策士を気取る悪党ほど、割とあっさり万策尽きるらしい
「まさか貴様、コンギクか!? 何故貴様がここにいる!?」
「何故って、そりゃそちらの御仁に頼まれたからどすぇ」
「だから何故だ!? 何故貴様がこいつの頼みを聞くのだ!?」
「おいおい、それこそお前がそう仕込んだからだろ?」
「はぁ!?」
肩をすくめて言う俺に、みっともなく……いっそわざとらしいほどに取り乱すハイドが素っ頓狂な声をあげる。ちょっと表情が人間の体裁を保てなくなっている感じがするが……ま、今更だし別にいいか。
「何故!? 何故!? 何故!?!?!?」
「何故ばっかりだなぁ、聞きたがりのハイド君? いいか、こちらの女王陛下は、テメーが脅してたんだろう? なら俺が行ったら話を聞いて、俺が言ったら頼みを聞くのは当然じゃねーか。俺とお前は本質的には同じ存在なんだからな」
「ぐっ!? あ、そ、そんなことが……っ!?」
妖魔国の女王であるコンギクは、ハイドに脅されていた無数の人物の一人だ。だからこそ俺が「不可知の鏡面」でこっそり部屋に侵入しても驚かなかったし、俺の中にハイドと同じ気配を感じたから、その話を聞いてくれた。
更に加えて言うならば、俺はハイドと同じくコンギクの秘密を知っている。一周目のジンクが得た曖昧な情報を元に、今の俺が裏付けをとった形だ。そういう背景がある上でちょっとした交渉を持ちかけたところ、コンギクは前向きに俺達に協力してくれることになったのである。
「…………わかっているのかコンギク? 俺を……この我を敵に回せば、貴様の秘密などあっという間に拡散するのだぞ?」
「勿論、わかっておりますわいなぁ。ですがそれは、ハイドはんがこの状況を切り抜けられれば、の話でありんしょう?」
「クッ、ハッハッハ! これで我の裏をかき、追い詰めたつもりなのか!? 何と愚かで滑稽な……いいだろう。ならばチマチマとした仕込みなどもうやめだ! 世界全てを泥沼の戦禍に堕とし、人の生み出す絶望と悲劇によって勇者の魂を染め上げてくれるわ! 我を怒らせたこと、精々後悔するがいい!」
そう言い捨てると、ハイドの体がどろりと溶けて地面に沈み込んでいく。だが俺は焦ることなく、その手に見慣れた金属枠を出現させる。
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』。捜し物は、魔王ハイドの本体だ」
「いきますえ……ほっ!」
俺の要求に応え、金属枠のなかに新たな体に宿り変わったハイドの姿が映し出される。そしてそれを見た……ハイドの姿を視認したコンギクが、その手に金色の扇子を出現させ、仰ぐ。すると目の前に鮮やかなピンク色の花びらが舞い……そこにハイドが出現した。
「……………………は!?」
「おう、流石は女王陛下。マジでスゲーな」
「ほほほ、お褒めにあずかり光栄どすぇ」
「な、な!? 何が!? どうして!?」
「何慌ててんだ。お前だってよく知ってる力だろ? いや、本当にスゲーよなぁ」
妖魔国の女王、コンギク。一般に知られている彼女の力はあらかじめ術式を刻んである場所に対して転移することのできる能力だが……それにはまだ先がある。自分が見ている場所に自分を含む周囲の存在を転移させる力と、自分が見ている相手を視界の範囲内に強制転移させる能力だ。
聞くだけでヤバいとわかるとんでもない力だが、こんな相手が一方的に脅されていたのは、偏にハイドの在り方に問題があった。
「お前が今まで好き勝手できてたのは、世界中に無数の分体を置いてたからだ。狡猾に自分を脅してくる相手が自分の能力に一切対策を講じておらず、かつ何百分の一かの正解を一発で引き当てられる豪運を信じて委ねるには、女王の地位はあまりにも重すぎる。
勿論そんな分の悪い賭けを決断させるほどの追い詰め方をされれば別だろうが、お前はその辺きっちりと加減してたしな。だからこそ歪な上下関係が成り立ってたんだろうが……」
「こちらの御仁にお話を聞いたときは、我が耳を疑いましたわいなぁ。まさか望んだ相手の姿を、いつでも簡単かつ確実に映し出す魔導具なんて……ふふふ、これと妾の力が合わされば、怖い物なんてなーんにもあらしまへんぇ?」
「てわけだから、テメーがわざわざ話を長引かせて、その隙にやってた逃げる準備は全部無駄に終わったってわけだ。極上の徒労を味わった気分はどうだ? ん?」
「き、き、き、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
煽るようにヘラヘラ笑ってみせる俺に、ハイドが激高して殴りかかってくる。いつも自分がやってることをやり返されて怒り狂ってるのはわかるが、大して速くも強くもない、怒りにまかせた直線的な拳なんて食らってやる義理もない。
「ほいっ」
「ぐはっ!?」
ちょいと足を払うだけで、ハイドが盛大にずっこけた。こいつの身体能力は、俺の見立てでは一流冒険者にはやや届かない程度……つまるところ、弱いのだ。おそらくは大量の分体を生み出して制御している弊害なんだろうが、まあ詳細に関してはどうでもいい。
「最後に言い残すことはあるか?」
十分に吠え面はかかせてやった。俺は「夜明けの剣」を抜き、その切っ先を地に這うハイドの鼻先に向ける。するとハイドはガリガリと地面をひっかき、その拳を何度も何度も大地に打ち据える。
「くそっ、くそっ、くそっ! 何故だ、何故こんなことに……あと少しで、我は一つ上の存在になれたのに……っ!」
「一つ上……?」
「そうだ。我の計算によれば、存在の昇華には三つの力がいる。そのうち一つ、魔王の力を我は最初から持っていたし、世界を裏から操ることで、日々それを高めてもいた。
もう一つは、勇者の力。世界そのものの意思であるそれも、この計画が上手くいけば手に入るはずだった。
だが、それでも足りない。この二つを我がものとし、それを以て最後の力を手に入れるための足がかりとするつもりだったのだが……」
そこで一旦言葉を切ると、ハイドが無造作にその場で体を横に転がす。そうして見えるようになったハイドの顔は左上四分の一ほどが溶けてなくなっており……そこから白く輝くナニカが覗いていた。
「運命が舞い込んできた! どうすれば手に入るのか見当も付かなかった神の力が、向こうからこの世界にやってきてくれたのだ! 故に我はそれを捉え、この身に取り込んだ!
故にあと一つ、あと少しだったのだ! だというのに、これほどの奇跡に巡り会えたというのに……どうして貴様が、今この瞬間に現れたのだ!? 貴様さえ、貴様さえここにいなければ……っ!」
「そいつは間が悪かったな。でも不確定要素一つで総崩れになるような計画なんざ、その程度ってことだよ。もしお前が『一つ上』とやらになってたとしても、終わりの時期がちょいとずれるだけさ」
「知ったような口を……っ! もういい! ならば貴様の言う通り、これで終わらせてくれるわっ!」
「させるか……っ!?」
残った右目を見開いたハイドが、不意に立ち上がろうとした。無論俺はその前にハイドの頭を剣で刺したが、切っ先から伝わって来た激痛に反射的に腕を引っ込めてしまう。
「テメェ、何を――」
「クッハハハ……これで終わりなら、貴様が我に終わりをもたらすというのなら、我の方から全てを終わらせてやる! さあ神の欠片よ! 我がお前を食らうのではなく、お前が我を食らうがいい! 魔王の力をその糧として、我を認めぬこの世界に終焉をもたらせ!」
頭の穴から手を突っ込み、ハイドが神の欠片を握りつぶす。すると瞬時にして周囲に光が満ち、長大な光の柱が立ち上る。
「なっ……!?」
「……!? ……!!!」
「こらあきまへんわ! 緊急待避!」
焦ったコンギクの声が響くと、一瞬にして俺達の視界が切り替わる。いきなり遠くなった光の柱がゆっくりと形を変えていき……そこに顕現したのは、遙かに見上げるほどに巨大な光の巨人だった。




