素直勇者と拗ねエルフ。困りモノには裏がある
「うわー、すっごい人混みね」
「そりゃまあ、勇者選考会なんて大イベントがあるわけだしなぁ」
開始まで三日を残し、俺達は選考会の行われる大都市プーニルにやってきていた。その賑わいは今まで通り過ぎてきた町の比ではなく、人が一〇人並んで歩けるような大通りすら自在には歩けないほどだ。
「これ、宿とか平気なの? 絶対どこも満室でしょ?」
「それは平気なのだ! 二人はワレの仲間だから、同じ宿に泊まれるのだ!」
「そっか。それなら一安心ね」
「つーことで、まずは到着報告をしとこうぜ。流石にこれ以上ギリギリにはしたくねーし」
「わふっ! なら早速闘技場へ行くのだ!」
ワッフルに引き連れられ、俺達は町の中心にある闘技場へと歩いていく。五〇〇年以上の歴史を誇り一〇万人を収容できるというその偉容は近づくほどにその迫力を増し、下から見上げるだけで思わずため息が漏れてしまう。
「はー、やっぱりスゲーなぁ」
「ふふっ、確かにこれだけ立派だと圧倒されちゃうわよね」
「おーい、二人とも! こっちなのだー!」
呼ばれて、俺達は観覧希望者の行列をスルーして、横にある扉をくぐって事務所の方へと入っていく。するとすぐに事務員と思われる女性……白くふっさりした毛並みが美しい、犬系のケモニアンだ……が俺達に声をかけてきた。
「お客様、何かご用でしょうか? こちらは事務所となっておりますので、観覧のご希望であれば表の受付の方ですが……」
「違うのだ! ワレはワッフル! ブルート様からの推薦を受けた勇者候補なのだ!」
そう言って、ワッフルが腰の鞄から手紙を取り出す。それを受け取った事務員の女性は真剣な表情で中を改めると、次いで丁寧に一礼をした。
「失礼致しました。書状の確認を致しましたので、こちらで受付をお願い致します」
「わかったのだ!」
椅子を勧められ、ワッフルが目の前に出された書類に名前を書いたり肉球をペタリと押しつけたりしていく。
ちなみにだが、ケモニアンには人間のように細く長い指を持つ種と、ワッフルのように動物に近い手……要は道具を持つのに適さない手を持つ種の二種類がいるのだが、どちらでも飲食やペンを持つのに不自由しないように様々な形の道具が発達している。
今のワッフルであれば短い指に指輪状の固定具を嵌めることで、指で掴まずともペンを装着して字を書くことができるようになっており、実際器用に書類にサインを書き込んでいる。
「これでいいか?」
「はい、結構です。では――」
「おいおい、こんな小せぇ奴まで勇者候補なのか?」
と、そこで不意に事務所の奥から声が飛んできた。俺達がそちらに顔を向ければ、そこに立っていたのは一九〇センチ近い大柄な体つきと、極めて短く刈り揃えられた艶めく黒い体毛を持つケモニアンの男が立っている。
「む? 何なのだお前は?」
「は? テメェ、この俺を知らねーのか!? 勇者候補筆頭であるドーベン様だぞ!?」
「うむ、これっぽっちも知らないのだ!」
「ぐっ!? い、いい度胸じゃねーか……」
悪意も計算もなく素で煽り倒すワッフルに、ドーベンと名乗った男が近づいていく。大人と子供ほども体格差のある二人だったが、ドーベンがその背を倒してワッフルの顔を間近で睨み……その口元がニヤリと笑う。
「……へぇ、お前強いな?」
「当然なのだ。勇者候補なんだから、弱いわけないのだ」
「ハッハッハ、そりゃーそうだ! いいぜいいぜ。お偉いさんがねじ込んだだけの勇者候補ならここでぶん殴ってやるところだが、本当に強いなら何の文句もねぇ! ワッフルっつったな。お前と戦えるのを楽しみにしてるぜ!」
「ワレもなのだ! この肉球でお前なんてプニプニにしてやるのだ!」
「ケッ、言ってやがれ!」
乱暴な言葉遣いとは裏腹に、ドーベンは楽しげに笑いながら事務所を後にしていった。その姿を見送ると、ティアがこっそりと俺に話しかけてくる。
(ねえエド。今の人……)
(ああ。あいつはかなり強いぜ)
一周目の時は、ケモニアンという人間とは違う種族の強さを正確に見抜けるほど俺の目は鋭くなかった。だが今ならばはっきりとわかる。
(多分、ワッフルと同じくらいだ)
(えっ、でもそれおかしくない? 今のワッフルは、夢の世界のワッフルよりもずっと強いのよね?)
俺の言葉に、ティアが眉根にぎゅーっと皺を寄せて問うてくる。
そう、未来の知識を先取りして特訓したワッフルと同じくらいに強いということは、それがなかった一周目では、ドーベンはワッフルよりもずっと強かったことになる。実際一周目ではワッフルは「恥をかく前に帰れ」的な事を言われ、大いに憤慨していたのだ。
(一体どうやって勝ったの? あ、何かこう勇者パワーが目覚めたとか、そういう感じ?)
(だったらいいんだけどなぁ……詳しい話は、また後だ)
「お待たせなのだ!」
手続きを終えてワッフルが戻ってきたことで、俺とティアは内緒話を打ち切る。とはいえティアの顔を見れば納得していないことは丸わかりなので、後ほどの追加説明は必要だろう。ま、そもそも話すつもりだったからいいんだが。
「じゃ、これからどうすんだ?」
「うむ。とりあえず宿に行って荷物を置いたら、エド達に組み手の相手をお願いしたいのだ! 流石に三日も基礎鍛錬だけじゃ勝負感が鈍ってしまうからな!」
「いいとも。ティアもいいよな?」
「え!? う、うん。いいわよ」
「良かったのだ! これであのドーベンとかいう奴にも負けないのだ!」
フリフリと尻尾を揺らしながら気炎を上げるワッフルは、何処までもまっすぐだ。よくぞまあ今まで曲がることも曇ることもなくやってこれたと感心するが……こいつはこれでいい。この純粋さこそがワッフルの本質なのだと俺は思う。
その後俺達は再び町を連れ立って歩き、豪華さこそ無いがしっかりとした作りの宿にその身を寄せた。そしてその日の夜、小さくノックされた扉を開ければ、そこには薄い夜着を纏ったティアの姿があった。
「……夜這いなら間に合ってるぜ?」
「バカ! いいから早く部屋に入れて!」
「なんだよ、軽い冗談じゃんか……いてて」
思いきりデコピンをくらい、赤くなった額を摩りながら俺はティアを室内へと招き入れる。やってくることは予想済みだったので、魔導具で保温されたポットからお茶を入れて差し出せば、ティアが一口それを飲みプルリと体を振るわせる。
「ふぅ、落ち着いたわ。夜はちょっと冷えるのね」
「そんな格好で出歩くからだろ。てか何でその格好?」
俺が突然ティアの部屋を訪ねたならともかく、ティアがこっちに来るんなら夜着を纏う理由は無い。普通に服を着てくればいいだろうに、何で?
「? だって、この後すぐに寝るのよ? なら一々着替えるのは面倒じゃない」
「いや、だから着替えないで待ってて、話が終わったら着替えれば良かったんじゃね?」
「嫌よ! それじゃせっかく部屋にいるのにベッドに寝転がれないじゃない!」
「あー、はい。そうですか……」
どうやらティアの中では、俺に夜着を見せることよりも部屋でくつろぐ事の方が重要だったらしい。まあ、うん。ティアらしいと言えばティアらしいんだが年頃……多分年頃……の娘として、それはどうなんだ?
「……言っておくけど、こんな格好するのはエドの前だけよ? 弟みたいなものなんだし……それよりほら、昼間の話の続きを聞かせて! 何でワッフルがあのど、どー……」
「ドーベンな」
「そう、ドーベン! ドーベンって人に勝てたの!? エドってば肝心なことは寸前まで教えてくれないから、ずーっと気になってたのよ!」
「いやだって、ティアに教えるとスゲー顔に出るから……知ってるのに知らないふりとか、超苦手だろ?」
「ぐっ……」
俺の言葉に、ティアが猛烈に渋い顔になる。内容にもよるが、基本的にティアは嘘が苦手なのだ。ばれたら困る秘密を共有するには、些か以上に頼りない。
「が、頑張る……」
「おう、期待してる。とは言え今回は話しておくよ。ティアの協力も必要だからな」
耳を揺らしながらしかめっ面をするティアを苦笑して見守りながら、俺はワッフルとドーベン、二人に関わる未来の話を始めた。




