状況を理解が進んでも、それを打破できるかは別の話である
「臭ぇ!」
「きゃっ!? 何!?」
大声で叫びながら飛び起きた俺の前には、驚きを露わにするエルフの娘……ってかティアがいる。ん? ティア? 俺は……俺は?
「ありゃ?」
「おはようエド。今回は割と早いお目覚めね?」
手にしていた本をパタンと閉じて、微笑むティアが俺の顔を見つめてくる。それと同時に端の方に追いやられていた「俺」の記憶が波のように押し寄せてきて、しばしボーッとティアの顔を見つめ返してしまう。
「……………………」
「エド? 大丈夫? 何処か調子が悪いの?」
「……いや、そう言うわけじゃねーよ。ちょいとアイツに深入りしすぎてたって言うか……あれ? 『神の欠片』は?」
「そこにあるわよ」
ティアが動かした視線の先を追うと、テーブルの上には黒い欲にべっちょりとまとわりつかれた神の欠片が置かれている。別に汚くはないのかも知れないが、あれをどかしてからあのテーブルで食事を取りたいとはちょっと思えない。
「あの後すぐ、エドは気を失っちゃったの。だから私はエドをベッドに寝かせて様子を見てたんだけど……」
「そっか。ん? ならそんなに時間は経ってないのか?」
「そうね。三時間くらいかしら?」
「おぉぉ……」
俺の主観では結構な時間を向こうで過ごしたはずだが、それが三時間……早いのか遅いのかすらわからねーけど、ともあれ三時間で済んだってなら僥倖だ。
「それで、知りたい事はわかったの? あ、話す前に少し休む?」
「いや、今話すよ。別に疲れてるって感じでもねーし……あー、水くらいは飲みてーかも」
「そう? なら……はい、どーぞ」
「おう、ありがと」
ベッドサイドに置かれていた水差しから、ティアがコップに水を入れて差し出してくれた。それを受け取り口にすると、思ったよりも乾いていた口の中が潤い、冷たい感触が喉を滑り落ちていく。
「ぷはぁ、落ち着いた。んじゃ、何から話すか……いや、こういうのは最初から全部話せばいいのか?」
「そうね。得た情報の内容は私の方でも判断したいから、ありのままを全部教えてくれた方がいいわね」
「そりゃそうだ。なら最初から――」
言って、俺はついさっき自分が体験してきたことを話していく。それをティアは体を揺らしながらも最後まで辛抱強く聞いて……そしてゆっくりとその口を開く。
「そっか……ごめん、ちょっと情報が多すぎて、私の方でも処理しきれないわ」
「だろうなぁ。俺だってそうだし」
戸惑いを露わにするティアに、俺も思わず苦笑を浮かべる。こんな話を「酔っ払いの戯言」として笑い飛ばす以外の反応は、常識人にはさぞ難しいことだろう。
「そうね、順番に最初から問題に触れていきましょ。なら……その学園? とかいうのが変わっちゃったのは、平気なの?」
「平気か平気じゃねーかで言うなら、平気じゃねーな。でも俺達が異世界に入る時期を選べるわけじゃねーから、どうしようもないってのが本音だ」
レインの時のように、間に合うタイミングでその世界に入り込めるなら手の打ちようもある。が、ハリスの時のようにその世界に入った時点でどうしようもなくなっていたなら、最悪は俺達で勝手に魔王を倒し、俺が入ったことで生まれた勇者に追放してもらうしか方法が無い。
「むぅ、情報を事前に得ていても、結局は後手にしか回れないのね」
「だな。根本的に神の手のひらの上ってのは変わらねーし」
「なら、神の欠片が世界を壊して回っているっていうのも……」
「ああ、どうにもならん」
沈むティアの言葉に、俺もまた苦々しい思いで顔をしかめる。
「俺達が異世界に入った時点で『羽付き』みたいに存在してるってことなら、今後も倒すことはできるだろう。が、そうでないならどうしようもない……というか、そもそも壊れた世界には入りようもねーだろうし」
「そう、よね…………」
今現在、二〇〇に増えた世界がどれだけ残っているのかは俺には知りようがない。未だに何処も壊されていないのかも知れないし、逆に前と今の二つの世界以外の九八個はもう壊されている可能性だってある。
そして救った世界ですら、他の世界から新たな「羽付き」がやってきて、再び崩壊させられることすらあり得るのだ。もしそうなったなら、基本同じ世界には二度と立ち入れない俺達ではもう立ち向かうことすら許されない。
「…………つまり、色々事情はわかったけど、わかっただけでできることは何も増えてないってこと?」
「そうなるな。まあ相手は神様だってーんだから、そもそも対抗しようってのが無理だろ」
「まあ、うん。それはわかるけど…………」
俺は魔王だが、その器は人のそれだ。積極的に力を回収し、人の器を捨てれば対抗できなくもないんだろうが、人でなくなった時点で神に対抗する意味がなくなってしまう。
そしてティアは、ほんのちょっぴり魔王の魂が混じっているとはいえ、基本はただのエルフだ。言葉通り次元の違う場所にいる神をどうこうすることなどできるはずもない。
「うー! 何だろう、すっごくモヤモヤする! 神様のすることなんて自然現象と同じようなもののはずなのに。むぅぅー!」
「落ち着けって。気持ちはわかるけどさ」
例えば洗濯物を干した瞬間に雨が降り出したら、ほとんどの人が感じるのは「ああ、今日は運が悪い」という思いだろう。
だがそれは雨が他意の無い大自然の法則によって降っているという前提があるからであって、誰かが恣意的に雨が降るのを決定していると知れば、その存在に文句の一つも言いたくなるのは道理だ。
それと同じように、もし世界の崩壊が地揺れとか干ばつとか、一見すれば自然現象にしか見えないような形で進むものだったなら、俺達はおそらくそれをどうすることもなく次の世界に旅立っていたことだろう。世界規模で起こる異常気象の原因究明と対策なんて、それこそその世界の奴らが何十年でも何百年でもかけて解明、解決するべき問題だと思っただろうからな。
だが、神は自分の欠片を世界に送り込むという手法をとり、しかもそいつは人の形をして地面に武器を投げつけるという、実にわかりやすい脅威として顕現している。それだけ明確な「敵」を創り出されれば、俺でなくても対抗したい、倒したいと考えるのは当然のはずだ。
「まったく、こんな雑で迂遠な方法を使うほど俺が怖いのかね? ほっといてくれりゃ何もする気はねーんだが……」
神の欠片に接触したことで、どうも神がやたらと俺を怖がっているらしいというのも伝わってきた。まあ絶対無敵の超越者様からすれば、自分を殺せる……終わらせることのできる唯一の存在ってのは、確かに恐怖の対象なんだろう。
だが、勝手に怖がられてバラバラにされた挙げ句狭い世界に閉じ込められ、その後も好き放題に横やりを入れられて俺の安寧を脅かされたのは面白くない。俺とティアを分断させるような意図があったわけじゃないらしいので、ボコボコにするからとりあえずぶん殴るくらいまで対処を和らげても構わねーが……
「とにもかくにも、まずは会って話の一つもしてみねーと埒があかねーな、こりゃ」
「会って話って……そんなことできるの?」
「そんな顔するなよ。できる……と思う。正確にはその足がかりに心当たりがあるってところだな」
胡散臭そうな顔をするティアに、俺は軽く笑いながら言う。
「まだ行ってない世界にさ、勇者が神から直接神器を授かるってイベントがある場所があるんだよ。そこを引き当てれば、多分……」
「へー。ああ、確かに英雄譚だとそういう話ってあるわよね。でも、あれって本当に神様から受け取ってるの? 比喩とかじゃなく?」
「そこまでは何とも。俺も立ち会ったわけじゃねーし」
一周目において、俺はそのイベントが起こる前に勇者パーティを追放されている。なので以後にそういうことがあるらしいという話は聞いていたが、実際に見たわけではない。
「でも、絶対に無いとも言えねーだろ? だって神はいるんだから」
「……それもそうね」
その手の話の一番疑わしいところ、即ち「神の実在」を俺達は疑わない。であれば神が武器を授けるというのは奇跡の一幕ではなく、どこぞの国の王様が勇者に褒美を渡すののちょっと凄いやつ程度に認識が落ちる。
「じゃあ、当面の目標はその世界を引き当てることになるのかしら?」
「そうなるな。ってことだから、これからもよろしくな、ティア」
「ええ、こちらこそ。よろしくねエド」
俺が伸ばした右手のひらに、ティアがペチンと自分の手を合わせてくる。こうして俺達はまたひとつ、世界の外側に目標を置くこととなった。




