「ただいま」を言う相手がいる。こんなに嬉しいことはない
「てか、いってぇ!?」
格好つけて聖剣を掴んでみたが、手に感じる激痛に俺は慌てて手を離す。そうして自分の手を見てみると、その手のひらがこんがりと焼けている。あー、そういや回復薬とか効かねーんだっけか? うわ、これ当分痛いぞ……
ああ、ちなみにというか当然というか、背中の羽はこの世界に入った瞬間に消えている。目的を果たした以上、あの羽はもうここにはないのだ。
「エ、ド? 俺は――」
「そんな、どうして!?」
驚くバーンはそのままに、エウラリアが慌てて俺の横を走り抜けてバーンの側に近づく。その顔にはバーン以上の驚きが浮かんでおり、まるで祈るように両手を胸の前でギュッと握りしめている。
「あり得ません! 何故あのタイミングで気づくのですか!? 完全に虚を突いたはずなのに!」
「ははは、そこはまあ、ちょっとしたズルをしたってところだな」
エウラリアの抗議の言葉に、俺は何とも決まり悪く頬を掻く。実際にはちょっとなんてレベルじゃなかったわけだが……まあその分苦労もしたのでチャラにしておいて欲しいところだ。
「ってか、そんなことより確認したいことがあるんじゃねーのか?」
「そ、そうです! 勇者様、この男は――」
「ようバーン。実は俺魔王なんだ!」
エウラリアが言うより早く、俺は火傷した手をヒラヒラと見せつけながらバーンに告げる。するとバーンは手にした聖剣をひときわ強く輝かせ、俺の方に向けてくる。
「……エウラリアに聞いた時、まさかって思ったんだ。なのに何で……何で! エド、お前は俺を……俺達をずっと騙してたのかっ!?」
「いや、騙してはいねーよ? 魔王なのって聞かれなかったから言わなかっただけだし。バーンだって聞かれてもいないのに『俺は超! 人間だぜっ!』とか言わないだろ?」
「え? それはまあ、確かに……?」
俺の軽い物言いに、バーンが明らかに戸惑った表情を見せる。だがそこにすかさずエウラリアが声をかける。
「騙されてはいけません、勇者様! 相手は魔王なのですよ!」
「はっ!? くそ、危うくまた超! 騙されるところだったぜ……裏切り者の魔王、エド! 今こそ俺が勇者として超! 引導を――」
「いやだから、裏切っても騙してもいねーって。いいかバーン。俺は確かに魔王だが、この世界の魔王じゃない。別の世界からやってきて……つーか、色んな世界を巡って、そこにいる魔王を倒してまわってる旅の魔王だ。
だから俺の目的は、お前と同じでこの世界の魔王を倒すこと。な? 裏切っても騙してもいねーだろ?」
「……えぇ???」
「勇者様! 魔王の言うことなど真に受けてはいけません! あんなものすべてでまかせです!」
「うわ、酷いこと言うなよエウラリア。俺ってば割と誠実な男で通ってるんだぜ?」
「うるさい! 魔王が気安く神の使徒たる私の名前を呼ばないでください!」
「おぉぅ、そんなにブチ切れなくても……」
鬼のような形相で怒鳴られて、俺は微妙にへこむ。今までの態度が全部演技で、本当は嫌われているというのはわかっていたことではあるが、とはいえ面と向かって罵倒されるのはやっぱりちょっと悲しいのだ。
「ま、待って! 超! 待ってくれ! 情報が多すぎて、どうしていいのかわからないんだぜ……っ!」
「迷うことはありません勇者様。その聖剣で切れるのは邪悪なる存在だけ。ならばこのまま魔王エドを倒してしまえばいいのです!」
「そりゃ流石に乱暴じゃねーか? まあ気持ちはわかるけど」
「!? 神の徒である私の気持ちを、魔王である貴方がわかるなんて――」
「わかるさ」
目をつり上げて怒るエウラリアに、俺は強く短くそう答える。ああわかるとも。神がどれだけ俺を終わらせたいと思っているかなんて、この身に染みてわかっている。
「なあエウラリア。俺はあんたの立場や考えを否定しない。神からすりゃ、魔王は魔王ってだけで倒さなきゃならない悪なんだろ。
だが悪ってのは本当にそういうもんか? 悪事を為すから悪なのであって、悪に生まれたならば何をしても悪ってのは、本当に正しいのか?」
「何を!? 神の言葉の正しさを問うなど、烏滸がましいにもほどがあります!」
「違うだろ。何かを正しいと信じるなら、その正しさを疑うことこそ義務だ」
「フンッ! 随分と魔王らしい詭弁ですね。神を疑うことが義務とは……勇者様、もはやこんな相手と言葉を交わす意味などありません! 今すぐに討伐すべきです!」
「ハァ、やっぱりそうなるのか……」
いきり立つエウラリアに、俺は苦笑してため息をつく。だがそんな俺の姿に、バーンがゆっくりとその口を開く。
「……なあ、エド。今のはどういう意味なんだ?」
「勇者様!? まさか勇者様まで神を疑うなどと言うおつもりですか!?」
「そうじゃねーけど……でも、正直どうしていいかわかんねーんだよ。だから少しでも判断基準が欲しいっていうか……」
「その基準こそ神ではありませんか! 神のお言葉が全て正しく、それに従ってさえいれば――」
「それじゃ家畜か奴隷だろ」
「――っ!」
これまでに無く強烈な目で、エウラリアがこちらを睨んでくる。掴みかかってこなかったのは、きっと俺が魔王だからに他ならない。
だがここで言葉を止めるわけにはいかない。伝えるべきを伝えなければ、それこそここで旅が終わってしまう。
「なあバーン。神とか王様とか、偉い人の言うことをただ信じてその通りにするってのは、確かに楽なんだ。でも、それは同時に自分が背負う責任を他人に丸投げするってことでもある。
戦う理由も殺す理由も、全部上に放り投げる。そうすりゃ確かに生きるのは楽さ。だからあえてそういう生き方を選ぶ奴もいるだろうし、それを否定するつもりもない。
でもバーン、お前が自分の意思で『勇者』って肩書きを背負いたいなら、考えなきゃならない」
「……何を?」
「何が正しいか、だよ。この世に絶対に正しいものとか、絶対に悪いものなんてのはねーんだ。正義とか悪なんてのは極論自分にとって都合がいいか悪いかってだけの話で、立ち位置が変われば見え方も変わってくるもんだからな。
で、エウラリアが立ってるのは神の位置だ。神からすりゃ魔王は悪だから、俺はただ存在してるってだけで殺さなきゃならない悪になる。
でもバーン、お前は違う。お前は神じゃない、勇者だ。勇者の位置に立つお前には、俺はどう見える? 今までずっと旅をしてきた俺は、お前にとって悪だったか?」
「俺は…………」
「勇者様!」
バーンの腕にすがりつき、エウラリアが声をかける。だがバーンはギュッと目をつぶり、激しく頭を横に振る。
「駄目だ、超! わかんねーよ! 確かにエドを信じたい気持ちはあるけど、でもエドは魔王だったし……」
「ははは、ならそれが答えじゃねーか」
「……?」
「わかんねーか? それが俺の言う『正しさを疑う』ってことさ。さっきも言ったけど、正しさなんてのは立ち位置や状況でコロコロ変わるんだ。それに他人のことを完全に信じるなんて、普通ならしない。
だからいいんだ。ほどほどに信じて、ほどほどに疑う。俺を警戒しながら今まで通りに旅をすりゃいい。なあ、ティアもそう思うだろ?」
言って、俺はさりげなく振り返る。
本当は、この世界に来てすぐに振り返りたかった。顔を見て抱きしめて、その温もりを感じたかった。
だが、ここにいるティアは何も知らないティアのはずだ。だから下手なことはできない。何も悟らせず、何も心配させず、何事も無かったかのように接する……そう決めていたはずなのに――
「……ティア?」
振り向いたティアの目に、溢れんばかりの涙が溜まっていた。きつく噛み締めていたであろう唇が柔らかく開き、トンッと足を踏み出すと俺に向かって抱きついてくる。
「ティア!? まさかお前、記憶が……っ!?」
「…………おかえりなさい、エド」
驚く俺の耳元に、万感の籠もった声が届く。ああ、懐かしい声だ。この声を聞くために、俺はここに戻ってきたのだ。
ギュッと抱きしめられる腕が、そこから伝わる温もりがこれ以上無いほどに愛おしい。どうしても我慢できなくて、俺はティアの背に手を回して抱きしめかえす。
神の光に満ちる教会で、魔王とエルフが抱きしめ合う。帰ってきたという実感が、俺の中を満たしていく。
ティアだ、ティアがいる。神の思惑も魔王の力もどうでもいい。他の全てと引き換えてもいい何よりも大事なものが、俺の腕のなかにある。
「ただいま、ティア」
だから俺はありったけの想いを込めて、ティアにその言葉を贈った。




