同じ「一番強い」でも、高さが違うと大違いになる
その後は懸念された空での追撃もなく、俺達は無事に魔王の支配する土地へと降り立つことに成功した。乗ってきた飛行船は境界山脈の麓にあった洞窟の一つに厳重に隠し……実際には俺がこっそり「半人前の贋作師」で作った偽物と入れ替えて、本物は「彷徨い人の宝物庫」に収納しているんだが……地上の移動を開始。
幹まで青い謎の森やら妙に赤い荒野やらをモンスターと戦いながら移動し、辿り着いたのは謎の赤い石で作られた魔王城。そこでもまた赤やら青やらのモンスターを蹴散らしながら進んでいって……俺達は遂に最奥と思われる扉の前までやってくることができた。
「あー、やっと終わりか? 何でこんな派手な色のモンスターばっかりなんだよ……」
「さあ? あ、でも、あの空で襲ってきた鳥の人も青かったわよね? 周りの鳥のモンスターは普通の色だったけど」
「言われてみれば……何だ? 魔王軍ってのはある程度以上強かったり偉かったりすると、赤か青になるのか?」
何だその嫌な魔王軍。全く意図が読めないが、それが自分の力の欠片だというのがまた嫌だ。それを知っているティアもまた、俺の方を見て微妙な表情を浮かべている。
くっ、まさか俺の中に、全てを赤と青に分けたくなる何かがあるのか……? できれば無いと言って欲しい。
「みんな、準備はいいですか?」
「ほら、アンタ達もしゃんとしなさい!」
「お、おぅ。悪い」
「ごめんなさい。もう平気よ」
カナンに怒られ、俺は心底どうでもいいことに捕らわれていた意識を目の前の扉に戻す。全員が覚悟を決めたことを見たニコが最後に小さく頷き、その手が扉を開いていくと……奥から威勢のいい男の声が響いてきた。
「ガッハッハ! よく来たな勇者共! 俺様こそが最強の魔王、青のガルグレン様だ!」
「お前が魔王!? みんな、気をつけて!」
正面の玉座に座っていたのは、トラの頭がついた筋肉ムキムキの男。当然のように青い体からは獣の強靱さをこれでもかと感じられる。
だが、違う。そんなことじゃない。魔王の姿を見た瞬間、俺の全身に衝撃が走る。
「嘘、だろ!? そんな……っ!?」
「エドさん? どうしたんですか!?」
「アンタまさか、この期に及んで怖じ気づいたんじゃないでしょうね!? アリエール!」
「はい! 神よ、戦いに挑む戦士の魂に祝福をお与えください……『ブレイブオーラ』!」
アリエールが俺の背に添えた手から、温かい力が流れ込んでくる。それは勇気を鼓舞する魔法だが……違うんだ。俺が固まったのは決して魔王が怖かったからじゃないのだ。
「どうですかエドさん?」
「あ、ああ。ありがとうアリエール。もう平気だ」
とは言え、それを正直に告げるわけにはいかない。ニッコリ笑うアリエールに、俺もまた多少引きつった笑みで答えると、すぐにニコの側に戻っていくアリエールと入れ違いにティアがこっちにやってきて、小声で話しかけてきた。
「で、本当はどうしたの? 何をそんなに驚いたわけ?」
「ティア……マズい。最高にマズいことになった。あいつ、魔王じゃねーぞ」
「えっ!?」
俺の呟きに、ティアが目を見開いて玉座に座るモンスターを見る。何やらニコと話をしているようだが、今はそれを聞いている場合じゃない。
「魔王じゃないって、どういうこと? 実はあいつの後ろに本物の魔王がいるとか?」
「……いや、この感じだと違うと思う。多分、この世界の人間が認識してる『魔王』はあいつで間違いねーんだよ。
でも、あいつは俺の力の欠片じゃない。俺達が探してる魔王は……別にいる」
「えぇ……?」
戸惑いの声をティアをそのままに、俺の頭には少し前に聞いた黒騎士の話が蘇ってくる。
曰く、魔王には二種類ある。その世界のなかで生まれた強者と、世界の外からやってきた侵略者だ。そして今俺達の目の前にいるのは、おそらく「この世界で生まれた強者」の方の魔王だと思われる。
勿論、それはそれで「魔王」には違いない。世界の脅威ではなくても、人類という種とか国家とか、そういうものに対しては脅威なんだろう。それはそこで生きている人々にとっては同じことであり、ならば勇者ニコがこの魔王に立ち向かうのは完全に正しい流れではある。あるのだが……
「――何度も言わせるな! どんな条件を出されたって、僕はお前の部下になんてならない! お前を倒して……世界を救ってみせる!」
「ガッハッハ! ならば世界の半分……赤の領域で満足しなかったこと、後悔させてくれる! こい、勇者よ!」
「いくぞ、魔王ガルグレン!」
いつの間にか話し合いは終わったらしく、青いムキムキのトラ男にニコが走り寄っていく。身長二メートルを超えているであろう魔王に対し、ニコは一五〇センチに届かないかなり小柄な体躯。そんな二人が正面からぶつかり合えばどうなるか? 子供でもわかるような結果予測を、しかし現実は覆していく。
「やーっ!」
「ぐぬっ!?」
ニコの振るった剣を、ガルグレンが腕で受け止める。おそらく軽くはじき返せると思っていたのだろうが、ニコの剣は硬く引き締まったガルグレンの腕にガッツリと食い込んで切り裂いてしまう。
「くっ、小さくても流石は勇者と言うことか! ならばこれでどうだ!」
「そんなものっ!」
お返しとばかりに、ガルグレンが無事な方の腕を振るう。伸びた爪は空を切り裂きニコの顔に迫るが……
「えいっ!」
「なぁっ!?」
ニコの構えた剣が、思いのほかあっさりとその攻撃をいなしてしまう。その事実にガルグレンは困惑の表情でニコと己の手を交互に見つめるも、当のニコはキュッと口元を引き締めて声をあげる。
「いくら僕が小さいからって、馬鹿にするな! そんな手抜きの攻撃で僕を、勇者を倒せるものか!」
「て、手抜き!? ぐぅぅぅ……ならば我が必殺の一撃で葬ってくれる! 食らえ! ブルーサイクロン!」
両手の手首を合わせ、花のように手を開いた構えを取ったガルグレンが、猛烈に回転しながらニコに突っ込んでいく。少しでもかすればあっという間に全身を肉片に変えられそうな強烈な攻撃ではあるが――
「すぅぅ…………ここだっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
ニコは回転の中心を完璧に見切り、そこに剣を突き立てる。それをギリギリで回避するガルグレンだったが、自らの回転する力によって全身をズタズタに引き裂かれ、ニコの横には血まみれのボロボロになったガルグレンの体がドサリと落ちた。
「ぐ、ぐ……そんな、馬鹿な…………赤の先代魔王を倒した、俺様の奥義が……!?」
「みんな、油断しないで! 魔王がこんな簡単に倒せるはずが――」
「む、無念…………ぐふっ」
「? た、倒せるはずが…………あれ?」
油断なく構えるニコの前で、魔王ガルグレンが力無く崩れ落ちる。そのまましばし待つも、魔王の体が再び動き始めることはない。
「え? え…………え?」
「あー、こりゃ完全に死んでるな」
誰も動かないので、仕方なく俺がガルグレンの側に近づいて確認してみた。うむ、こいつは間違いなく死んでいる。終焉の魔王である俺が保証できるくらいに完璧な死にっぷりだ。
「だ、第二形態とか……?」
「ないない。死にかけたら発動はあっても、死んでから発動はねーよ」
ごく稀に自分が死ぬとその死体をアンデッド系の魔獣に変える力のある奴もいたりはするが、明らかに肉体派だったこの魔王にそんな力があるとは思えない。というか、そうならそうでとっくに力が発動しているはずだ。
「ってことで、喜べニコ。見事魔王討伐は成功だ」
「……あ、はい。そ、そっか。倒しちゃったのか……や、やりました! 僕、遂に魔王を倒しました!」
「やったなニコ! おめでとう!」
「おめでとうニコ! 格好良かったわよ!」
「……………………」
勝ち鬨をあげるニコに、俺とティアが祝福の言葉と拍手を送る。だが当のニコ本人が浮かべているのは、何とも微妙な引きつり笑顔であった。




