満ち足りることを知っていれば、強欲は邪悪ではない
「ぶひょひょ、よく来たねぇ、本体。まあ座りなよ……おい、もう下がっていいぞ」
「では、失礼致します」
絶妙に気持ち悪い笑い声をあげたオーナー魔王の言葉に、不思議な服を着た女性が一礼してから部屋を出て扉を閉める。それを確認してから、俺はテーブルを挟んだ魔王の正面の長椅子に腰を下ろした。そうしてマジマジと魔王の姿を見つめ……軽いため息をつきながら口を開く。
「ハァ……お前、何だその体? 何をどうやったらそうなるんだよ?」
「ぶひょひょ! 開口一番の言葉がそれかい? 堕落して贅の限りを尽くせば、本体もこんな感じになるんじゃないかなぁ? 興味があるかい?」
「ねーな。つか、いくら俺の力の欠片って言っても、そこまでいったらもうまともに戦えねーだろ?」
「そうだねぇ。まともな戦いは、もう長いことしてないよぉ。何せ動くのも億劫で、普段は女の子達に色々とお世話になってるからねぇ。ぶひょひょ」
「あー……」
「あ、言っておくけど無理にやらせてるわけじゃないよぉ? むしろお給料がいいからって、ボクのお世話は争奪戦なくらいさぁ!」
「おぉぅ、そうなのか…………」
確かにキモいオッサンの世話をするだけで多額の給料が出るなら、やりたがる人間だっているだろう。それが一〇〇人に一人とかの割合であっても、五万人が住んでいるこの町だけで五〇〇人もいる計算になるしな。
「で、本体がボクに何の用だぃ? 話し合いを求めてきたってことは、問答無用でボクを回収しようってつもりじゃないんだよねぇ?」
「まあ、な。ちょっと前に勇者と一緒に『青の魔王』とか言うのを倒してきたんだが、そいつが俺の欠片じゃなかったから、どういうことかと思って確認しに来たんだ」
「ああ、そういうことかぁ。確かにボクは、おおよそ人々が想像する『魔王』としては活動してないからねぇ」
「らしいな。つか、何がどうなってこうなったんだ? その辺の経緯とかは聞いても?」
「いいよぉ。じゃ、何かつまみながら話そうかぁ」
そこで一旦言葉を切ると、オーナー魔王がテーブルの上に置かれていたベルを鳴らす。するとすぐにさっきの女性と同じ格好をした別の女性がやってきて、魔王の指示によりテーブルの上にお茶と菓子を用意して帰って行った。
「んじゃ、どこから話そうかなぁ……うーん…………」
悩みながらも、オーナー魔王は茶を飲み、菓子をバリバリと噛み砕いていく。俺も甘い物は嫌いじゃないが、大量かつ無造作に食っていく様は、見ているだけで胸焼けがしそうだ。
「最初はねぇ、ボクも普通に魔王をやってたんだよ。もうずーっと昔だけど、果てしない欲を満たすために世界を征服しようとか考えてたんだけど……あるときふと気づいちゃったんだぁ。あれ、世界を支配とかしても、面倒なだけじゃない? ってねぇ」
「それは……そう、なのか?」
世界を征服しようなんて考えたこともなかったので、その問いには今ひとつピンと来ない。だがオーナー魔王は口元からボロボロと菓子の食べかすを零しつつ力説してくる。
「そうだよぉ! だって魔王軍だけだって面倒なことが多かったんだ。それが人間の世界まで支配しようってなったら、もっと面倒になるってことだろぉ? 食料だとか人員だとか、色んなものを管理するのなんてチョー面倒臭い! ボクはそんなの他人に丸投げして、もっと楽ーに欲に溺れて生活したかったのさぁ!」
「お、おぅ。そうか……」
同じような反応ばかりしている気がするが、それ以上に言い様がない。魔王らしく欲にまみれてはいるようだが……なるほど、何処までも欲に忠実になった場合、こういう感じになることもあるのか……
「だからボクは、魔王っぽいことはしないことにしたんだよぉ。そういうのは他人に任せて、ボク自身はもっと気楽な立場を求めたのさぁ。他人の下につくことはなく、あくせく働かなくてもジャブジャブお金が稼げて、適度に贅沢しながら自堕落に暮らせる……その結果がこのカジノなんだよぉ。
いいよねぇカジノ。最初にお金を出して設備と人員を整えちゃえば、その後はボクが何もしなくても幾らでもお金が入ってくるんだもん。多額の税金を払ってるから面倒事は国が解決してくれるし、ボクはただ食っちゃ寝してるだけでいい! ああ、ここは本当に天国なんだよぉ」
「……………………」
「言っておくけど、悪いことは何もしてないよぉ? 偉くなんてなりたくないから政治には関わらないし、内心でボクのことを見下してる奴とかもどうでもいいから気にしないし、実力行使してくるような奴は雇った用心棒が対処してるけど、それは正当防衛だしねぇ。
欲しい物を欲しいだけ買うくらいのお金はあるし、エッチなことをしてくれる女の子だって大喜びで向こうから来てくれるから、無理に作った借金で強引にーなんて面倒臭いことをする必要もないしねぇ。ボク、可哀想なのは興奮しないし。
というか、余ったお金で炊き出しをしたり、貧民街の人を従業員に雇ったりすると、感謝までされるくらいさぁ。ここにはボクの欲しいものが全部あって……本当に満ち足りてるんだぁ」
「そう、か……そいつはまあ、よかったな」
うっとりした顔で言うオーナー魔王に、俺は何とかそう口にする。何というか……何だろうか? どういう反応をしていいのかが未だによくわからない。
ただまあ、どうやら悪人ではないらしい。少なくとも善悪の判断が法に基づく……つまりこの世界の人間に迷惑をかけているか否かというものであるのなら、こいつは間違いなく善人ということになる。
なら、放置でいいのだろうか? 本人は幸せそうで、周囲に迷惑もかかっていない。強いて言うなら俺が「こんなだらしない奴が自分の欠片だなんて、恥ずかしい」という羞恥心に苛まれることくらいだが……それでこの魔王を倒しちまうのは流石に我が儘だしなぁ。ぐぬぅ、どうしたもんか。
「あ、そうそう。そうは言っても、ボクも一応魔王だからねぇ。魔王らしいこともしてるんだよぉ?」
と、悩む俺の前でオーナー魔王がそう切り出す。悩んでいた俺が思考の海から意識を戻すと、オーナー魔王がその身に纏っていた白いローブをはだけさせ、肥え太った丸い腹を曝け出す。
「おい馬鹿やめろ。俺は男の……しかも自分の裸を見る趣味なんてねーぞ?」
「違うよぉ。ボクは『欲の魔王』だから、一応人の欲を集めてるんだぁ。ここは欲が満ちあふれてるから、ほら……」
「っ!?」
突如として魔王の腹が透け、その中にどす黒い渦が巻いているのが見える。そこに感じられる力に、俺の意識が一気に戦闘状態へと持ち上げられていく。
「勘違いしないで。別にボクは戦う気はないよぉ。これは趣味というか、癖で集めちゃったようなものだしねぇ。ボクが死んだり、あるいは本体に吸収されたりしたら、そのまま消えて無くなるだけさぁ。だって『欲』は、何処にでもありふれてる力だからねぇ」
「む…………」
その言葉に、俺は心を落ち着けて浮かせかけた腰を椅子に下ろす。確かに言われてみれば、命の営みがある限りそこには常に「欲」がある。それこそ「死にたくない」という全ての生命が持つ願いこそ、原初の欲であるのだから。
「なら、何でそんなものを見せた? 隠す必要もないんだろうが、見せる必要だってないだろう?」
「それがねぇ。この『欲の力』のおかげで、ちょっと面白いものを手に入れることができたんだぁ」
そう言うと、オーナー魔王が自分の腹にその手を沈ませていく。腹の穴に手を突っ込んで中をグルグルかき混ぜる様は何とも異様な光景だったが、程なくしてつかみ出されたモノの衝撃に比べれば、それまでの全てが吹き飛んでしまう。
「おまっ!? それ……っ!?」
「フフフ、これはねぇ……五年くらい前に、突然他の世界からやってきたナニカだよぉ」
べったりとへばりつく黒い幕に覆われてなお、眩しいほどに光り輝いている人の頭ほどの大きさの球。その存在に俺は限りなく見覚えがある。
かつては俺の中で暴れ回り、一つ前の世界では「羽付き」として世界を荒らし回って……そしておそらくはこの世界を崩壊させるためにやってきたであろうソレ。
「神の、欠片……」
何処かとぼけた笑みを浮かべるオーナー魔王の手にしたそれに、俺は何とも苦い表情で、絞り出すようにそう呟いた。




