誰も知らない本物を、本物だと証明するのは難しい
「うわぁー!」
物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回しながら、ティアが感嘆の声をあげる。ふふふ、その気持ちはよくわかるぞ。何せ俺も初めてこの景色を見たときは、同じような反応をしたからな。
水面から沈むこと、おおよそ一〇〇〇メートル。俺達は今、大きな水中都市の上までやってきていた。
「着いたギョ。ここがオレの住んでるトゥーライの町だギョ」
「大きな町ね。それに不思議な形というか、高い建物が多いのね?」
「そりゃ水の中だからなぁ」
ティアの疑問に、俺が答える。ここは別に水の底というわけではないらしく、広がっている地面はかなりの広さがありつつも、地上のように真っ平らというわけではない。
ならばこそでこぼこを避けるように地面からは金属の棒が伸ばされ、その上に石っぽいもので造られた建物が乗っているわけだが、その形もまた丸かったり細長かったりと、地上なら秒で崩れそうなものばかりだ。
が、ここは水中。きちんと浮力が働いているので建物は崩れないし、そこに暮らす人々もまた泳いで上下移動が可能なので、地上とは根本的に設計思想が違うんだろう。
「こんなに深くまで潜ったのに周りは明るいし体も締め付けられないし、本当にここが水中だって忘れそうだわ。凄いのねこの魔導具」
「そうかギョ? オレ達にはそれが普通だから、よくわかんないギョ」
「ははは、こればっかりはギンタ達みたいな普通の人間にはわかんねーだろうな」
普通に地上で生活できる俺達が、「魚が地上で呼吸できるようになる魔導具」を身に付けたようなものだ。当たり前にできていることを魔導具の機能として提供されても、そこに変化を感じる余地はないだろう。
ならばこそギンタ達にとってはガラクタでしかないこの魔導具は、俺達からすればとんでもない技術の結晶となるわけだが。
「それに、そもそも普通に会話できるのも……これどういう仕組みなのかしら? ねえギンタ、この魔導具って本当にもらってもいいの?」
「別に構わないギョ。確かに欲しいと思って探すと見つからないギョが、かといって欲しがる人なんていないから売っても大した金にはならないギョ。ぶっちゃけ返してもらってもガラクタ箱に放り込んでおくだけの代物だギョ」
「ならいいけど。ありがとうギンタ。お礼にえっと……ギョラン堂? のパフェを奢ってあげるわね」
「ギョギョーッ!? 本当にいいのかギョ!?」
「勿論。私も食べてみたいし……ただ、その前にお金をどうにかしないとだけど」
そう言って、ティアは腰の鞄から金貨を一枚取り出す。これもまた水着とセットでついていた水中用の小物入れで、蓋を閉めると完全防水になるという優れものだが、蓋を開ける場所がそもそも水中なので、その機能が生きることはこの世界にいる限り無さそうだ。
「もう一回確認するけど、これをこのままは使えないのよね?」
「そうだギョ。オレ達の使ってるお金とは形が違うから、それを出されてもお店の人は困ると思うギョ」
ティアの問いに応えるように、ギンタもまた貨幣を一枚取りだしてみせてくる。白い石のような貨幣には貝の彫刻がなされており、俺達の使う貨幣とは明らかに違う。
そう、言葉と同じく大半の世界では共通の通貨だが、流石に水中世界では違うのだ。ま、金属の価値もここじゃ全然違うから当然ではあるんだが。
「なら、やっぱり何処かでお金を調達しないと……どうするのエド?」
「そうだな。適当な宝石を売ってもいいんだが……ここは貨幣をそのまま売るって手もあるな」
「え? お金をそのまま売るって、どういうこと?」
不思議そうに首を傾げるティアに、俺はニヤリと笑いつつギンタの方に視線を向ける。
「そのままの意味さ。なあギンタ。俺達のこれは伝説の『丘の人』の使ってた貨幣なんだろ? ならトレジャーハンターであるギンタなら、こいつを換金できる場所に心当たりがあるんじゃねーか?」
「ギョッ!? 確かにそうだギョ! ならオレがいつも通ってる店に行くギョ! あそこなら遺物の買い取りもやってくれるんだギョ!」
「おいおい、そんなに慌てるなよ! ったく。行こうぜティア」
「ええ」
勢いよく町の方へと泳いでいくギンタに苦笑し、俺とティアも水中を進んでいく。町中を泳ぐという不思議な感覚を楽しみながら辿り着いた先にあったのは、やや段差のある地面に六本の金属製の柱が交差するように組まれた足場、その上に乗る壺を横倒しにしたような建造物だった。
地上ではあり得ない造形にティアが目をキラキラさせるなか、ギンタが無造作にその扉を開いて声をあげる。
「こんちわー! おばちゃーん、来たギョー!」
「いらっしゃい……って、何だ、ギンタじゃないかい。またガラクタでも拾ってきたのかい?」
元気のいいギンタの挨拶に応えるのは、ギンタとは大分姿の異なる女性だ。ギンタが全身を鱗で覆われているのに対し、その女性は茶色い皮膚の上を光沢のある粘膜が覆っている。おまけに丸っこい顔の頭には髪の代わりに触手がニョインと伸びており、わずかに膨らんだ先端部分はほんのりと光を放ってすらいる。
「酷いギョおばちゃん! オレが持ってくるのはいつだってお宝だけど、今回は特に凄いものを持ってきたギョ!」
「はいはい、一体何を……って、おや? 後ろの二人は誰だい?」
と、そこで女性の視線がギンタの背後に控えていた俺達の方に向く。一瞬見開かれた目が次の瞬間には細まり、触手の光が心なしか強くなった気がする。
「見たこと無い顔だねぇ。余所の町から来た人かい?」
「あ、はい。私達は――」
「聞いて驚くギョ! なんとこの二人は、伝説の『丘の人』なんだギョッ!」
ティアの言葉を遮って、ギンタが大仰な身振りを交えて言う。だがそれを聞かされた女性はわずかに触手の光を強くさせただけで、すぐに呆れたように短く息を吐く。
「はぁ、そりゃ凄いねぇ。で、本当のところはどうなんだ?」
「ギョォォ!? 何で信じてくれないギョ! 本当にこの二人は『丘の人』なんだギョ!」
「そう言われても、アタシは『丘の人』なんて見たことないからねぇ。確かに変わった見た目だけど、そもそも『丘の人』ってのは水の上でしか生活できないんだろ? ならここにいる時点でただの人間ってことじゃないか」
「それはオレが、『丘の人』が使ってた水の中で暮らせる遺物をあげたからだギョ! よーし、そういうことならエド、俺のあげた魔導具を外して、ここでアワアワしてみせるギョ!」
「ふざけんな馬鹿! 死ぬだろうが!」
水着に付けているブローチは鞄の中にしまうくらいなら平気だが、水深一〇〇〇メートルのこの場所で完全に外してしまえば、あっという間に溺れ死ぬことになるだろう。
もっと重要な局面でなら命がけでギンタの頼みを聞くこともあるかも知れないが、流石にそんなアホな理由で死を覚悟するつもりはない。俺は詰め寄ってきたギンタの頭にチョップを炸裂させると、いい笑顔を作って女性の方に声をかける。
「ギョハッ!? い、痛いギョ……」
「騒がしくてすみません。実はちょっと見てもらいたいものがありまして……これなんですけど」
「ん? こいつは……金属製の貨幣かい? 随分状態がいいけど、何処で見つけたんだい?」
「そりゃあ勿論、秘密ですよ。でもいい感じに買い取ってくれるなら、他にもお見せできるものがあるかも知れませんが」
「へぇ?」
俺の提案に、その女性が商売人の顔になった。触手の先端がチカチカと怪しげに輝き、筒のようなものを目に押し当て、俺の出した金貨をしげしげと見つめていく。
「これ、端の方がちょっと欠けてるね? 金を出す蒐集家ってのは、こういう細かいところにうるさいんだけど……」
「はっはっは、これは古代の遺物なんでしょう? なら欠けてるくらいの方が使用感があっていいんじゃないですかね? そもそも俺なら、完品なんて見せられたら逆に偽物だと思うでしょうし」
「フッ、アンタなかなか言うね? なら――」
「うわぁ、二人ともすっごく悪そうな顔してるわ……」
「ギョォォ。どうすれば、どうすれば信じてもらえるんだギョ……?」
背後でひたすら悩み続けるギンタをそのままに、俺と女性は互いに深い笑みを浮かべながら交渉を続けていった。




