やってみなけりゃわからないなら、やる機会を逃す手は無い
「神の欠片? 本体はこれが何なのか知ってるのかい?」
「あ、ああ。絶対とまでは言わねーけど、九割方は予想通りのもんだと思う」
「流石は本体、物知りだねぇ。なら先にこれが何なのか教えてもらってもいいかなぁ?」
「いいぜ」
オーナー魔王の手にするソレを凝視しながら、俺はこれまでのことを語っていく。オーナー魔王は相変わらず菓子をバリバリ食いながらその話を聞いていたが、ひとしきり説明を終えたところで五杯目の紅茶を飲み干し、下品に喉を鳴らした。
「げっぷ……なるほど、人に入れば心を操り、そのままだと世界を壊しちゃうのかぁ。どうやらボクが思っていた以上に面倒臭いものだったみたいだねぇ」
「まあな。てことで、今度はこっちの質問だ。そんな厄介なものを、どうやって捕まえた?」
「んー? さっきも言ったけど、これは五年くらい前に突然空を割って現れたのさぁ。しかもそいつは出てくるなりボクのカジノに向かって攻撃しようとしててねぇ、あの時は流石に焦って、ボクが本気で対処したんだよぉ」
「その『対処』の具体的な内容は?」
「見ての通り、『欲の力』だよぉ。ボクのなかに溜めに溜めてた力を、全部ぶつけてやったんだぁ。それで何とか拘束はできたんだけど、倒すことはできなくてねぇ。今も拘束を解こうとしてるから、仕方なくボクの中にしまい込んでたってわけさぁ。ボクのなかなら、消費されるよりずっと早いペースで『欲の力』が増えていくからねぇ」
「そうなのか……」
あの黒騎士がどうにもできなかった力を初手で無力化したという事実に、俺は何とも言えない感慨を覚える。魔王として活動していなかったうえに、存在するだけで無尽蔵に供給される力をため込んでいたからこそ神の欠片を押さえ込めたとは、皮肉な話もあったもんだ。
「ということで、ここからは交渉だよぉ? ねえ本体、これ欲しくなーい?」
「え、いらないけど?」
ニヤリと笑って言うオーナー魔王に、しかし俺は即答で拒否する。そんなものもらったところでこれっぽっちも使い道がないどころか、ただ保管しておくだけでも気を使うし邪魔くさい。
だが俺のその返答に、オーナー魔王は粘つくような声で続ける。
「まあまあ、そんなこと言わないでよぉ。これ、多分本体なら有効に活用できると思うんだぁ」
「有効って……俺の話聞いてただろ? んなもんどうしろってんだよ」
「あのねぇ、ボクの集めた欲の力は、ボクのなかで熟成されることでボクが元々持ってる力と混じり合って、もうボクの力になってるんだよぉ。それはつまり本体にもこの力が回収できるってことさぁ。
そしてその力が、この光る球……神の欠片にはべったりとまとわりついて、深くまで浸透してるんだぁ。この状態からであれば、力を回収する過程でこいつの中身にも干渉できるんじゃないかなぁ?」
「っ!?」
その言葉に、俺の脳裏に衝撃が走る。それは全く想定もしていなかったことだ。
最初に神の欠片を取り込んだ時、俺はそれを自分の体の中で隔離していた。そうでなければ自分が受ける影響が強すぎたからだ。その後それは俺が一回死ぬことで消失したわけだが、単なる邪魔者を取り戻そうなどと考えたことはない。
次に出会った神の欠片……「羽付き」にしても、取り込もうなんて考えはこれっぽっちも浮かばなかった。そもそも俺は「終焉の魔王」であって「吸収」とか「強奪」とかの魔王ではないのだから、他者を取り込む能力などない。
が、確かにこれなら……俺の力に包まれ封じられている状態のコレならば、力の欠片を回収する要領で、かつて無いほど容易くその根幹に触れられる可能性が高い。
(今まではずっと受け身だった状況が、少なくとも相手の意図を読み取る一手となり得る、か……?)
ここにあるのは所詮は末端であり、神の意志の全てを知れるとは思えない。が、神が何らかの意図を持ってこれをばらまいているのなら、少なくともその意図は理解できる。
これまで後手後手でしか動けなかった俺が、初めて先制を取れるかも知れないチャンス。そう説明されれば確かにこれは極上に魅力的だ。
「……何が要求だ?」
「簡単だよぉ。ボクをこのまま見逃して欲しいんだぁ」
「え、それだけか?」
「うん。それだけで十分なんだよぉ」
驚く俺に、オーナー魔王はニッコリと笑顔を浮かべた。欲にまみれ欲に溺れ、欲に歪んでいるはずのその顔は、しかし何処か清々しく感じられる。実際に話をしてみて、これなら平気そうだと思っていたところだが……それをただ一つの望みだと言うのなら、俺の心も決まる。
「わかった、約束する。ただし手を出さないのは『お前が今のままなら』だ。心変わりしてこの世界に迷惑かけまくるようになったら……まあその時は俺は既にいねーんだろうけど、代わりに勇者が倒しに来るぞ?」
「それは怖いねぇ。そんなことならないように、ボクはこれからも精一杯だらけた日々を送らせてもらうよぉ」
「フッ、そうか」
何処までも自分に正直なオーナー魔王に、俺は小さく笑って「光る球」を受け取った。それから宿に戻ると、退屈そうに足をプラプラしていたティアが笑顔で出迎えてくれる。
「エド! お帰りなさい、今回はまあまあ早かったのね?」
「ははは、約束したからな。それにティアに相談したいこともあったから」
「……何?」
にわかに真剣になった俺に、ティアも表情を引き締めて問うてくる。そこで俺はオーナー魔王から聞いた話をティアにも語り、「彷徨い人の宝物庫」から件の光る球を取りだしてみせる。
「うわ、これ? こんなこと言ったら駄目なんでしょうけど……何かちょっと汚い感じね」
「まあ、言っても欲の塊だからなぁ。欲にも色々あるだろうけど、カジノに集まってくる欲なんてこんなもんだろ」
大切な人を助けたいとか、生まれ故郷に帰りたいとか、そういう欲ならもっと綺麗なのかも知れないが、カジノで一攫千金を夢見る欲が虹色に輝いているというのはちょっと想像しづらい。とはいえ「神の欠片」を閉じ込めるなら、こういう粘ついた感じの欲の方が都合がいいのかも知れねーけど。
ちなみにだが、オーナー魔王が生きている状態、かつこの世界の中であれば、一ヶ月くらいは封印を維持できるらしい。スゲーな欲の力……あいつの姿を見れば自分も欲しいとは思わねーけど。
「で、今話した通り、俺はこれからこいつを取り込んでみようと思う」
「危険は無いの?」
「何とも言えん。勿論細心の注意は払うけど、俺としてもこんなの初めてだからな」
自分の中に自分の力の欠片以外を取り込んだ経験は、終焉の魔王としての記憶のなかにすら存在しない。ましてやそれが俺と敵対している、しかも俺より強い奴の力の欠片ともなれば何の予測も立ちはしない。
「私が一緒に行くのは……」
「できるかも知れねーけど、とりあえずはやめてくれ。その代わり、俺がずっと戻ってこなかったり、明らかに人格が変わったりしてたら……その時は、頼む」
俺に受け入れる気があるならば、ティアの「二人だけの秘密」は俺のかなり深いところまで繋がれると思う。それならば俺の意識が他の人間みたいに「神の欠片」に冒されたとしても、ティアが助けてくれるかも知れない。
「……悪いな。万が一の備えとはいえ、今回もまたティアに頼ることになるとはなぁ。情けないったらねーぜ」
「またそういうことを……私はむしろ嬉しいわよ?」
ベッドに座って苦笑する俺の頭を、不意にティアが抱きしめてきた。暗闇に閉ざされた視界と引き換えに、柔らかい感触と落ち着く匂いが俺を包み込む。
「今までも何度かエドの事を助けたけど、それは私が勝手にやったことだもの。でも今回は、エドがきちんと『助けて』って言ってくれたわ。それが凄く嬉しいの」
「そんなもんか?」
「そんなものよ。フフッ、大丈夫。今回もちゃーんと私がエドを見つけてあげるわ。だから安心して行ってきなさい」
「おう、ありがとよ」
俺の頭を解放し、額をつんと小突かれる。その悪戯っぽい笑みに俺も笑顔で答えると……俺はテーブルの上に置いていた「神の欠片」に手を伸ばし、それを自分の中へと取り込んでいった。




