「凄かった」としか表現できないことも、世の中にはたまにある
「あれ? ティア?」
名を呼ばれて気がつけば、俺の目の前にはティアの顔があった。今ひとつ理解の追いつかない俺に、ティアが軽く眉を寄せて話しかけてくる。
「……ねえ、本当にどうしたの? 扉の光は収まったみたいだけど」
「へ!? あ、ああ……?」
顔を戻して見てみれば、確かに扉はもう光っていない。無意識にノブを握っていた左手も、力を抜けばあっさりと離れる。
(まさか、今の全部夢……ってことはねーよなぁ。魂だけ連れて行かれたとか、そういう感じか?)
元々この「扉」による世界移動は、色々とわからないことが多い。俺の予想としては毎回体や装備品の状態が巻き戻る辺り、転移しているのは魂だけで、体は常に分解と再生成を繰り返してるんじゃないかと思っている。
となると、さっきのはその仕組みを上手いこと利用して、意識というか魂というか、そういうのだけを呼ばれたって感じだろうか? うん、多分そうだな。だって俺、浮いてたし。
「なあティア。俺は今、神に会ってきたぞ」
「…………エド、貴方疲れてるのよ。ほら、そこで少し休みましょう?」
「ちげーよ! マジで会ってきたんだって! 何かこう、暗い世界にフワフワ浮いてたら……あの、そういう目で見るの止めていただいてもいいですかね?」
哀れみと慈愛に溢れた眼差しを向けられ、俺は思わずその手にすがりつく。するとティアは悪戯っぽく笑って俺の頭を撫でてきた。
「フフッ、わかってるわよ。ちょっとからかっただけ」
「ぬあっ!? 何て悪辣な……そんなエルフはこうしてくれる!」
「きゃっ!?」
お返しとばかりに、俺はティアの耳を軽く引っ張ってやる。するとティアが今度は俺の頬をプニッと摘まんできて、ならばと俺が鼻を摘まめばティアもまた俺の鼻を……と、子供のようなじゃれ合いを一分ほど続けたところで、先に手を離したティアが満足げに息を吐いた。
「はー、面白かった! で、神様に会ったって、えっと……ヌオー様? の方よね?」
「ああ、そうだぞ」
「へー。私神様なんて会ったことないけど、どんな人……神様だったの? やっぱりこう、キラキラ輝いてる感じ?」
「輝いてはいなかったな。っていうか、見た目は魚だった」
「魚? ギンタみたいに?」
「いや、ああいう魚人じゃなくて、その辺の川を泳いでそうな、普通の魚」
「えぇ……?」
「あ、でも、スゲーでかかったぞ! その魚の左目がな、俺達がさっきまでいた世界だったんだよ。うん、あれはでかかった」
「えーっと……ご、ごめんなさい。理解はできたと思うんだけど、今ひとつ想像が追いつかないというか……」
「いや、いいって。俺もあれを口で表現するのは難しいしな」
言葉にすれば「馬鹿でかい魚」でしかないヌオーだが、その存在感は正しく神のそれだ。俺は平気だったが、一般人なら即座にひれ伏すか、あるいは神威とでも呼ぶべきものに押しつぶされて気絶していたと思われる。あれは実際に体験しなければ伝わるものではないだろう。
「それで、どんな話をしたの?」
「ああ、それがな――」
ティアに請われるまま、俺はヌオーとの会話の内容を説明していく。そうして全てを聞き終えると、ティアが首を傾げながらその口を開いた。
「なるほど……ならエルドさんにとっては、今回の世界が一番よかったってことなのかしら?」
「うん?」
「だって、他の世界だとエルドさんはただの魔王ってことになっちゃうんでしょ? それだと今回みたいな結末にはならないんじゃない?」
「そう、だな。確かに……」
今回は神に直接話を聞くという反則があったから真実を知ることができたが、そうでなければ俺達の情報源はギンタの話がほぼ全て……つまりエルドは「世界を混乱に陥れた魔王」という扱いになる。
その場合今回みたいに自分の封印を解く鍵を残しているとも思えないし、俺の方も封じられている魔王をわざわざ倒したかと言われれば、大分微妙だと言わざるを得ないだろう。
「なら、厄介な『神の欠片』も、今回はいい仕事をしてくれたってことか。いや、それはそれで被害はスゲー出てるんだし、結果論でしかねーけど」
悪党にも銅貨の利。世に害を為す存在であろうと、それを倒すという仕事が生まれるという点では利益になり得る……つまりはどんな存在だろうと、この世に価値のないものなどないという言葉ではあるが、今回はまさにそれだな。
だからって「神の欠片」がやったことやその存在を肯定するわけではないが……
「ま、いいんじゃない? それこそ私達は神様じゃないんだから、できることを精一杯やるだけよ。あ、それともエドは神様を目指すの?」
「そんなつもりは全くねーけど、目指す方向性としてはそれに近いのか?」
無邪気に問うティアに、俺は首をひねって考える。そんな偉そうで面倒くさそうな立場に立つのは御免だが、ヌオーにも言われた通り、神を殴るなら相応の力は必要になる。
別にでかくなることが神になることではないだろうが、神になるための条件として大きな力を得る、大きい存在になるというのがあるのであれば、確かにそう、なのか? 何となくそんな気はしなくもない。
「ふーん。エドが神様、ねぇ……」
「何だよ、何か言いたいことがあるのか?」
「べっつにー。ただ全部丸見えになるからって、あんまり女の子の着替えを覗いたら駄目よ?」
「覗かねーよ!? てか俺が覗いたことがあるのなんて、ティアくらいだぞ!?」
「えっ、そうなの? それは……私はどういう反応をするべき?」
「……好きにしてくれ」
怒るべきか喜ぶべきか悩み始めたティアに、俺は大きくため息をついてその場を離れる。そうして向かうのは、「勇者顛末録」の収納されている棚だ。今は三冊しかないそこから〇五一にして〇〇一、黒騎士のいた世界の本を手に取り、そのページを開く。
「…………流石に無理か」
「どうしたのエド?」
「いや、さっきヌオーから加護をもらったって言ったろ? そのうち一つが『勇者顛末録の内容に入る修正を抑える』ってやつだったんだよ。ほら、ギンタの世界の本は、内容が普通だったろ?」
「あ、あれってそういうことなのね! うんうん、いいじゃない! せっかくみんなが一生懸命頑張ってるのに、最近は何かこう、いやーな表現が多かったから」
「だよな。俺もいいと思うんだが……流石に既に記載された内容の変更は無理みてーだ」
もし力が及ぶなら、ジードの無念や黒騎士の活躍を、きちんと形にしてやりたかった。ニコ達の方はまだいいが、こっちはそもそも空白になったりしてたしな。
まあでも、次からはまともになるというのなら、俺としては大歓迎だ。少なくとも毎回神が泣いてるよりは万倍いい。ぶっちゃけあれを読まされても「だから何?」という感想しか出ねーしな。
「そっか。ま、いいじゃない。ここには書かれてなくたって、私達はちゃんとみんなのことわかってるし、覚えてるんだから。
で、ヌオー様にもらった加護は、これだけなの?」
「いや、実はこっちはオマケで、本命がある」
再び問うティアに、俺はニヤリと笑ってみせる。そう、これはあくまでサービスのようなもので、きちんとした加護がもう一つあるのだ。
ということで、俺はそのまま扉のところまで戻ると、まだ開けていない次の世界の扉のノブを左手で握る。
「エド? え、もう次の世界に行くの?」
「まあ見てろって」
このままノブを回して扉を開けば、俺達は次の世界に降り立つことになる。が、その状態のまま意識を集中すると、人差し指に出現したヌオーの指輪から出た青白い光の線が扉の表面を走っていき、そのまま指輪の中へと戻ってくる。
そしてその瞬間、俺の脳裏に「扉の向こうの世界」の情報が入ってくる。ほうほう、次の世界は――っ!?
「フッ、クックック……なるほど、こいつはいい。最高だぜヌオー!」
「エド!? どうしたの!?」
突然叫んだ俺に、ティアが驚きの声をあげる。が、驚いたのはむしろ俺の方だ。
「いいかティア。今から俺の話すことをよく聞いてくれ」
「う、うん? いいけど……」
それはきっと、神の裏をかく逆転の一手。確約されたバッドエンドを覆す最初にして最後の一歩。ふふふ、今までは神の為すがままだったが……今回はちょいと抵抗させてもらうぜ?




