その終焉は我が身を滅ぼし、然れど彼女を傷つけはしない
「助かったぜコンギクさん。にしてもこいつは……」
突如出現した光の巨人に、俺は思わず間抜けな呟きを漏らす。巨人と言っても人っぽい形をしているというだけで、その本質は眩いばかりに白く輝く光の固まりだ。
そしてその巨人は、とにかくひたすらにでかい。ほぼ真上に見上げるようなその巨体は、三〇メートルだか五〇メートルだか、正確な目測ができないほどだ。流石に雲より高いとまでは言わねーが、その迫力は正しく空が押し寄せてくるかのようだ。
「エド、これどういうこと!? 私はどうしたらいい!?」
と、そこで強制転移に伴って風の結界が切れてしまったであろうティアの声が、俺の背に届く。振り返ってみてみれば、そこには気を失ってグッタリしているジンクと、目をグルグル回しているドーマとケインの姿があった。
まあ、うん。そうだよな。駆け出しの少年冒険者が処理できる情報量を圧倒的に超えてるから、そうなるよな……っと、今はそんなこと考えてる場合じゃねーぞ!
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』! 捜し物は、ジンクが借りてる宿のベッドだ! コンギクさん、ここにあの三人を跳ばせるか!?」
「人使いが荒いどすなぁ。ま、ええですけど。ほいっ!」
映し出された宿の一室に、コンギクがジンク達を有無を言わさず跳ばす。それはそれで混乱することだろうが、そういう些事は全部後回しだ。流石にこれを相手に子守をしながら戦うのは無茶だからな。
「さっすが女王陛下! ちなみにこのデカブツも跳ばしたりは……」
「それができたら、妾の国はとっくに世界を制覇しとりますぇ」
「だよなぁ」
念のため聞いてみたが、これも予想できた答えだ。あの質量が跳ばせるなら、遠くから敵対する国の軍隊や都市の上に直接岩でも降らせてやれば、一方的に虐殺できる。
「なら、せめて認識阻害ってか、外からこいつの姿が見えないようにくらいはできるか?」
「そのくらいなら……でもこないに大きなもん、ずっと隠すなんてできまへん。一〇歩も動かれたら術式の範囲を超えてしまいますぇ?」
「十分! ティア、補助を頼む! 俺はあいつをぶった切る!」
「了解! 事情は後でちゃんと説明してね!」
「おう!」
今ではなく、後で説明……つまりここで下手を打って大怪我したり死んだりはできねーってことだ。相棒からの熱い激励に、自然と口角が吊り上がっていくのを感じる。
「神にバラバラにされたとは言え、テメーの欠片のしでかしだ。責任はきっちり取ってやる! さあこいデカブツ!」
「FOOOOOOOOO……」
まるで管弦楽器のような、高く強く響く声。存在しない口ではなく全身からそんな音を響かせ、光の巨人がゆっくりと……いや、違うな。でかいからゆっくりに見えるだけで、実際にはとんでもない勢いでその足をあげ、こちらに向かって歩き出す。
コンギクの機転で稼いだ相対距離は、おおよそ一〇〇メートル。だが巨人の歩幅は多分一歩で二〇メートルくらいあるだろうし、足そのものも五メートルはありそうだ。俺は「追い風の足」を起動し、二歩目を踏み出そうとした奴の足の下に潜り込む。
「ふぬっ!」
全身に感じる手応えは、もはや重いとかそういうレベルではない。「円環反響」を使って衝撃だけは受け止めたが、これは重さをどうこうする力じゃないので、このままだと普通に踏み潰される。
稼げるのは一瞬。次に瞬きすれば、俺の全身はグチャグチャの肉片になって地面の染みになるだろうが……その一瞬で十分!
「おらあっ!」
「FOOOOOOOOO……」
受け止めた衝撃全てを、巨人の足の裏に直接返す。すると巨人がバランスを崩し、そのまま尻餅をついて倒れ込んだ。同時にとてつもない衝撃が辺りを襲い、砕けた木々と土埃が嵐のように舞い上がる。
……これ、どうやっても誤魔化しきれねーよな? まあそういうのの処理も仕事だろうし、あのギルドマスターには頑張ってもらおう。
「FOOOOOOOO……」
「おっと、そのまま寝とけ!」
起き上がろうとする巨人の腕や足を、俺は「夜明けの剣」で切りつけていく。だが予想通り効果はほとんどなく、それどころか切った俺の方に痺れるようなダメージが来る。
「ただ切るだけで神の力がこっちに浸食してくるのか? だが、その辺の対処は学習済みだ!」
ならばと俺は、魔王の力を剣に纏わせ改めて切りつける。すると巨人の白い体に黒い筋が走り、立ち上がろうとした巨人が再びその場に崩れ落ちた。
うむ、やはり終焉の魔王たる俺の力は神にも有効。だがこっちの消耗も大きいので、そう乱発できるものでもない。
「うーん、できれば一発で決めたいところだが……」
大分使い慣れたとは言え、代償自体は残っている。このデカブツを一刀両断するほどの力を使うとなれば、腕一本くらいは持って行かれるかも知れん。この規模の敵を倒せるなら誰に聞いても安いもんだと言うだろうし、「包帯いらずの無免許医」が発動しないだけで治らないってわけでもないし、何ならこの世界から「追放」されれば綺麗さっぱり治ると思うんだが……
「こら! エドー!」
「うおっ、ティア!?」
悩む俺の背後から、ちょっと怒ったようなティアの声が聞こえてくる。恐る恐る振り返ってみると……おぉぅ、どうやらエルフのお嬢様はご立腹のようだ。
「ようティア。え、何でそんな怒ってるの?」
「人に援護を頼んでおいて、自分だけ走って行っちゃったのよ!? そりゃ怒るに決まってるじゃない!」
「おぉぅ? そ、そうか?」
「そうよ! っていうか、今また無茶しようとしてたでしょ?」
「えっ!?」
「エドの考えることなんてお見通しよ! だから慌てて走ってきたんだし……どうやら間に合ったみたいね」
驚く俺の手に、ティアが自分の手を伸ばしてそっと触れてくる。
「やっぱり怪我してる……まああの黒い傷を見ればわかるけど。その力を使わないと、倒せないのよね?」
「……そうだ。あいつは神の欠片が魔王の力を食らった化け物って感じだからな」
「え? 魔王が神の欠片を利用してるんじゃなくて?」
「そうらしい。自棄になった魔王が、全部纏めてぶっ壊れちまえってやった感じだな。だからこそ、あれは俺が片付ける義理がある。俺の目的にも一致するしな」
俺がやったわけじゃないから、倒す義務があるわけじゃない。だが俺の欠片が発端なら、倒す義理くらいはある。それに何よりあんなものを放置したら、普通に世界が滅んでしまう。関わった全ての世界のハッピーエンドを目指す俺としては、倒す以外の選択肢は最初からない。
「そう……なら、はい!」
剣を握る俺の手に自分の手を被せていたティアが、そのまま俺の手を持って剣を前に突き出させる。これは……?
「ん? 何だよ?」
「だから、あのでっかい奴をやっつけるんでしょ? 私も一緒にやるわ」
「は? お前、何言ってんだ?」
「あら、自分の体が傷つくのはいいのに、私が傷つくのは嫌なの?」
「嫌に決まってるだろ!」
自分の腕が黒焦げになるくらいは、比較的どうでもいい。今までも散々無茶をして戦ってきたし、何なら「一〇分後に確実に死ぬ」なんて能力すら使ってきたのだ。どうにかなる算段がつくなら、腕の一本くらい笑って犠牲にできる。
が、ティアが傷つくのはどうか? 想像を巡らせる余地すらなく「無い」と断言せざるを得ない。そりゃ冒険者なんだから戦ってれば怪我をすることだってあるし、俺も「かすり傷ひとつつけさせないぜ!」みたいな過保護な思考は持ってねーが、気分が悪いのは間違いない。
そんなことを考えてしかめっ面になる俺に、しかしティアは何故か楽しげな笑みを返してくる。
「なら、私も同じよ。そりゃ戦ってれば怪我をすることだってあるでしょうけど、エドが傷つくのは嫌なの。それに……前に約束したこと、まさか忘れてないわよね?」
「約束って……そりゃ事前にわかってりゃ相談もできるけど、この状況は……」
「そうね。だから一緒にやりましょ? 二人ならきっと、負担も半分になるんじゃない?」
「いやいや、そんな単純な話のわけ……ない、よな?」
負担を誰かと分かち合うなんて、考えたことすらなかった。これが他の相手なら「そんなわけねーだろ」と冗談めかして笑い飛ばしてやるところだが、多少なれども俺の魂の混じり合ったティアなら、あるいは――
「……正直言ってみただけなんだけど、その顔だと本当にできそうね? よし、なら一緒にやりましょ! ほらエド、構えて!」
「ちょっ、待てって!」
「やーよ! 絶対待たない!」
やる気満々になったティアが、俺にピッタリくっついて剣を構えさせようとする。ティアのこの感じは、何を言っても絶対に駄目なやつだ。となれば俺も覚悟を決めるしかない。
「あー、もう! どうなっても知らねーからな!」
「エドなら平気よ! でも、できるだけ痛くしないでね?」
「――っ!」
声にならない叫び声をあげてから、俺はいつもより殊更ゆっくり、丁寧に剣を振り上げる。ぶっちゃけティアの手やら体やらが邪魔なんだが、そこに気を回す余裕がない。
今までの何百倍、何千倍。何億何兆倍もの慎重さで、自分の力を剣に纏わせていく。ティアの手を焼かないように、脳が焼き切れるんじゃないかってくらい微細な力を調整して――
「大丈夫よエド。だって、エドの力が私を傷つけるわけないじゃない」
「……………………」
確信めいた口調で耳元に囁かれたその言葉に、張り詰めて切れる寸前だった緊張の糸がフッと緩んだ。
ああ、そうだ。その通りだ。たとえ俺が魔王の力を全て取り戻し、世界も神もまるごと終わらせるような力を振るったとしても……この魂が俺である限り、それがティアを傷つけるはずがない。
「行くぞ、ティア」
「ええ」
静かに告げ、静かな答えを聞き、そして俺は静かに剣を振り下ろす。それは何の抵抗もなくストンと地面に落ちていって……馬鹿でかい光の巨人が、黒い線によって真っ二つに切り裂かれた。
「FOOOO――OOOOO…………」
光の巨人が、光の粒子へと変わって消えていく。その幻想的な光景を前に、互いの頬がくっつく距離にいたティアが声をかけてくる。その顔に苦痛は一切浮かんでおらず、終焉の魔王の力は、俺の確信通りにティアの肌をチリとも焼くことはなかった。
「ねえエド。私一度、あれ言ってみたかったの! 今ならちょうどいい気がしない?」
「えぇ? いやでも、あれは流れで言ってるやつだから、こうして一息ついた後だと微妙に恥ずかしくないか?」
「えー、格好いいわよ! それよりほら、時間が経てば経つほど恥ずかしくなるって言うなら、早く言いましょ!」
「ハァ、仕方ねーなぁ……ならいくぞ?」
激しく耳を揺らしながらのティアのおねだりに、俺は軽く苦笑してから剣を掲げて声をあげる。
「万象一切――」
「断てぬものなーし!」
消えゆく巨人を前にしたその宣言は、何処か間抜けで……だが満ち足りていた。




