いつか誰かを救った言葉が、自分を救うこともある
「っと、悪いな。話が逸れちまった。なあバーンにエウラリア、こんなところで長々と立ち話も何だし、何処かで飯でも食いながらもっとゆっくり話さねーか?」
抱きしめていたティアから体を離し、俺は二人にそう問いかける。だが二人の反応はどうにも芳しくない。
「何を言っているんですか!? 魔王と一緒に食事など、するはずがないでしょう!」
「悪い、俺も……さっき飯食ったばっかりだし」
「おぉぅ、そう言えばそうだったな」
言われてみれば、確かに俺達は朝食を済ませてすぐにここに来たんだった。主観時間で何年も経っているせいですっかり忘れていたが、そりゃこの時間じゃ飯も酒も無理だわな。
「んじゃ、どうする? 考える時間もあった方がいいだろうし、明日また集まって話してみるとかでいいか?」
「ですから話し合いの余地など――」
「それでいい。どんな結論になるか、超! わかんねーけど……」
「それでいいさ。お前はお前の道をいけばいい。頑張って悩め、勇者バーン!」
「……ありがとな、エド」
笑顔で親指を立ててみせる俺に、バーンは苦笑して俺の隣を通り過ぎ、教会を出て行った。その後を慌ててエウラリアも追いかけ……そうして残されたのは俺とティアの二人だけ。
「行っちゃったわね」
「だな」
「行かせてよかったの?」
「いいさ」
バーンの出す答えによっては、これが今生の別れとなることもあるだろう。あるいは敵対し殺し合う未来だって十分にある。
だが、伝えるべきことはもう伝えた。ならば勇者の選択を、俺は魔王として素直に受け止めるだけだ。
「さて、それじゃ俺達も行くか」
「そうね。エドには聞きたいことがいーっぱいあるもの! 全部教えてくれるまで逃がさないわよ?」
「ははは、そいつは怖い」
心底楽しげな笑顔でそう言われては、世界の壁を隔てたって逃げられる気がしない。俺達は出てきたばかりの宿に戻ると、部屋に据え付けの椅子にティアを座らせ、俺はベッドの上に腰掛けた。
「んじゃ、改めて情報交換ってことだが……その前にちゃんと確認させてくれ。ティアは何を知ってる? 何を覚えてるんだ?」
「うーん、そうねぇ……」
改めて問う俺に、ティアは可愛らしく小首を傾げて考え込む。
「ねえエド、私が最初にエドに会いに行った時のこと、覚えてる?」
「最初? 最初ってーと、俺の頭の上に尻が降ってきた時の……イテェ!?」
当時の出来事を思い出した俺の頭に、今度は尻ではなく拳骨が落ちてくる。ゴンゾのオッサンに比べれば小石が落ちてきた程度のはずなのに、何故かやたらと痛い。
「そこは思い出さなくてもいいところでしょ!? エドのえっち!」
「ぐぅ、理不尽な……まあとにかく覚えてるけど、それがどうかしたのか?」
「ちょうどあの時みたいな感じなのよ。エドがバーンの剣を受け止めたのを見たとき、私の中に私じゃない、でも間違いなく私の記憶が流れ込んできたっていうか……」
「そう、か……」
そう言われれば、俺としても納得するしかない。あの時も今も、俺の記憶にティアの記憶が引っ張られたという感じなんだろう。そしてそんなことが起こるってことは……
「やっぱり、俺とティアの魂は繋がってるのか」
「え、何それ!?」
「いや、実はな……」
問われて俺は、ティアを看取った時に力を使って周回したため、俺とティアの魂が混じってしまったらしいということを説明していく。するとティアは興奮気味に耳をピコピコ動かしながら俺の方に詰め寄ってくる。
「へー、へー! なるほど、そんなことになってたのね」
「あー……俺が言うのも何だけど、嫌じゃないのか?」
「え? 何で?」
「何でって……俺のせいでティアがティアじゃなくなっちまったんだぞ?」
当たり前の話だが、魂というのは心や体の大本だ。それがほんの少しとはいえ混じっているとなれば、当然心にもその影響が出ることだろう。
「もしかしたら、ティアが俺に向けてくれる好意だって、魂が混じってるからかも……痛い痛い痛い!?」
若干しょぼくれながら言う俺に、ティアが高速でデコピンを連発してくる。大した力でもないはずなのに妙に芯に響く痛みは、思わず涙目になってしまいそうだ。
「何すんだよ!? 痛い!? 痛いんでやめていただけますか!?」
「エドが馬鹿なこと言うからでしょ! そういう子にはお仕置きよ! てやっ!」
「ぐはっ!」
トドメの一撃を食らって、俺はそのままベッドに倒れ込んでしまう。するとそんな俺を見て、ティアが得意げな笑みを浮かべて胸を反らす。
「どう? 効いた? フフッ、前にやられたお返しよ」
「前って何時だよ……」
「さあ、何時だったかしら? でもこれで悪い子は退治されたわね。そうでしょ?」
「……………………」
「あのねエド。魂が混じったくらいで私が私じゃなくなったりなんてしないのよ。そりゃ多少の影響はあるのかも知れないけど、でもそれってエドを無条件で好きになるとか、そういうことじゃないでしょ?」
「そう、だな。多分……?」
「ならいいじゃない。今の私のこの気持ちは、エドと一緒に旅をして育ってきたもの……何か前にも同じような話をしなかった?」
「へ? あー、いや、そう言えばしたような気がしなくもないような……俺が魔王だって告白したときか?」
「そうそう、それよ! ほら、その時言ったでしょ? 元のエドが神様に作られた人格だったとしても、今のエドはエドとして過ごした結果に生まれたものだって。
それと同じよ。確かに私は元の純粋なルナリーティアじゃないのかも知れないけど、私が私であることに変わりはないの! むしろエドのおかげで不思議な力が使えたり、色んな世界を巡ったりできるんだから感謝したいくらいだわ!」
「……ははっ、そっか」
あの日ティアが俺にかけてくれた言葉が、今のティア自身を肯定する。そこに奇妙な因果を感じて、俺は思わず笑ってしまう。深刻だと思っていた悩みが、まさか話す前から解決していたなんて……ああ、こいつは何とも、とんだ笑い話だ。
「ほらほら、そんなことよりエドのことを教えて! 一体どんな冒険をして未来を変えたのかしら?」
「ん? 何だ、興味があるのか?」
「あるに決まってるじゃない! 私はどうやってもエドのところに行けなかったのに、エドはどうやってここに戻ってきたの?」
「ああ、それは――」
興味津々の顔で俺の隣にポスンと寝転がるティアに、俺は天井を見上げたままゆっくりと語っていく。
記憶も力も全てを失い、三周目に突入したこと。アレクシス達と仲間になり、魔王に挑んで全滅したこと。全てを奪われ絶望した俺の前に、ティアの残してくれた希望が表れたこと。
世界を渡って魔王を狩り、力を蓄え壁と底を破った。そうして遂にここまで辿り着いた……そうして全てを話し終えると、静かに話を聞いていたティアが感慨深げに口を開く。
「むぅ、何だか私の想像を超えて大冒険だったのね……あーあ、私もアレクシスやゴンゾにまた会いたかったなぁ。それにルージュちゃんにも会ってみたかったし」
「あー、やっぱりルージュのことは知らねーのか」
ルージュがあの場に立っていたのは、あの世界にティアが存在していなかったからだ。とは言えルージュの存在そのものがなかったわけじゃないから、ひょっとしたら名前くらいは知ってるかとも思ったんだが……
「一応、名前くらいは聞いたことがあった……気がする。凄い魔法師の子がいるって噂で……でも私が仲間になった後だったから、魔法はもう十分ってことで素通りしちゃった……んだっけ? ごめん、流石に一瞬過ぎてあんまり覚えてないけど」
「ははは、そりゃ流石に仕方ねーよ」
ちゃんとパーティに加わったならともかく、候補止まりの奴なら何十人もいたはずだ。ましてや既にティアがいることで会いにすらいかなかったというなら、いくらティアでも覚えていないのは当然だろう。
「でも、そっか。私がいないとルージュちゃんが仲間になるのね。しかも随分エドと仲良くなったみたいだし?」
「そ、そうか? 普通に雑用係の扱いだったと思うけど……」
「それ、本気で言ってるの?」
「……………………」
ティアにジト目で見つめられ、俺はそっと顔をそらす。そりゃ俺だって木石というわけじゃない。多少の感情の機微くらいは理解できるわけだが……まあ、ほら。自意識過剰な男の勘違いってこともあるし? そういうのをおおっぴらに口にするのは恥ずかしいっていうか……な?
「ふぅ、まあいいわ。でも……フフッ、いつかルージュちゃんとも一緒に旅をできたら楽しそうね。あ、その時はリーエルも誘って四人旅かしら?」
「勘弁してくださいマジで」
男一人に女が三人とか、言葉にはできない苦労をするのが目に見えている。これをハーレムとか言って喜べるのは、よっぽど肝が据わった大物か何も考えてない馬鹿のどちらかだけだろう。
「お、俺の事はもういいだろ!? それよりティアの方はどうだったんだ?」
「私? 私の方は……エドと違って楽しい話はないわよ?」
「いいさ。ティアが嫌じゃなければ、聞かせて欲しい」
決して興味本位なんかじゃなく、それはきっと俺が背負うべき業。俺が頼み、俺のためにティアがしてくれたことであれば、俺はそれを知り一緒に背負いたい。「勇者顛末録」で読んだからいいやではなく、ちゃんとティアの口から語られる事実を、俺はしっかりと聞かなければならない。
「……いいわ。じゃ、話すわね」
そんな俺のまっすぐな視線を受けて、今度はティアがゆっくりと自分の事を話し始めた。




