねーの?」
なんとも言えない半笑いを浮かべながら言う俺に、しかし魔王は静かに首を横に振る。
「確かにそうだ。だが考えてみろ? 自然界で簡単に手に入る甘味などたかが知れているだろう? 果実は採れる時期もあるし、蜂蜜は一度取ってしまえばおしまいだし、何より同じようなものばかりでは飽きてしまう。
おそらく最も簡単なのは人に紛れて甘味を調達することだが、俺の場合はこの見た目だからな……」
「あー、それは……」
「ちょっと町には入れてもらえない感じよね」
体つきはともかく、オークそっくりな顔をしていては町には入れてもらえないだろう。あるいは森で襲われてる人間を助けたら、そこから交流が始まって……なんてのはありそうだが、吟遊詩人が語るような物語は、現実には滅多に起こらないことだからこそ詩になるのだ。
「あれ? でもじゃあ、何でお前はそんな顔してんだ? 魔王の顔って、何もしなきゃ基本は俺の顔になるんじゃねーの?」
「それを俺に言われてもな。一応魔王時代の記憶はおぼろげながらもっていたから、頑張ろうとしたこともあるのだが……自分の顔を変えるというのは、そもそもどう頑張ればいいのかわからなかった」
「まあ、うん。そうか……」
どう言葉をかけていいかわからない。そんな顔をする俺の前で、魔王の話は更に続いていく……
なお、当然ながら新年も毎日更新致しますので、まったりお読みいただければと思います(笑)




