互いを思う心があれば、決別もまた友情である
そこはかつて、世に名を馳せた大国の王城。かつては美しかったであろう謁見の間には激しい戦いにより無数の傷が刻まれ、もはや見る影もない。そしてそんな部屋の一角にて、俺達の前には一人の男がボロボロの姿で柱を背に座り込んでいた。
「どうやら超! ここまでみてーだな」
「くそっ、何故……何でこんな……っ!」
バーンに「勇者の剣」を突きつけられ、魔王が悔しげにそう漏らす。全身を覆う黒い金属鎧はそこかしこが破損しており、割れた兜からは俺そっくりの顔が覗いているが、ネタばらしはとっくに済んでいたので今更どうということもない。
「何故とはまた、傲慢な問いですね。まさか魔王を名乗って人間に戦を仕掛けておきながら、自分が攻められるとは思わなかったとでも言うつもりですか?
「違う、そういうことじゃない!」
冷たい目で言い放つエウラリアに、しかし魔王は激しくかぶりを振ると、籠手の半分砕けた手を上げてバーンを指さす。
「勇者はいい! 魔王たる俺と勇者が戦うのは、いわば宿命だ。そのための対策もしっかりと考えていた!」
「そうみてーだな」
魔王の言葉に改めて謁見の間を見回してみると、柱や天井に何本もの鉄の棒が突き立っている。これはバーンの使う勇者の魔法……雷の魔法に対する対策だ。実際これのせいで魔法の制御が上手くいかず、それどころか自分の魔法を跳ね返されて食らったりもしていた。
まあ「鎧」と「盾」が揃っていたので完全に防げたし、バーンが「剣」を使って戦っている間に俺とティアで壊して回ったので、今はもうただのガラクタでしかないが。
「百歩譲って、お前もいい! いつかきっと相まみえる日が来るかも知れんと、一応覚悟はしていたからな! 覚悟していただけで対策など取りようもないが、それでも頭の片隅に『来なかったらいいな』と考えるくらいはしていた!」
「お、おぅ。そうか……」
指さす先が俺に変わり、魔王の訴えに俺は微妙な表情を浮かべる。確かに本体と力の欠片の関係性では、いずれ出会うのは必然とも言える。ただしゴウの世界で倒したマルハゲ魔王と違って、対策は思いつかなかったようだ。ま、あれは相当思い切った手段だったしなぁ。
「だが……だがしかし、だ! そこの女! そいつは駄目だ! 何で神の力を宿してる女がこんなところにいるのだ!? そしてそれが同じパーティとして全部一遍に来るというのはどういうことなのだ!? おかしいだろ! バランスとか考えろよ!」
「くだらない戯言ですね。偉大なる神が貴方のような邪悪を見過ごすはずがないではありませんか」
魔王に睨まれてなお平然と答えるエウラリアの存在は、完全にイレギュラーだ。しかも俺とのじゃれ合いで鍛えられたせいか、今のエウラリアは割と強い。攻撃手段の関係上人間や普通の魔獣相手だと大したことはないが、対魔王に限定するなら下手すりゃバーンより強いかも知れない。
完全に力を揃えた勇者だけでも厳しいのに、自分の本体である俺と、それを補佐する有能なエルフの精霊使い、それに勇者と同じかそれ以上に強い聖女が揃ってやってきたとなれば、確かに文句の一つも言いたくなるだろう。その気持ちは理解できなくもないが……
「まあ、あれだ。今回は間が悪かったってことで」
「ふざけるな! そんなので俺が、俺の魔王生が……っ!」
「これ以上の戯れ言は聞くに堪えません。勇者様、さ、トドメを」
「わかったぜ! 超! 『ライトニング』!」
「ああ神よ! 今こそ勇者様の剣に、偉大なる光を!」
モニョモニョと口を動かすバーンだったが、エウラリアに促されて勇者の剣を高く掲げる。そこに自身の雷の魔法とエウラリアの祈りから生じた白い光が付与され、勇者の剣が凄絶な白金の光を宿す。
「これで終わりだっ! 超! 神雷メッチャ斬り!」
「やってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲痛な叫びと共に、魔王の体が白く燃え上がり崩壊していく。俺はそこからしっかり力を回収しておくわけだが……
「……何か、ちょっと可哀想な気がするわね」
「……ちょっとだけな」
ここの魔王は普通に人間を責め立てる奴だったので、同情の余地はない。が、圧倒的な過剰戦力でフルボッコにされたのは少しだけ哀れに思わなくもない。
だがまあ、そんな感情とは関係なく、これにて魔王は討伐された。それはつまり……
「ふぅ……さて、魔王も倒したし、俺達はここまでだな」
共通の目的を果たし終え、俺達はもうここに残る理由がない。そう告げる俺に、バーンが苦しそうな表情を向けてくる。
「……本当に帰るのか?」
「ああ。前に話しただろ?」
無事に魔王を倒したら、俺達はすぐにこの世界を去ると事前にバーンとエウラリアに話してある。だがバーンは俺に手を伸ばして何かを口にしようとし……しかしその手が力無く垂れ下がる。
「……そう、だよな。ここで引き留めたら、超! 迷惑なんだよな」
「まあな。ほら、俺、魔王だし」
「討伐することなく魔王を他の世界に放逐するなど、決して許されることではありませんが……残念ながら今の私は、先ほどの戦闘で疲れ切っているようです。命拾いしましたね」
「……ふっ、そうか。そいつは確かに幸運だ」
俺達全員、さっきの魔王戦ではかすり傷程度しか受けていない。それで力が尽きるほど温い道程を歩んできたわけじゃないが……だからこそ俺はニヤリと笑う。
するとエウラリアはフイッと俺から視線を外し、ティアの方に声をかける。
「エドさんはそれでいいとして、ティアさんだけは残りませんか? 邪悪な魔王に誑かされた被害者として、教会で厚く保護させてもらいますよ?」
「まさか! 一人で残る気なんてないし、一人で残されたりしたら……」
「何だ? 寂しくて超! 泣いちゃうとかか?」
気持ちを紛らわすためかおどけた口調で言うバーンに、しかしティアは悪戯っぽく微笑んで答える。
「違うわ。どんな手段を使っても追いかけていって、私を置いて行った罰として思いっきり引っ叩いちゃうわね!」
「……それはいいですね。では無理矢理にでもティアさんを引き留めて、邪悪な魔王を引っ叩く準備を進めませんと」
「いや、それはマジで止めていただけないですかね?」
名案を思いついたという表情をするエウラリアに、俺は本気で突っ込みをいれる。ティアの平手は何というかこう、芯に響くのだ。心とか魂とか、減っちゃいけないものがすり減る気がするので、心の底から遠慮していきたい。
「っと、そろそろいいか? あんまり長話をしてても、別れづらくなるだけだろうしな」
「……わかった」
俺が促すと、ギュッと眉根を寄せたバーンがその手に「勇者の剣」を発現させる。その顔はさっきの魔王と戦っていた時よりもよほど深刻で、真剣だ。
「勇者バーンの名の下に、魔王エド! お前をこの世界から……俺達の仲間から追放する! これで――」
剣を構えたバーンが、俺に駆け寄ってくる。そのまま俺とバーンの体がガツンとぶつかり……
「…………終わりだ」
「ああ、さよならだ」
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
剣は俺の横をすり抜け、俺の胸にぶつかったバーンの顔から、熱い涙が感じられる。俺はそんなバーンの頭をポンと叩くと、そのまま体を引き剥がしてクルリと背を向けて歩き出す。
「忘れないでください。貴方が真に邪悪なる魔王に成り下がった時、私と勇者様は必ず貴方を殺しに行きます。ですから――」
「二度とっ! 会わないことをっ……ずびっ。 超! 祈ってるぜっ!」
背後から聞こえた二人の声に、俺は足を止めずに右手を大きく振って応える。そうして二人の気配が遠く消えると、その空白を埋めるようにティアが俺の左手をそっと掴んできた。
「今回は本当に……長い旅だったわね」
「だな。だが、それもこれで終わりだ」
「あら、終わりじゃないでしょ?」
「え?」
驚く俺の前に、ティアが回り込んでくる。赤い夕焼けに照らされた髪は燃える宝石のように美しく、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「だって、私達の旅は続くじゃない! 一〇〇個もある異世界の、まだ二割も巡ってないのよ? 嬉しいことも楽しいことも、まだまだこれからよ!」
「ははっ、そうだな」
俺が迂闊だったせいで、一度は終わりかけた旅。だが実際には終わることなく、俺達はこれからも旅を続けられる。
「次も楽しい世界だといいわね……って、流石にこれは気が早いかしら?」
「いやいや、期待しとくのは悪くねーだろ。まあその前に『白い世界』に帰って――っ!?」
瞬間、世界が激しく揺れた。立っていられないほどの振動に俺が素早くティアを抱き寄せると、そのまま二人で抱き合いながら地面に座り込む。
「何よこれ!? エド!?」
「わからん。尋常な揺れじゃねーけど……って、このタイミングでかよ!?」
『三……二……一……世界転移を実行します』
何が何だかわからないままに、俺達はこの世界から「追放」されていった。




