実力、人柄、功績、肩書き。どんなものもネーミングセンスとは関係ない
「そういや、それって結局どんな魔導具なんだ?」
いい感じに重ねた手を離してから、俺は改めてニコの手にするダンジョンコアを指さして問う。一周目では手に入れられなかったもののため、実はこれが何なのかを俺は知らないのだ。
「これですか? フフフ、情報通りなら凄いですよ。今見せて――イテッ!?」
得意げな顔でコアを掲げたニコの頭を、カナンがポカリと引っ叩く。
「おバカ! 情報通りなら、それこそこんなところで使ったら大変なことになるでしょ!」
「あぅぅ、そうでした……」
「まったくアンタは。戦闘になれば強いのに、こういうところはへっぽこのままね」
「うふふ。楽しみなのはわかりますが、使ってみるのは遺跡を出てからにしましょう」
「はい! ということで、まずは遺跡を出ましょう!」
カナンとアリエールにたしなめられ、ニコが踊るような足取りで歩き出す。当然俺とティアもその後をついていき、特に問題なく遺跡からの脱出は完了した。
「はー、空気が美味しい!」
「だな。あの匂いは最悪だった……」
ダンジョンが「死んだ」ことにより、魔法的な力で遺跡の奥だろうとすぐに空気が入れ替わるということもなくなったし、モンスターの死体も消えなくなった。つまり腐ったグールを倒せば悪臭を放つ死体がその場にべちょりと残り続け、そこから放たれる悪臭もまたずっと漂い続けることになったわけだ。
別にもっと酷い匂いを嗅いだことがないわけではないが、かといって臭いものは臭いのだから仕方がない。耐えられることと平気なことは違うのだ。
「元々来る人のいなかった遺跡だけど、これからはもっと誰も来なくなるでしょうね」
「そうですね。その場合いずれはゴブリンなどの巣になるか、あるいは盗賊のねぐらなどになってしまうこともありそうですが……」
「これだけ立派な建造物だとなぁ。まあでも、その辺はここを治めてる国だか領主だかの領分だろ」
「ふふーん。悪者が住み着いたりしたら、僕が来てやっつけちゃいますけどね!」
俺とカナン達の会話に、ニコが得意げな笑みを浮かべて言う。一見すると子供が背伸びをして威張っているように見えるが、実際ニコの実力ならゴブリンや野盗なんぞに後れを取ることはないだろう。何せ勇者だしな。
「フフ、ご機嫌ねニコ?」
「んじゃ、そろそろそのご機嫌の理由をお披露目してもらえるのか?」
「勿論です! ここなら平気ですよね?」
「そうね。これだけ開けた場所なら平気でしょ」
「じゃ、いきますよー……『解放』!」
ニコが手の上にダンジョンコアを乗せてそう宣言すると、宝玉から光の粒子が立ち上っていく。それは目の前の平原に大きな何かの輪郭を作っていき……それが完成した瞬間、俺達の目の前に一〇人ほどが乗れそうな船が出現した。
「船!? 凄い凄い! ねえエド、船よ! しかも――」
「ああ、浮いてるな……」
見た目はごく普通の小型帆船という感じなのに、その船はほんのり宙に浮いている。というか、船底は普通の船と同じで尖った感じになっているので、多分浮いていなかったらバタンと横に倒れると思う。
「やった! 大当たりです! どうですかエドさん! これが僕達がどうしても欲しかった空飛ぶ船、その名も……その名も……」
「ん? どうしたんだ?」
何故か言葉に詰まったニコに、俺は声をかけつつその顔を覗き込む。だがニコの表情は時が止まったかのように固まったままで、そんな俺達にカナンが呆れたような声で話しかけてくる。
「その船の名前なんて知らないわ。あるのかどうかもわからないし……だから勢いで格好いい名前を付けようとして、思いつかないだけよ」
「えぇ……?」
なんとも言えないその言葉に、俺は改めてニコの顔を見る。ニコの額から滝のように汗が流れているので、どうやら当たっているらしい。
「ねえねえニコ。名前は後でいいから、とりあえず乗ってみない? 私早く船の中を見てみたいわ!」
「あっ!? そ、そうですね! じゃあ行きましょうか!」
好奇心に目を輝かせるティアの言葉に、再起動したニコが先頭に立って空飛ぶ船に近づいていく。すると甲板から光る階段が伸びてきたので、ティアと二人で勢いよくそれを上っていった。
「……あの子、誤魔化したわね」
「ははは、いいだろそのくらい。それより俺達も早く行こうぜ」
「はい。ああ神よ、貴方の元に少しだけ近づく無礼をお許しください」
そんな子供と子供のような大人を見送ってから、俺とカナン、アリエールもまた続いて船に乗っていく。全長一五メートルほどの船は甲板も相応に広く、俺達五人が乗っても十分以上の余裕がある。
「へぇ、なかなかの広さだな」
「そうね。でも広いというよりも、スッキリしすぎているような気がするけど……?」
「思ったよりも揺れないのですね。これならうっかり転んだりしなくて済みそうです」
「ああ、それは確かにでかいな。今はともかく、もっと高いところを飛んでる時に転んで落下したりしたら洒落にならねーし……てか、これ浮いてるだけじゃなく、飛べるんだよな?」
「はい、そのはずです!」
誰に向けたわけでもない俺の疑問に、いつの間にか近くに来ていたニコが元気に答えてくれる。その隣にはティアもいて、満足そうな笑みを浮かべている。
「二人とも、探検はもう終わりか?」
「まあね。それほど大きな船でもないし、後ろの三分の一くらいは動力だったから」
「凄く大きな魔導具がありました! ただ仕組みが全然わからないので、下手に触るのも駄目かなって」
「そりゃ正解だな。わかんねーもんに触らないのは基本だ」
少なくとも俺には、船を空に浮かせる魔導具の仕様なんてこれっぽっちもわからない。もし何らかの異常があったとしても、壊れてるのか止まってるだけなのかの判断すら難しいだろう。
「内部施設としては、二段ベッドが二つ据え置かれてる船室が二つに、個室が一つ。あとは倉庫とトイレがあったわ」
「ってことは、定員は最大で九人ってことか」
通路や甲板に雑魚寝させるならその何倍でも詰め込めるだろうが、空を飛ぶらしい船に必要以上に重量物を乗せるのは怖いので、よほどの緊急事態でないならやりたいとは思えない。とはいえ俺達は五人なので、何もなければ気にする必要のない縛りではあるが。
「そうね。それで部屋割りなんだけど、私とエドで一部屋、カナンとアリエールで一部屋、船長用の個室はニコが使うって感じでどうかしら?」
「いいんじゃね? そっちはどうだ?」
「アタシはそれでいいわよ」
「私も異論はありません」
「えっ!? あの、僕が船長室でいいんですか?」
「そりゃいいだろ。そもそもニコは勇者で俺達のリーダーなんだから、船長だってやってもらわなきゃ困るぜ。そうだろ?」
操船の経験者がいるなら別だが、全員未経験ならトップは常にニコでいい。そんな俺の言葉にニコ以外の全員が頷き、それを受けたニコが嬉しそうに頬を緩める。
「船長……何だろう、凄く格好いい気がします! わかりました、じゃあ船長も頑張りますね!」
「おう、その意気だ。では船長。早速こいつを飛ばしてみようぜ」
「はい!」
ニヤリと笑う俺に答えて、ニコが甲板の中央奥に突き立った操舵輪の前に立つ。そうして小さな手でギュッと舵輪を握ると、キリッとした顔つきになって宣言する。
「それじゃ、行きます! 飛行船ニコニコ・フライヤー号、発進!」
「えぇ……?」
「さりげなく自分の名前を入れてるのが、そこはかとなく格好悪いわね……」
「あら、私は勇者様らしくていいと思いますよ?」
随分と思い切った名付けに、俺とカナン、アリエールがそれぞれの感想を漏らす。するとニコは慌てた様子で大声をあげた。
「ち、違います! 船長室に船の名前があって、そう書いてあったんです! ティアさんなら知ってますよね!?」
「えーっと、どうだったかしら?」
「ティアさん!?」
驚愕に目を見開くニコに近づき、俺はそっとその肩を叩く。
「いいんだぞニコ。これはお前の船なんだ。お前が好きに呼んだらいい」
「違うって言ってるじゃないですか! むーっ!」
顔を真っ赤にして抗議するニコをそのままに、飛行船ニコニコ・フライヤー号はふわりと空に飛び上がっていった。




