知られて困りはしなくても、喧伝したいわけではない
「でっかいヨソモノ、こっちだよー!」
まるで歌うような口調で、一人の妖精がフヨフヨと浮かびながら先導してくれる。そしてその背後をついていく俺の手に、ふとティアが自分の手を重ねてくる。
『ねえ、エド。この先に本当に魔王がいるの?』
『いや、それは流石に……でも、うーん?』
内緒話にはぴったり……というか、ほとんどその用途でしか使っていない気がする「二人だけの秘密」で語りかけてきたティアに、俺もまた心の声でそう返す。
妖精は誤魔化すことはあっても、嘘をつくことはない。なので魔王がいるというのなら、間違いなく誰かはいるんだろう。ただそれが俺の捜している魔王かと言われると、ちょっと信じられないという思いが強い。
とはいえ、いないとも言えない。今までの世界でもすぐ側に魔王がいたのに気づかなかったということはあったし、妖精に魔王を恐れる様子がまったくないので、話が通じるタイプの魔王であれば、確かにいてもおかしくはない……のか?
『ま、案外マオとかミャーオとか、魔王っぽい名前の全然違う人がいるって可能性もあるけどな。もしくは響き的に猫とか』
『ああ、そういうこともあるのね……猫なら撫でたいわ』
自分の子供に「魔王」と名付ける親は流石に見たことがないが、それに近い響きの名前というのであれば別に珍しくもなんともない。まあそれはそれで外の情報が聞けるので助かるけど。あと猫なら俺も撫でたい。
「でっかいヨソモノ、ついたよー! あそこー!」
と、そんなことを話している間に、目的地に辿り着いたらしい。妖精が指さす先は少しだけ開けており、柔らかな下草と素朴だが美しい花が風に舞う草原のようになっていた。そしてそんな、直径でおそらく四、五メートルくらいしかないであろう草原の端に、太い木にもたれて座り込んでいる人影がある。
遠目でもわかる、ガッシリした筋肉質の体。使い込まれ黒ずんだ茶色い革鎧と膝下まである黒い外套という装備は俺のものに似ているが、おそらく素材の桁が違う。
そして何より違うのは、その顔は人のものではないということだ。深い緑の混じった肌の色と、口から覗く二本の牙は、一般的にはオークと呼ばれる魔獣のそれとそっくりなのだ。
瞬間、そいつが本物の魔王だと、俺の本能が確信した。反射的に腰を落として警戒態勢を取ったが、それをすぐに解除する。何故なら魔王と思われる奴の周囲には、何人もの妖精が楽しげに宙を舞っていたからだ。
事実俺を案内してくれた妖精も、これっぽっちも警戒することなくその人影の側に近寄り、普通に声をかけた。
「ねえねえマオー! こっちのでっかいヨソモノが、マオーを捜してるんだってー!」
「む、俺をか? というか、でっかい余所者とは…………!?」
「よう」
驚愕の表情を浮かべる魔王に、俺は軽く手を上げて挨拶する。すると魔王は強く拳を握りしめ……だがすぐに脱力し、何処か悲しげな笑みを浮かべた。
「そう、か。ここで……ここで出会うのか。俺の終わりは、今日この時だったのか……」
「いやいやいや、物わかりがよすぎだろ!? とりあえず話をしようぜ? な?」
「? 何故だ? お前は俺を殺して回収しに来たのではないのか?」
「あー、まあそういう考えが全くなかったとは言わねーけど、話が通じる相手に問答無用でそんなことはしねーよ。まずは情報交換といこうぜ?」
「ふむ、お前がそう望むなら、是非もない。ならそこに座るといい。生憎と椅子などはないがな」
「ははは、気にすんなって。上等な絨毯があるみたいだからな。ティアも平気だろ?」
「勿論! ふふっ、確かにこれはいい感じね」
魔王の言葉に、俺とティアは草地の上に直接座り込む。柔らかい感触は普通に気持ちがよくて、何ならそのまま寝っ転がりたいくらいだ。当然ティアもご機嫌で、楽しげに草を撫でてシャラシャラと音を立てている。
「さて、それじゃ自己紹介でもするか? 俺はエド。で、こっちは――」
「ルナリーティアよ。ティアって呼んでくれればいいわ」
「なるほど、エドか。それにティア……なあエド、ティアはお前のことを……」
「ああ、それは平気だ。俺が何者なのかとかは、全部話してあるから」
「……正気か?」
そんな俺の言葉に、魔王が眉間に皺を寄せて問うてくる。本人にそんなつもりはないんだろうが、オークの顔でそれをやられると迫力が凄い。
「自分が神すら恐れる終焉の魔王だと、本当に話したのか!? それを聞かされたティアが、自分から離れていくと思わなかったのか?」
「いや、まあ思わなかったってことはねーけど……」
俺がそれをティアに自分の事を話したのは、そもそも状況的に誤魔化すなんて無理な流れがあったからだ。確かに俺が最初から魔王の記憶を持っていたならな、それを話すことができたかと言えば――
「ちょっと、失礼なことを言わないでよ! 私がエドから離れるわけないでしょ!」
「ティア?」
一瞬、あったかも知れない未来を想像した俺の腕に、不意にティアがギュッと抱きついてきた。横を向いてその顔を見ると、ティアは魔王を睨み付けてベーッと舌を出している。
しかし、魔王もまた引き下がらない。まっすぐにティアを見つめ、更に言葉を続けていく。
「そんなこと、か。ティアよ、お前にとってエドが魔王であったことは、『そんなこと』なのか?」
「ええ、そうよ! エドがエドであることに比べたら、その肩書きとか種族……ねえエド、元のエドの種族って何なの? 人間じゃないのよね?」
「へ!? いや、考えたこともねーけど……どうなんだ?」
「……お前が知らないことを俺が知っているわけがないだろう」
魔王であった頃の俺は、魔王だ。いやでも魔王ってのは肩書きであって、種族を現すものじゃない。でも俺は魔王で、それ以外の呼ばれ方なんてしてねーし……ううん?
「ま、まあいいわ。とにかくそういうわけだから、エドが何者かなんて『そんなこと』で『どうでもいい』のよ!」
「ふむ。だがそう思うに至った理由はあるのだろう? それは何だ?」
「興味があるの? いいわよ、教えてあげる!」
「えっ!?」
魔王の要望に胸を張って応えるティアに、しかし俺は思わず声をあげる。
「ちょっ、ティア? お前、話すの?」
「何で? この人はエドの事情を知ってるんだから、なら知られて困るような話じゃないでしょ?」
「いや、そうだけども……」
確かに、知られても別に困らない。困りはしないが……
「是非聞かせてくれ。目の前の男が……俺を生み出した男が、一体どんな日々を送ってきたのか、とても興味がある」
「フフーン! なら私がエドの大活躍を話してあげるわ! よーく聞いてね」
「「「わーい!!!」」」
「いやいや、何か増えてね?」
魔王だけならまだしも、いつの間にか周囲に妖精達が集まってきている。きっと面白そうな気配を感じ取ったんだろう。これはよくない。とてもよくない流れだ。
「なあティア? 話すにしても、せめてこいつにだけ――」
「何処から話そうかしら……やっぱり一番最初にエドに会ったところからよね。私がアレクシス……私の生まれた世界の勇者と一緒に旅をしてるときに出会ったんだけど、当時のエドは今と違ってちょっと頼りなさそうっていうか、雨に濡れた子犬みたいな、放っておけない雰囲気があって……」
「ほぅ?」
「でっかいヨソモノ、たよりない?」
「でっかいヨソモノ、よわそう?」
「でっかいヨソモノ、ちょっとくさそう」
「ティア! ティアさん! そこはほら、要点だけをかいつまむ感じで……むごっ!?」
思わずティアの肩に手を伸ばそうとすると、近くにいた妖精達が小さな手で俺の口を押さえてくる。いや待って、口だけならまだしも鼻まで塞がれると息ができないんですけど!?
「ふごふごふごっ!?」
「もー、エド! 今みんなに話をしてるんだから、もうちょっと静かにして! で、その時エドが――」
「ふごーっ!」
毟って掴んで放り投げてもすぐに押し寄せてくる妖精の群れに悪戦苦闘する俺の横で、楽しげな魔王と妖精達を前にティアは上機嫌で話を続けていった。




