泣くのを恥ずかしいと言う奴は、泣けもしない寂しい奴だけだ
「よっし、間に合った! ティア!」
「任せて!」
全力の「追い風の足」で移動し、少し手前で俺の背から飛び降りたティアが、まずは明らかにヤバい華奢な方の少年……多分ケイン……の手当に走る。それを横目で確認した俺に、今度は背後の少年……勇者ジンクが声をかけてきた。
「あ、あの、貴方は――」
「話は後だ、今は下がって仲間の面倒をみとけ!」
「は、はい!」
俺の言葉に、今回のジンクは大人しく従ってくれた。やっぱりそうだ、この段階なら、ちゃんと話が通じる。なら後は……
「ヘイヘイどうしたクソトカゲ! 随分イライラしてんな? ママのミルクが足りてねーんじゃねーか? ……いや、トカゲだから卵生か?」
「GULLLLLLLL……!」
明らかに小さい獲物に自慢の爪を止められた地竜が、苛立ったように喉を鳴らす。駆け出し冒険者ならそれだけで腰を抜かすんだろうが、俺をビビらせるには些か以上に迫力が足りない。
「おっ……らぁ!」
「GUL!?」
もらった衝撃を「円環反響」でそっくりそのまま返してやれば、振りかざされていた地竜の腕が後方へと弾き飛ばされる。流石に五メートルの巨体を吹き飛ばすほどじゃないが、それでも地竜が俺を見る目が、脆弱な餌から警戒すべき獲物へと変わる。
だが、それじゃ不十分だ。俺は不敵に笑うと、まずは地竜の足に向かって切りつける。するとガチンという硬い手応えと共に、地竜の足の爪に深い切り込みが入った。
「おっと、寸前でかわしたのか? 何だよ、割といい反応じゃねーか」
「GYAAAAAAAAA!!!」
「でも、そいつは悪手だ」
大口を開けて噛み付こうとしてきた地竜の鼻先を、俺は「夜明けの剣」の背の方で思い切り引っ叩く。竜鱗ってのは単純に硬いことに加え、その下にある筋肉が衝撃を吸収してしまうため、下手に斬るよりこうして叩いた方がダメージが通りやすいのだ。無論斬れないわけじゃないが……まあそれはそれとして。
「GULLL……GULLLLLLLL…………」
頭を揺らされよろけた地竜の目に、薄く青い光が広がっていく。それは体内に魔力が満ちていく証であり、地竜にとっての俺が「全力で倒すべき敵」になったことを示す警戒色。この世界の竜は獣に近いので言葉を話したりはしないが、獣の本能からくる知性は決して侮るべきものではない。
噛み付き、組み付き、押しつぶし、薙ぎ払い。腕……というか前足二本と口、それにその巨体そのものを使って、地竜が俺を本気で殺しにかかってくる。だが俺はその全てをいなし、防ぎ、受け止める。「不落の城壁」を使えば別に棒立ちでも構わねーんだが、背後で見ている勇者様に無様な戦いを見せるわけにはいかない。
振るわれた爪を受け流し、薙ぎ払う足は受け止め、突進は地に転がって避け、生臭い息に身をよじれば、凶悪な牙が顔のすぐ側でガチンと音を立てて空振りする。なかなかに泥臭い戦いだが、今はこれでいい。
「こっちの子は終わったわ! 次はそっちに!」
「わかった!」
推定ケインの手当を終えたティアが、次は木にもたれかかりグッタリしている少年……こっちは多分ドーマだろう……へと向かう。それに俺が応えると、不意に地竜の目が細くなった。
「GYAAAAAAAA!」
雄叫びと共に、地竜が太い尾を振るう。ただしその狙いは俺ではなく、グッタリした少年とそれを手当てするエルフのお嬢さんで……
「あ、危ない!? 逃げ……えっ!?」
「GYAAAAAAAAA!?!?!?」
ジンクの叫びと地竜の悲鳴が、ほとんど同時に森の中に響き渡る。手加減無しの俺の一閃が、地竜の丸太より太い尾を切り飛ばしたからだ。
「そりゃ駄目だろ。俺を無視してティアに手を出すとか……身の程をわきまえろ」
「GYUUUUUUUUU……」
俺が睨み付けると、地竜はその巨体をすくませて一歩後ずさる。だが怒りが恐怖に勝ったのだろう。その首が軽くのけぞり、次いで開いた大口から凄まじい勢いの石礫が放たれる。
でかいトカゲにしか見えない地竜が竜と呼ばれる所以。強力無比な吐息を前に……俺はただ静かに剣を振り上げる。
この程度の相手に、魔王の力なんて必要ない。師匠の剣と俺の技、その二つが正しく合わされば――
「GYAAAA――AAAAA…………」
「万象一切、断てぬ物無し!」
吐き出された吐息ごと、俺は地竜を真っ二つに切り裂いた。
「お疲れ様エド」
綺麗に半分になった地竜の前で残心を決めている俺に、近くに寄ってきたティアが声をかけてきた。如何に強靱な竜種とはいえ真っ二つなら死んだだろうと、俺は心を落ち着かせて剣を収め、ティアの声に応える。
「おう、お疲れティア。そっちはどうだ?」
「うん、二人とも大丈夫よ。少し高い回復薬を使ったから、後遺症どころか傷跡だって残らないわ」
「ならよかった」
「でも……」
「ん? 何かあるのか?」
不意に眉をひそめたティアに問うと、ティアの視線が俺が切り裂いた地竜の方へと向かう。
「その地竜、首を落とす予定だったんでしょ? 真っ二つにしちゃったけど、いいの?」
「あっ!? あー、それは…………」
当初の予定では、この地竜は首を落とすつもりだった。竜の素材が金になるというのもあるが、この世界での活動基盤を築くのに、「竜殺し」というのは実にわかりやすい力の証明だからだ。
とはいえ正面から首を切り飛ばすのは角度的に難しい。なので本来は治療を終えたティアが地竜の注意を引き、その隙に俺が横から首を落とすことになっていた。なっていたのだが……
「いや……ほら、な? ちょっとノリと勢いっていうか、気分の問題っていうか……」
「ふーん?」
「…………す、すまん」
自分で決めて協力を仰いだくせに、それをガン無視したとなれば一方的に俺が悪い。ジト目で見てくるティアに、俺は素直に頭を下げた。ティアが狙われたので腹が立ったとか、そんな言い訳をしたりはしない。
するとティアはまるで何もかもわかってると言わんばかりに呆れのまじった笑みを浮かべ……しかしすぐに思案顔になる。
「いいわよ別に。私を助けてくれたんだし。でもこれ、どうするの? 流石に持って行けないわよね?」
「まあ、なぁ……」
横ならともかく、俺がやったのは縦に真っ二つだ。内臓関係はほぼ全部駄目だし、血もほとんど流れ出てしまっている。皮や爪なら剥ぎ取ればいけるだろうが、血と臓物と糞便が小さな池を作っているこの場所でそんな作業はしたくない。
それでもと言うなら「彷徨い人の宝物庫」に一旦しまえばいいんだろうが……正直やりたくない。今まで一度として中身同士が干渉したことはないが、それでもこういうのをそのまま入れるのは何かこう、気分的に嫌なのだ。掃除とかできねーし。
「どうすっかな……あ、尻尾ならいけるか? さっき斬ったのが――」
「あ、あのっ!」
と、そこで背後から、俺に声をかけてくる奴がいた。振り向いてみれば、そこには助けたばかりのジンクが立っている。
「おう、ジ……あー、少年。大丈夫だったか?」
「はい! お二人のおかげで助かりました、友達……仲間も……本当に、本当にありがとうございました!」
深く深く、腰が折れるんじゃないかというくらいジンクが頭を下げてくる。その背後では治療済みの二人が仲良く横になっており、穏やかな寝息を立てている。
「はは、いいって。俺達は俺達の都合で動いただけだしな。それよりも、助けられてよかった」
「そうね。もうちょっと遅かったら間に合わなかったもの。よく頑張ったわね」
「はい。二人とも、俺なんかのために本当に頑張ってくれて……」
「おっと、そりゃ違うだろ?」
「え?」
辛そうに唇を噛むジンクに、俺はポンとその頭に手を置いて言う。
「勿論その二人も頑張ったんだろうが、お前だってそうだ。お前が仲間を見捨てずに戦う道を選んだから、俺達が間に合ったんだからな。
だからみんな頑張ったんだ。お前達、いいパーティだな」
「…………はいっ! 二人とも、俺の自慢の……親友で……うっ、ぐず……っ」
ジンクの目に涙が溢れ、その声が詰まる。失うはずだった大切なモノがその手にある感動がどれほどのものか……俺はそれをよく知っている。
「ご、ごべんなざい。俺……」
「気にすんな。いいか少年? 泣くってのは決して恥ずかしいことじゃねーんだ。誰かのために泣けない人生なんてつまんねーだろ? 泣けるくらい大事な相手と出会えたことを誇れ。そいつと一緒にいられることを喜べ。
つまりは……今は好きなだけ泣きゃいいってことだ」
「はい……っ!」
顔をくしゃくしゃにして泣くジンクの頭を、俺はそっと撫で続けた。




