最強の敵は自分自身? 自分が最強とか自惚れすぎじゃないですかね?
尻尾をフリフリ、足取りも軽いワッフルを引き連れ、道なき道を歩き続けること三日と少し。遂に辿り着いた修行場を前に、ワッフルの尻尾がへにょりと垂れ下がる。
「なあエド。ここなのか?」
まあ、その気持ちもわからなくはない。何せ俺達の目の前にあるのは天然の石壁であり、特別な何かがあるわけではない。
「確かにこの辺のクロヌリは少しだけ強いけど、わざわざこんな所に来てまで戦うほどじゃないのだ」
「ははは、そう焦らずに。今開けますね」
「開ける……?」
首を傾げるワッフルを背に、俺は石壁に手を突いてゴソゴソとその表面を調べていく。確かこの辺に……お、これか?
「うぉぉぉぉ!? 何なのだ!?」
「壁が動いてる!?」
石壁に空いた小さな穴に指を突っ込み、そこから更に関節を曲げて限界まで指を突っ込み、その上で更に手前にある出っ張りを押すという仕掛けを動かせば、目の前の石壁が音を立てて開いていく。その奥に口を開くのは、明らかに人の手に寄って整備されたであろう通路だ。
「壁が!? 壁が開いて道が出来たのだ!?」
「何これ!? ねえエド、何これ!?」
「フッフッフ、驚くのはまだ早いぞ。さあワッフルさんにティア、奥へどうぞ」
デキる執事のように恭しく一礼した俺の前を、戸惑いと好奇心を両立させた顔の二人がゆっくりと進んで行く。無論俺もすぐその後を続き、一分ほど歩くことで開けた場所へと辿り着いた。
「ほい到着! ということで、ここが秘密の訓練場所です」
「エド、エド! ここは一体何なのだ!? ここでどんな訓練ができるのだ!?」
「そんなに慌てなくても、すぐ準備しますね」
千切れるんじゃないかという勢いで尻尾をファサファサしているワッフルを手で制し、俺は必要な準備を整えていく。ちなみにティアは目をキラキラさせながら部屋の中を見て回っているようだが……まあ危ないものがあるでもなし、大丈夫だろ。
「これでよし……っと。じゃあワッフルさん。そこの線を越えてみてください。ティアは線から奥には踏み込むなよ? 巻き込まれると危ないからな?」
「ここか? わかったのだ」
振り向くこと無く手を振るティアとは別に、ワッフルが俺の言葉に従って床に引かれた線を越える。すると部屋の奥に安置されている金属製の箱から黒い線が伸びてきて、ワッフルの前ににゅるりと立ち上がる。
「クロヌリ? なっ!?」
プルプルと震えるクロヌリの形が、対峙するワッフルの姿に変わっていく。その変化が終わった瞬間、クロヌリワッフルがワッフルへと襲いかかった。
「わふっ!? これは……強いし速いのだ!?」
「そいつはミカガミ。対峙する敵の姿と能力を写し取るクロヌリです。自分自身ということは、自分が倒せるギリギリの相手……どうです? 訓練には最適でしょう?」
「確かに、これはいいのだ!」
俺の目の前で、二人のワッフルが激闘を繰り広げる。レベルの高い格闘戦を眺めていると、一通り室内を見終わったのかティアが俺の隣にやってきた。
「姿と力を写し取るなんて、凄い魔獣……じゃない、クロヌリね。これ大丈夫なの?」
「ん? 大丈夫って?」
「だって、自分と同じ実力ってことは、半々で負けちゃうってことじゃない? 相手が人間ならともかく、クロヌリに負けたら殺されちゃうんじゃないの?」
「あー、それか。それに関しては……おーい、ワッフルさん! 悪いんですが、ちょっと線のこっちまで来てもらえますか?」
「わふっ? わかったのだ! ハァッ!」
力を込めた掌底で肉球を震わせ、ワッフルが黒ワッフルを弾き飛ばしてこちらに戻ってくる。当然黒ワッフルも追いかけてくるが、その動きが線の手前で止まる。
「えっ?」
「とまあ、こういうわけだ。ミカガミの伸ばす擬態触手の長さには制限があって、この線の少し手前くらいが限界だ。だから危ない場合は線を越えて逃げれば基本的には逃げ切れる。
あ、どうもワッフルさん。ありがとうございました」
「別にいいのだ! じゃ、ワレは訓練に戻るのだ!」
俺がお礼を告げると、ワッフルは再び線の向こうへと飛び込んでいく。するとすぐに見応えのある勝負が再開されたが、残念ながら俺にはティアへの説明が残っている。
「他にも制限があって、たとえばミカガミは遠距離攻撃ができない。正確には体に密着させている武器……剣とか槍とかは再現できるけど、弓とか礫みたいな射撃、投擲武器は再現できねーんだよ。流石に自分の体の一部を切り離して打ち出すなんてことは無理なんだろうな」
「それは確かに、そうでしょうね。でもじゃあ、魔法は?」
「この世界で魔法を使えるのは人間だけだ。ケモニアンもクロヌリも魔法は使えない。しかもミカガミは一体につき一本しか疑似触手を持っていないから、複数人でかかれば一人が触手を引きつけている間に簡単に本体を攻撃することもできる。
なんで、ミカガミは単独で相対した場合は恐ろしい強敵だが、二人以上いるならどうとでもなる敵ってことになる。そしてあの触手を倒しても、本体を倒さない限り触手は何度でも蘇る……な? ワッフルさんにとって最適の修行場だろ?」
「そういうこと。納得したわ……私には使えなそうなのがちょっとだけ残念だけど」
「できなくはねーだろうが、意味は薄いだろうなぁ」
ティアが精霊魔法を封じて訓練するのは、俺が腕や足が無くなった状況を想定して訓練するのと同じだ。いざという時に備えるという点では無意味とまではいわないが、普通はそうならないようにするための訓練を積み重ねる方が有意義だろう。
「あ、そうだ。一応教えとくんだが、万が一ヤバそうな時は擬態触手よりもそこから伸びてる黒い線を切るようにするんだ。そこをぶった切れば触手の動きが止まる。
それと本体は壁際にある金属の箱に入ってる。うっかり倒さないようにガッチガチに守られてるから基本的には平気だけど、本気で攻撃したら多分壊れるから気をつけてくれ」
「わかったわ。うーん、あんまり意味はないってわかってても、やっぱり戦ってみたい! ねえねえワッフルさん! それ倒したら、次は私にやらせてくれない?」
「いいぞ! ワレ一人よりみんなで強くなった方が楽しいからな! それに人の戦い方を見るのも修行になるのだ!」
「やった! じゃあ次は私で、その次はエドね!」
「え、俺もやるの?」
「そりゃそうよ! 自分同士の戦いなら本気を出せるんでしょうし、エドが本当はどのくらい強いか知りたいもの!」
「あー、はい。そうですか……まあ善処させてもらいますが」
何かを期待しているティアの目に、俺は微妙に言葉を濁す。
当たり前と言ってしまえばそうなのだが、魔法程度すら使えないクロヌリに、神の力の断片である追放スキルを模倣できるはずもない。なので普通に戦うとティアよりも更に一方的に俺が勝って終わりになっちまうんだが……
(いや、そうか。たまには素の力を確認して、鍛えるのもありか?)
肉体はどうしようもないが、技術の方は一〇〇年の積み重ねがある。その研鑽を改めて確認し、体に馴染ませておくのは悪いことではない。
「よーしよしよし。そういうことなら、俺もちょっとだけ格好いいところを見せちゃおうかな?」
「何よエド、渋い顔をしてたと思ったら、やる気になったのね? なら自分同士で戦った後は、他の人のミカガミと戦ってみるのはどう? さっきワッフルさんが線を越えて消えなかったってことは、そういうこともできるのよね?」
「ん? できるぞ」
「おお、それはいいのだ! わっふっふ、ワレが二人をなぎ倒して、最強であることを証明してやるのだ!」
「あら、私だって負けないわよ? ねー、エド?」
「クックック、頂の高さを見せてやろうじゃないか」
やる気を出す二人に、俺もニヤリと笑って答える。その日から俺達三人の地獄の猛特訓が始まった。




