罪の無い一般人ほど、対処に困る相手はない
「まさかまたここに戻ってくるなんてね」
「だなぁ。人生ってのはわかんねーもんだ」
何となく感慨深い気持ちで、俺達は目の前の巨大建造物を見上げる。カジノには今日も沢山の客が出入りしており、泣いている奴、笑っている奴とその表情は様々だ。
「で、どうするの? 早速入る?」
「いや、その前に確認だ」
俺はティアを連れて一旦カジノから離れると、人気の無い裏路地に入り込む。そこで周囲に誰もいないことを確認すると、改めて「失せ物狂いの羅針盤」を起動した。
「起動しろ、『失せ物狂いの羅針盤』。捜し物は……このカジノのオーナーだ」
その問いに、金属枠のなかには再び魔王が映し出される。それにより魔王はたまたまこのカジノに遊びに来たわけじゃなく、このカジノを経営しているということが確定した。
「チッ、やっぱりそっち側か。たまたま遊びに来てるだけとかだったら、接触するのは簡単だったんだが」
予想できていたその結果に、俺は思わず舌打ちする。単なる客として遊びに来ているだけなら会う機会はどうとでもなったが、このカジノのオーナーとなれば話は別だ。
カジノの主……つまりここは魔王の城。手間と時間と金をかけて築き上げられた要塞は堅牢にして鉄壁であり、部外者の侵入を許さない。だがこの場において何より重要なのは――
「このカジノ、別に違法営業とかしてるわけじゃねーんだよなぁ……」
そう、このカジノの存在は完璧に合法だ。一周目に何とか黄の宝珠を手に入れられないかと色々調べたことがあるんだが、弱みにつけ込めるような違法行為は全く発見できなかった。
勿論、大量に働いている従業員のなかには後ろ暗いことに手を染めている者もいなかったわけではない。が、それはあくまで個人単位の話であり、カジノの存在をどうこうするようなものではない。
要はこのカジノは、法を守る代わりに法で守られる場所なのだ。力押しすればこっちが悪人になってしまう「魔王の城」がどれだけ厄介かは、今更語る必要もないだろう。
「……ハァ、仕方ない。正面から名乗り出てみるか」
「えっ!? それ大丈夫なの? 相手は魔王なんでしょ?」
「まあそうだけど、他に手段がなぁ……それにカジノを経営してるくらいなら、話は通じそうだし」
俺が「不可知の鏡面」でも使えば、こっそり忍び込んで会うのは簡単だ。何ならそのまま不意打ちで首を落とすことだってできるだろう。
ただ、それは相手が悪人だからできること。世間的には単なる金持ちの一般人を相手に忍び込んで暗殺なんてしたら、悪いのは完全にこっちになる。特に今の俺達は「勇者ニコの仲間」という立場があるので、よほど切羽詰まった状況でなければ犯罪者となるような手段はとれない。
おまけに話が通じる可能性があるとなれば、まずは会う努力をすべきだろう。俺達の目的は「この世界に迷惑をかけそうな魔王の回収」であって、魔王を倒すことそのものではないのだから。
「そう、ね。世界に溶け込んでるんだから、いきなり暴れ出したりはしないのかも知れないけど……なら、私はどうしたらいい?」
「一緒に……いや、ティアは宿で待機しててくれ。で、三日とか一週間とか経っても俺が戻らないようだったら、ニコに連絡をつけて俺を探しに来てくれ。流石にそんなことはねーと思うけど」
昔ならいざ知らず、今の俺が力の欠片と接触しただけで「追放スキル」を使えなくなることはない。が、世の中には絶対なんてことはないし、法が敵も守っているなら逃げたら駄目な状況だってあるかも知れない。となれば外部に万が一の備えを残しておくのは正しい選択のはずだ。
だがそんな俺の提案に、ティアがプクッと不満げに頬を膨らませる。
「むー、また留守番?」
「ははは、悪いな。戦闘を前提にするなら一緒に来てもらうんだが」
「はいはい、わかってるわよ。あ、でも、私が一緒じゃないからって、あんまり羽目を外しちゃ駄目よ? 確か前にも魔王の人に呼び出されて、ベロベロに酔っ払ってたことあったわよね?」
「うぐっ!? そ、そんなことにはならねーよ……多分」
「多分?」
「いや、ならないです! 本当、絶対ならないから! 約束する!」
「ならいいわ。それじゃ私は前に来たときと同じ宿に泊まるから……気をつけてね」
「おう!」
呆れと心配のまじった顔をするティアに別れを告げ、俺は一人カジノの中へと入っていく。相変わらず凄い人だが、それを無視して俺は近くにいた警備員っぽい男に声をかけた。
「すまない、ちょっといいかい? このカジノのオーナーに会いたいんだが」
「……事前の約束はお有りですか?」
「いや、無い」
「でしたら不可能です。オーナーにお会いするなら、先に約束をお取り付けください」
「本人に会えねーのに、本人に会う約束をどうやって取るんだよ?」
「さあ? それは私の職務とは関係ありませんから」
割と無礼な俺の突っ込みに、男は冷静にそう返す。実に理性的で手慣れた対応だが、だからといって引き下がるわけにもいかない。
「ならオーナーに伝えてくれ。身内が会いに来たからこっちに来るかそっちに通すか、好きな方を選べってな」
「……オーナーに身内はおりません」
「いないってことはねーだろ。あんたオーナーに会ったことはあるか? それなら俺の顔を見て、それでも違うと思えるか?」
「……? そう言えば、随分と似ているような……?」
男が顎に手を当てながら、まじまじと俺の顔を見つめてくる。太ったり歳を重ねたりしているとはいえ、オーナー魔王の元の顔は俺と同じ。親子や兄弟と説明されれば黙って納得してしまうくらいには似ているだけに、男が微妙な思案顔になる。
ということは、オーナーは姿を隠してるわけじゃないのか。ふむ、また一つオーナーに会うハードルが下がったが……まあそれはそれとして。
「いや、しかし似ているだけで身内とは……」
「あー、わかったわかった。ならこれを確実にオーナーに伝えてくれ。『本体が話をしにきた』ってな」
「本体……?」
「意味わかんねーだろうけど、頼むよ。オーナーならわかるだろうから」
「…………では、少々お待ちください」
軽く顔をしかめながらも、男が一礼して去って行く。金の匂いを嗅ぎつけてすり寄ってきた馬鹿と区別してもらうために迂遠な手をいくつか打ったが、この感じなら最初から伝言を頼めばいけたか? その答えは今となってはわからないが……交渉の成否はすぐに形となって現れる。
「オーナーがお会いになるそうです。奥へどうぞ」
「ここからは私が案内させていただきます」
「お、そう? じゃ、よろしく。あんたもありがとうな」
一〇分ほど待ったところで、女性を引き連れてやってきた警備の男に、俺は軽く手を上げて礼を言う。その後は女性の後をついてカジノの裏側を歩いていくが、階段を上って扉をいくつかくぐったところで、従業員用と思われる地味な背景が突如として豪華な感じに切り替わった。
「こりゃまた露骨な違いだな。ここからオーナーの私室って感じか……この装飾はオーナーの趣味かい?」
「そのように伺っております」
「へー。じゃああんたのその格好もか?」
「……そのように伺っております」
俺を案内してくれている女性は、足に魚を捕る網のようなものを履き、胸元が露わで股間部分がきわどく食い込んでいるぴっちりとした服……というか布? を身に付け、更には頭部にウサギのような長い耳をつけている。
一体何をどう考えれば、こんな格好をさせようと思うんだろうか? 確かに小さな白い尻尾のついた尻が目の前で揺れる様にはそこはかとない魅力を感じなくもないが……とりあえず言えることは、ティアと一緒に来なくて本当によかったということだけだ。いたら多分、俺の耳はエルフどころかあのウサギ耳より長くなるまで引っ張られていたことだろう。
「こちらです」
と、そんな事を考えている間にも、俺は精緻な細工の施された両開きの扉の前に辿り着いた。女性が扉をノックすると、中から俺によく似た、だが俺よりいくらか低い声が聞こえてくる。
「入れ」
「失礼致します。お客様、どうぞ」
女性が扉を引き、部屋の中が露わになる。金の縁取りが成された赤い豪華な長椅子に腰掛けて俺を出迎えてくれたのは、まん丸に膨らんだ腹を白いローブで包み込む、だらしなく太った俺の姿であった。




