歓迎できないお客ほど、突然に来訪するものだ
それからの日々は、予想に反して平和なものだった。すぐに襲ってくるかと思われていた羽付きは一向に姿を見せず、ドワーフの職人達の手によって幾つもの家が建てられていき、一週間もする頃には全員が野宿から解放されるまでになった。
無論、そこには俺が「彷徨い人の宝物庫」で大量の資材をあらかじめ運んできていたからというのもあるが、それにしたってとんでもない速度だ。エルフにドワーフ、人間と三種族が協力した結果とはいえ、家がニョキニョキ生えてくるような光景は見ていて実に心が躍るものだったしな。
そうして二週間経つ頃には、そこには町……というのは流石に無理だが、ちょっとした村くらいのものができあがっていた。その村の中央、精霊樹の生えた草地の上にて、俺は今、のんびりとひなたぼっこに興じている。
「…………平和だな」
「そうねぇ、このまま寝ちゃいたいくらい……ぐぅ」
「いや、流石に本当に寝たら駄目だぞ?」
「冗談に決まってるじゃない……ぐぅ」
「冗談じゃない!?」
太陽の光を一杯に浴びて寝転がる俺の隣には、当然ながらティアの姿もある。別に立ち入り禁止の場所というわけではないのだが、村の連中はここを神聖視しすぎてあまり近づかないため、今のところは俺達の独占だ。
「てか、本当に攻めてこねーな。正直次の日には襲ってくるんじゃないかと思ってたんだが……」
「あら、そうなの? 私はしばらくは襲われないんじゃないかなーって思ってたわよ?」
「へ? 何で?」
意外なティアの言葉に、俺は寝転がったまま顔だけ向けて驚く。
「だって、羽付きは世界の力が強い場所から襲ってるんでしょ? ここは確かに荒廃地区を蘇らせた特別な場所だけど、力という意味では大したことないもの」
「ああ、そういうことか」
言われてみれば、世界なんてのは何万年だか何億年だか、とにかく気の遠くなるほど昔から存在しているものだ。人がちょいと手を加えたくらいで、それだけの年月を存在し続けてきた場所に勝るはずがない。
「ってことは、最悪の想定……既存の世界が全部崩壊しきるまでここが襲われないって可能性も……」
「無くはないでしょうね。そしてそれは、多分そこまで先じゃないわ」
苦い顔をする俺に、ティアが悲しげな声で呟く。確かにここは平和だが、こうしている今も羽付きは世界を壊して回っている。すぐにどうにかしたいところだが、そのためにこそ俺達は今ここにいるわけで、何とももどかしい…………?
「…………何だ?」
ふと、俺はぼーっと見上げていた空に違和感を感じて体を起こす。だがそこにはいつも通りの青空が……いや違う!?
「空が歪んでる? まさか――」
「神の定めし秩序のために、この世界の全てを捧げよ」
音も光も衝撃も何もなく、突如として頭上に「羽付き」が現れた。驚き戸惑う俺の前で、羽付きはいつもと同じ言葉を発し、その手をゆっくりと振り上げていく。
「っ!? ティア!」
「わかったわ!」
即座に詠唱を開始したティアをそのままに、俺は強引に精霊樹を駆け上り、その頂点に立つ。本来なら羽付きに斬りかかりたいところなのだが、あの高さまで跳ぶには衝撃が足りない。
「捧げよ」
「断る!」
投げつけられた槍は正確に精霊樹を狙っており、ならばこそ俺は木の上でそれを打ち返す。踏ん張りなど一切効かない足場、本来ならその衝撃で精霊樹がへし折れてもおかしくないところだが……残念、その衝撃は俺の物だ。
「ルナリーティアの名の下に、顕現せよ、『エアプレッシャー』!」
木から飛び降りた俺に向かって、ティアが風の精霊魔法を発動させる。それは落下する俺を少し押し返す程度の力しかないが、それで十分。
「おっらぁ!」
空気の足場に「円環反響」を発動させ、今度こそ羽付きのところまで跳び上がると、俺は魔王の力を纏わせた「夜明けの剣」で容赦なく切り裂く。すると羽付きはあっさりと砕け散り、俺はそのまま地面に着地した。
「ふぅぅ……不意打ちとは卑怯な。いや、それとも最初からこういう存在なのか?」
羽付きはふらりとやってきて地上を蹂躙し、満足すると空に昇って消えていく。つまり帰るところは見ているが、現れる瞬間を見た人間はいないのだ。ならばそもそもこういう出現の仕方なのかも知れないが……こりゃ警備体制を根本から見直さねーと駄目っていうか、そもそも守りようが無いっていうか……くそ、厄介な。
「大丈夫エド?」
「ああ、平気だ。しかし『羽付き』がこういう感じで出てくるなら、これからは――」
「神の定めし秩序のために、この世界の全てを捧げよ」
「……は!?」
頭上から聞こえた戯言に、俺は思わず空を仰ぎ見る。するとそこにはさっき倒したばかりの羽付きが何事も無かったかのように浮いているのが見える。
「嘘だろ!? 今確かに倒したはず……!?」
「『魔王力付与:Finish』!」
そんな俺の目の前で、どこからかすっ飛んできた黒騎士の攻撃に新たな羽付きもまた瞬殺される。流石黒騎士と感心する間もなく、今度は二体の羽付きが同時に出現する。
「「神の定めし秩序のために、この世界の全てを捧げよ」」
「二体同時!? どうなってんだ!?」
「何を狼狽えているのだ、情けない。貴様それでも我が輩の本体か?」
「いや、普通に驚くだろ。例外の連発だぞ?」
ふわりと俺の隣に着地した黒騎士に、俺は苦笑しながら言う。直接目の前に現れることも、羽付きが二体同時に現れることも、これまで一度としてなかったことだ。
むしろ余所から来たばかりの俺より、この世界でずっと戦っている黒騎士の方が驚きそうなものなんだが……何故か俺には、兜の下の顔がニヤリと笑っているように感じられる。
「確かにそうだ。だがこれこそ我が輩達が想定した状況であろう? 確かに即時復活と出現は些か計算外だが、ここに全ての羽付きが集まってくれるなら、それこそ僥倖ではないか!」
「まあ、そうだけどよ。もうちょっと心の準備とかが……なっ!」
着地の衝撃を溜めていたため、それを使って精霊樹の上くらいまで跳び、飛んできた槍を打ち払う。ドスンと槍が草地に落ちたが、刺さらなければ世界を壊せないのはもうわかっているので問題ない。
「てか、今はいいけど三体以上になったら守り切れねーぞ? どうすんだ?」
「ハッ! そのためにこそわざわざ下等な人間共を連れてきたのではないか! さあ、そろそろ出てくるぞ」
「うぉぉ! 俺達の聖地を守れぇ!」
そんな黒騎士の言葉に合わせたわけではないだろうが、周囲から完全武装した男達が続々とここに集まってくる。それを見た黒騎士は再びふわりと宙に浮かぶと、男達に向かって声をかけた。
「よく集まった! これから貴様達に我が輩の力を分け与えてやろう! 羽付きを倒せとは言わぬ。だが守れ! 貴様等が蘇らせた世界を、貴様等の手で守るのだ!」
「「「オォォォォォォォォ!!!」」」
「『魔王力付与:Fort』! 『魔王力付与:Force』! 『魔王力付与:Fortitude』!」
黒騎士の放つ魔法に、人々の体が黒い光に覆われていく。闇の力に侵食されているようにしか見えないが、当の戦士達は力強い雄叫びをあげているので問題ない。
「さあ、これで精霊樹への直撃さえ防げば、下等な人間共でも槍の攻撃を防げるはずだ。我が輩達はサクサク『羽付き』を倒していくぞ」
「おう! 一〇〇でも二〇〇でもぶった切ってやるよ!」
「私はエルフの人達と援護に回るから……頑張ってね、エド!」
「任せとけ!」
剣を構えて力を込めて、足を踏み出し空へと飛び出す。「羽付き」と俺達、どっちが先に音を上げるか……根比べの始まりだ。




