「実はヤバかった」と後から聞かされるのは、自分の窮地の一〇〇倍辛い
「エドは自分が死んだ時のこと、覚えてる?」
「ん? ああ、まあ覚えてるぜ?」
ティアの問いに、俺は当然と頷く。冷静になって考えると割と小っ恥ずかしいやりとりをした気がするが、世界的には無かったことになったやつなので何の問題もない。
「あの後ね、エドの体がキラキラ光って消えちゃったのよ。体だけじゃなくて流した血の跡とか、エドがいた痕跡が全部! 唯一残ったのはエドの剣だけだったわ」
「は? え、俺って死ぬとそうなるの!?」
「何でエドが驚くのよ?」
「いやだって、自分が死んだ後のことなんて知らねーし……」
驚く俺にティアも驚き、そして俺は仏頂面になる。数え切れない程死んでいるはずだが、自分が死んだ後の話なんて初めて聞いたのだから仕方ないだろう。
ってか、そうか。俺って死ぬとそんな感じになるのか……
「多分、本来ならそこで世界がリセットされるんだろうな。でも今回はティアがいたからそうならなかった、と」
この世界を含む一〇〇の異世界は、神が俺を閉じ込めるために作った箱庭だ。ならばこそ俺が死んだ後の世界に意味は無く、死んで最初に戻るのと同時に全部が最初にまき戻る仕様なんだと思われる。
が、今回はここにティアが残っていた。わずかとはいえ俺の魂を持つティアが楔となって世界のリセットが正常に機能せず、結果として俺の体が消えるだけで終わった……とかじゃないだろうか? 俺が作った仕様じゃねーからそれ以上はわかりようもないが。
「あ、ちなみに剣はどうしたんだ?」
「勿論回収してるわよ。ほら」
問う俺に、ティアがあっさりと「共有財産」から「夜明けの剣」を取りだして見せてくれる。よかった、これを無くしたらドルトン師匠に顔向けできないところだったぜ。もう中身は俺の「彷徨い人の宝物庫」と繋がってるから、後でまた装備しておこう。
「話を続けるわよ。とにかくエドの痕跡が全部消えちゃったから、私達は何事も無く旅を続けることができたの。世間的にはエドとは別れたってことにしてね」
「ふむふむ、そうか」
あの時はそこまで考える余裕が無かったわけだが、言われてみれば町の教会で腹を貫かれて死ぬ仲間の死体とか、そりゃ処理に困るわな。まさか勇者の仲間に魔王が潜入してましたなんて言えるわけもなし。
「ただまあ、今までみたいに楽しい旅……とはいかなかったわね。エウラリアは私が同行するのをすっごく警戒してたし、バーンはずっと落ち込んでたっていうか、色々考え込んでて……私だって居心地が悪かったもの。エドに頼まれたんじゃなければ、きっとあそこで解散してたでしょうね」
「それもまあ、うん……そうだな」
苦笑して言うティアに、俺はひたすら頷いて返すことしかできない。もし逆、ティアが殺されたうえでティアに頼まれたら……あ、いや、無理だな。ティアを殺された時点で相手を殺さない自信がこれっぽっちもない。俺は割と懐の深い系の魔王だと思っているが、そこは越えたら終わりのラインだ。
「無理させて悪かったな。でも――」
「フフッ、いいのよ。それに今となっては、最後まで一緒に旅をしてよかったとも思ってるし。
確かにバーンもエウラリアもエドに酷いことをしたけど……でも怒りや憎しみに目を曇らせずに相手を見続ければ、単なる敵ってわけじゃないことが見えてきた……ううん、正確には最初は見えていた姿が酷い感情で目が曇って、でも時間経過でそれが晴れたらまたちゃんと見えるようになったって感じかしら?
ほら、さっきエドがバーンに言ってたことと同じよ。何処に立っているか、どんな見方をするかで『正しさ』の形は変わる。二人は単にエドの仇ってだけじゃなく、悩み考え、傷つきながら前に進む、私と同じ人間で……そして仲間だったわ」
「……………………」
優しい顔で言うティアに、俺は嬉しさと申し訳なさで胸が一杯になる。そんな風に考えられるティアの心根が誇らしく、そこに至るまでずっと耐えさせてしまったことが苦しい。
「ねえ、エド? これがエドが私にバーン達を手伝えってお願いした理由?」
「……さあな」
「そっか……やっぱりエドは優しいのね」
「何だよ、何も言ってねーだろ? ったく……」
悪戯っぽく笑うティアに、俺は照れくさくて顔を背ける。恨んで憎んで、それで終わりになんてして欲しくなかった。少なくとも俺の死が、ティアの心に傷を付けるだけのものにしたくなかった。そんなガキみてーな我が儘を見抜かれれば、そりゃ恥ずかしくもなるだろう。
「まあいいわ。とにかく私達は旅を続けて……そして魔王を倒したわ。エドがいなくなってどうなるかと思ってたけど、思ったよりずっとあっさり倒せちゃったっていうか……エウラリアが凄かったわね。何かもう彼女だけでいいかもって感じで。神様パワーってやっぱり凄いのね」
「へー、そうだったのか」
俺がこの世界の「勇者顛末録」を読んだことだけは、実はティアには伝えていない。あんなものでティアの歩んだ日々をわかったつもりになる気にはなれないので、あくまで記憶の片隅にある参考資料として扱うことにしたからだ。
……そう言えば、エウラリアが集めた神の欠片って、今はどうなってんだ? それも後で確認しとかねーとだな。
「で、魔王を倒した後は、バーンに頼んで勇者パーティを解散しないようにしてもらってから、人気の無い森の奥に引きこもって魔法の研究に専念したの」
「ん? 『白い世界』には戻らなかったのか?」
「うん。だってほら、私だけであそこに行ったらどうなるかわからないでしょ? 下手をすればあそこに閉じ込められちゃうんだし、そもそも魔法の研究をするなら魔王を倒して平和になった世界の方が都合がいいもの」
「なるほど、そりゃそうだな。じゃあずっとここで……?」
「うん。エウラリアが派手に目立ってくれたおかげで、私の印象はあまり強く残らなかったから、一〇年か二〇年くらいしたらその後は普通に外を出歩けたしね」
「二〇年!? おい、それって……」
何気なく飛び出した数字に、俺は目を見開いてティアの顔を見る。だがティアの顔に悲壮な色はなく、ただ静かに微笑んでいるだけだ。
「そりゃ魔法の研究だもの、時間はかかるわよ。特に今回は前より確かな繋がりを感じるのに、前よりずっと遠い気がして……結局最後まで上手くいかなかったわ。残りの寿命を全部使ってもエドのところまで行ける気がしなかったし」
「当たり前だ! 何を馬鹿な――」
「エドは知らないでしょうけど……私、お婆ちゃんになってたのよ? 多分、あと一〇年はもたなかったと思う。まあ、エドと合流できさえすれば『白い世界』経由で元の体に戻れると思ってたけど――きゃっ!?」
気づけば、俺はティアを抱きしめていた。ドクンドクンと脈打つ鼓動は弾けそうなほどに早く、背中には冷たい汗が滝のように流れているのを感じる。
世界によって時間の流れる速度は違う。そんなことはわかってたし、別に無駄に寄り道していたわけじゃない。だがそれでも、もし間に合わなかったら……そんな思いが頭から離れず、知らず腕に力が入る。
「ちょっ、エド、痛いわ」
「あ、ああ。ごめん……ティア、俺は……」
開きかけた俺の唇に、ティアがちょんと人差し指を乗せてくる。その有無を言わさぬ柔らかい感触に、俺の口はあっさりと封じられてしまう。
「いいのよ。私も頑張ったけど、今回は間に合わなかった、ただそれだけだもの。あーあ、これで二勝一敗ね。でも次は負けないわよ?」
「次……?」
「そう、次。もし次があったら、今度はまた私が勝つわ。だから……負けたくなかったら、もう私を置いて行っちゃ駄目よ?」
「…………ああ、二度と。二度と置いてなんていかねーさ。だからティアも、俺を置いていかないでくれよ?」
「はいはい、いいわよ……フフッ、今日のエドは甘えっ子ね?」
次なんて必要ない。未来永劫負け越しで構わない。こんな気持ちを味わうくらいなら、俺は喜んで地べたに這いずろう。
独りは嫌だと駄々をこねる子供みたいに抱きつく俺に、ティアはそっと頭を撫でてくれる。その感触は何処までも優しくて、俺はしばし甘い温もりにその身を委ねるのだった。




