武装していないからといって、無防備というわけではない
そうして今後の方針が決まったことで、俺達はその準備に邁進した。一周目の記憶と「失せ物狂いの羅針盤」を駆使して世界中を文字通りに飛び回り、困っている人達を助けたり魔王城に攻め込むのに有用だと思われる魔導具を回収していく。
その過程でいくつかのダンジョンを攻略することで戦闘での連携も深めていき……そして四ヶ月後。満を持して空へと上がった俺達のニコニコ・フライヤー号は、遂に境界山脈の上にさしかかっていた。
「うわ、凄く険しい山ね……確かにこれを登るのはちょっと無理かも」
眼下に広がる光景に、船縁から下を覗くティアが呟く。起伏が激しく急角度で切り立つ山肌は、遠目で見るだけでも厳しい環境なのがわかってくる。
「この船が手に入らなかったら、あそこを歩いて登ったのですね……神にお仕えし勇者様を支える使命を帯びた身として弱音を吐くつもりはありませんが、果たして登ることができたのでしょうか……?」
「無理じゃない? あれなら罠だらけでも洞窟を突破する方がまだ現実的よ」
同じように下を見ているアリエールとカナンもまた、似たような感想を抱いたようだ。遙か昔から誰一人として魔王領へと攻め込めていない原因の一つというのは伊達ではないらしい。
「ま、今の俺達にはもう関係ないけどな。このまま行けば……」
「みんな、前を!」
突如上がったニコに声に、俺達は下ではなく前に視線を動かす。すると空しかなかったはずのそこに、急速にこちらに近づいてくる無数の黒い影が見える。
「おっと、こいつは――」
「ケーッケッケッケ! 待っていたぞ勇者達よ!」
飛行船の前に止まったのは、腕と胴が翼っぽい膜で繋がっていたり、口がくちばしっぽい感じになっている怪しげな存在。そいつが笑い声だか鳴き声だかわからない声をあげながら俺達にそう話しかけてくる。
「……ねえエド、あれって鳥なのかしら? でも羽ばたいてないわよね?」
「どっちかって言うと人の方が割合多いしな。浮いてるのは魔法とかじゃね?」
「なら鳥の意味ないんじゃない? 意味が無いにしても、せめてバサバサ腕を動かすくらいは……」
「ええいうるさい! 人の気にしていることをべらべらと!」
「……気にしてるのね」
俺とティアがこっそりと話していることに激高する鳥人間。それに呆れた声で突っ込みを入れたカナンをギロリと睨んでから、改めてビシッとこちらを指さしてくる。
「ふ、フンッ! そんな余裕を見せていられるのも今だけだ! さあ、逃げ場の無い空で我ら魔王軍の空中部隊に弄ばれ、無様にたたき落とされるがいい! お前達、やれっ!」
「「「ケェェェェー!」」」
鳥人間の命令に従うように、周囲を飛んでいた様々な鳥……こっちは普通に鳥だ……のモンスターが飛行船に向かって突っ込んでくる。それは船の周囲を囲む透明な膜に突っ込んで一瞬だけ勢いを衰えさせるも、風を弱める程度しかないそれでモンスターの突進を完全に防ぐことはできない。
「チッ、やるぞティア!」
「了解!」
故に、ここは俺達の出番だ。飛行する敵は高速ではあってもフェイントのような動きはできないため、俺は向かってくる敵の動きを見切って次々と両断していく。そこにティアの精霊魔法が加わり、周囲の風を乱されてふらつくモンスターをカナンの魔法が打ち落としていく。
「勇者様は私がお守りします!」
「お願いします!」
そして船の操船に集中するニコは、アリエールが張った結界魔法で守られる。そんな俺達の連携は着実に敵を倒していくが……
ガンッ! ゴンッ!
「くっそ、あいつら船を攻撃しやがって!」
「ケッケッケー! どうしたどうした? そのままでは船底に穴が開いてしまうぞ?」
ここは船の上で空の上。俺達に向かって襲ってくる敵は倒せても、船底を攻撃してくるモンスターには手の出しようが無い。少しくらいなら俺の追放スキルとティアの魔法の組み合わせで空中機動をすることもできるが、流石にこの状況で船の底まで回り込んで戦う蛮勇は持ち合わせていない。
普通に考えれば、それは絶体絶命のピンチ。だが俺達のなかに慌てている者はいない。ただ粛々と時間を稼ぎ……そして遂にその時が来る。
「チャージ完了です! 皆さん、耳を!」
ニコの声に合わせて、俺達全員が耳を押さえてその場にかがみ込む。するとそれに一瞬遅れて甲板に増設された金属製の箱から、キィンという高音と共に衝撃波が放たれる。
「グケェェェェェェェ!?!?!?」
それを浴びた周囲のモンスター達が、為す術も無く墜落していく。余裕綽々で俺達を見ていた鳥人間も……おお、スゲーふらついてるけど一応その場に留まってるな、大したもんだ。
「グガァ!? な、何だ!? 何だ今のは!?」
「何って、船の装備を使ったに決まってるだろ?」
「装備だと!? 馬鹿な、あり得ん! 貴様等のその船は遊覧船のはずだ!」
「何だよ、よく知ってるじゃねーか」
鳥人間の指摘に、俺は笑いながら答える。そう、カナンの調べた航海日誌によると、この船は古代において遊覧船として使われていたものだ。一般市民を乗せて飛び回る船には当然ながら武装など搭載されておらず、実際俺達が手に入れた時にはこんなものはついていなかった。だが……
「確かにこいつは遊覧船だが……だからこそ、鳥よけの魔導具くらいはつくんだよ」
「と、鳥よけ!?」
ニヤリと笑って言う俺に、鳥人間がカパッとくちばしを開けて驚愕する。妙にスカスカしていた甲板にピッタリと収まっているのは、左右三つずつの金属箱。一周目で手に入れた時は随分半端な威力と数の魔導具だと思ったもんだが、それはこの船に取り付けられるオプション装備だったのだ。
ふふふ、遠い記憶を辿って手に入れておいてよかったぜ。これがピッタリ隙間に嵌まった時は、マジでガッツポーズを決めちまったからな。
「く、くそっ! お前達、ドンドン行け!」
「クケェェェ……」
「何を情けない声をあげている! 突貫だ! 突貫しろ!」
鳥人間が騒ぎ立てるが、周囲の鳥モンスター達はバサバサと羽ばたくだけで近づいてはこない。有効範囲はそれほど広くないとはいえ、敵もまたこっちに近づかねば攻撃できない以上、死地に飛び込みたいと思う奴はいないのだろう。
「こうなったらこの俺が! 空の魔神エギュル様が直接船を壊してくれる!」
「大将自ら来るか? 悪くない判断だが……ちょいと遅すぎるだろ。ニコ!」
「ブースト全開! 突っ込みます!」
「ケケェッ!?」
いざという時の緊急脱出用に温存していた力を解放することで、飛行船が爆発的な加速をする。急接近するニコニコ・フライヤー号に鳥人間エギュルが慌てて逃げようとするが……
「――顕現せよ、『エアプレッシャー』!」
「グヘッ!?」
突如頭上に出現した空気の壁に、エギュルが頭をぶつけてその動きを止めた。硬直したエギュルに飛行船が肉薄し、船首に立つ俺の前に大きく目を見開くエギュルの姿が迫る。
チャンスは一瞬。されどそれが俺の剣の間合いなれば――
「万象一切、断てぬ物無し!」
「ケッ……ケェェェェ…………」
すれ違い様に胴を真っ二つに断ち切られたエギュルが、そのまま地面へと落下していく。それを見た鳥のモンスター達は慌てて周囲に散っていき、ほぼ同時に飛行船の速度が一気に落ちた。緊急加速が終わったんだろう。
「ふぅ、何とかなったぜ。ニコ、そっちはどうだ?」
「えーっと……普通に飛ぶのは大丈夫ですけど、多分もうさっきの加速は使えないですね。鳥よけの魔導具は、もう二、三回なら使えそうです」
「そっか。落ちないなら上等だ。なら予定通りいくのか?」
「はい。山脈を越えたら下に下りて、飛行船が隠せそうな場所を探します。その後は普通に地上を移動ですね」
「あーあ、空の旅ももうすぐ終わりね」
「仕方ないわよ。打ち落とされたら帰れなくなっちゃうもの」
「魔王領……一体どのような場所なのでしょうか?」
「さあなぁ。漸く地上に降りるなら、のんびり散歩と洒落込みたいところだが……」
「もう少しで山脈を越えます。皆さん、気を引き締めてください!」
「おっと、了解」
「はーい!」
「大丈夫よ」
「わかりました」
ニコの声かけに、それぞれがそれぞれの返事をする。そうして雲より高い山を越え、誰も見たことのない世界に広がっていたのは……赤い荒野と青い森の広がる、何とも目に痛い光景であった。




