イメージカラーは一見わかりやすいが、似た色が増えると逆にわかりづらくなる
「うぅ、気持ち悪い…………」
霧に包まれた海の上、俺は一人ぐったりと船縁に乗り出しながら呟く。何故こんなことになっているかと言えば、一〇日くらい霧の海を直進し続けたところで、いきなり船がその場でグルグルと回り始めてしまったからだ。
いや、正確には船は回っていない。回っているのは俺だ。この辺に立ちこめる霧は以前アレクシスが聖剣を手に入れるときに立ち入った迷いの森と似たような効果があるらしく、人の方向感覚を著しく狂わせてくる。
が、この船に搭載されている最新鋭の魔導頭脳は、人では無いだけにその効果を受けないらしい。そのためきちんと魔王に向けて直進しているのだが……それに乗っている俺は別だ。
俺にとっての直進がぐねぐねと曲がりくねるように作用しているのだから、それを無視して直進する船は俺にとってはぐねぐねと曲がり続けているように錯覚させられてしまう。
しかもこの船はこの世界の船と比べて段違いに速いため、俺の認識下において、この船は激しい川の流れに翻弄される木の葉のように凄い勢いでグルングルンと回り続けているのだ。
「うっぷ……なあ、まだ着かない感じ?」
『目的地が明確でないため、お答えできません』
「ああ、そう。そうだよな……」
俺の「失せ物狂いの羅針盤」が指し示すのはあくまでも方角だけなので、どのくらいの距離があるのかはわからないのだから、到着時刻がわかるはずもない。わかんねーことなんてわかってたのに、それをわかっててわかんねーことを聞くとか……おぉぅ、頭がグルグルするぜぇ。
『警告。周囲に高濃度の精神干渉系魔力を感知しております。当機のシールドでの防御は困難。対策としてこちらの商品をお勧めします。
ヤバいくらいに目が覚める! 大好評の清涼飲料ヤバスカッシュに――』
「いやもう、それはいいから! ってか効くのそれ? ならちょっとくらい買っとけばよかったか……ぐふっ」
若干の後悔を交えつつ、俺はやかましい宣伝文句を聞き流す。本来なら「吸魔の帳」を使えばいいんだろうけど、あれは触れてるものの魔法効果を問答無用で消してしまうので、明らかに魔法技術の塊であるこの船に乗ってる間は使えない。万が一ここでこの船が停止したりしようものなら、割と本気で漂流して死ぬ未来しか見えないからな。
「頑張れ、俺の三半規管……ふぁいとー、いっぱーつ…………」
『お疲れのお客様に、お勧めの商品が――』
「うるせー…………」
大渦に飲まれているような感覚とやたらと商品を勧めてくる船の声に耐えること、おおよそ三〇分。ぐったりする俺の周囲に漂う気配が不意に変化し、俺は素早く意識を覚醒させる。
「停止しろ!」
『オーダー受諾。停止します』
刺すような緊張感に船酔いなど一瞬で吹き飛び、腰の剣に手を伸ばしながら俺は周囲に視線を走らせる。視界を埋め尽くすのは相変わらず濃い霧だけで、腕を伸ばせばその先が霞んでくるほどの見通しの悪さのままだが……いや、違う?
「霧に流れがある? 何処に……っ!? 急速前進!」
『急な発進は危険を――』
「知るか! 動け!」
船の舵輪を思い切り蹴り飛ばすと、それに合わせるように船体がガクンと加速して一気に移動する。するとさっきまで俺のいた場所の霧がふわりと動き、海面に深い切れ込みが走った。
「チッ、本体は何処だ!? それとも――」
「FOOOOOOOO!」
「あー、そっちのパターンか……」
周囲の霧が渦を巻いて収束していき、半径一〇〇メートルほどの空間から霧が消えていく。そしてその霧が中央に収束し、見上げた空には真っ白な霧で作られた馬鹿でかい人の顔が浮かんでいた。幸か不幸かその顔は俺ではなく長い髭をたなびかせる老人のものだったが、だからといってこの気配を間違えようもない。
あと多分、あの顔は俺が年をとった顔なんだろう。何か微妙に面影がある気がするし。
「なるほど霧の魔王……霧を生み出すってよりは、自分自身が霧なわけか」
「FOOOOOOOO!」
「急停止! その後は外周の霧から一〇メートルくらいの距離を維持しつつ、等速で走り続けろ!」
『オーダー受諾。一時停止の後、周回運転を開始します』
スパッと目の前を切り裂く霧の刃をかわしてから、俺は高速で動く船の上で踏ん張りながら霧の魔王を睨み付ける。ということで、今回もまずは小手調べ!
「ハァッ!」
揺れる船のうえで一切ぶれることなく腕を振るい、俺の剣が霧の魔王に斬撃を跳ばす。それは狙い違わず魔王の顔を真っ二つにするが……今回は前回以上にこれっぽっちの手応えも感じられない。
そしてその報復とばかりに、元に戻った霧の魔王がでかい口を尖らせて霧を吹きかけてくる。それを巧みな操船技術……具体的には適当に舵輪を蹴り飛ばしただけ……で回避すると、霧の吐息が吐かれた場所にキラキラとした光が舞った。
冷気系の攻撃? それとも別の何かか? 判別できるほどの知識はないが、少なくとも食らったらろくな事にならないのは間違いないだろう。
それに、クロヌリ魔王以上に物理攻撃が効かない。あっちはまだ切れたが、こっちは完全に無効化されている感じだ。とはいえこの状況は十分に想定していたことなので、焦る要素はない。
「霧が切れねーなんてのは当然だしな……ならこいつはどうだ?」
俺は「彷徨い人の宝物庫」から金属製の円盤を取りだし、中央についた赤い突起を押し込んでから霧の魔王に向かって投げつける。するとそれは魔王の顔付近で突如として猛烈な炎を噴き出し、真っ赤な炎が周囲の霧を焼き尽くしていく。
「ハッハー! マギマインの味はどうだ? お前のために随分と奮発してやったんだぜ?」
これぞジョンに金を渡して流してもらった、第〇九二世界の軍用兵器! 魔法の使えない俺でも突起を押して放り投げるだけで属性攻撃ができる優れものだ。
ああ、勿論ジョンとは今回も和解しているぞ? 魔王同士なら力のやりとりの要領である程度の記憶もやりとりできるので、最初に握手できる状況さえ整えられれば、一度和解した相手と再度和解するのは比較的簡単なのだ。
「で、効き目は……まあまあかな?」
「FOOOOOOOO!」
激しい炎に晒され、魔王の顔を構成する霧がいくらか蒸発したように見える。とはいえまだまだ敵を構成する霧の量は膨大であり、ぶっちゃけ気のせいだと言われれば納得してしまう程度のダメージしか通っていない。
「なら、こっちはどうだ? ほいっと!」
舵輪を蹴って船を蛇行させて攻撃をかわしつつ、今度は青い突起のついた円盤を投げつける。すると投げつけた先で霧より白い冷気がブシューと広がり、魔王の顔の一部がカッチカチに凍り付く。
ザブーン!
「FOOOOOOOO!」
「おお? 意外にもこっちの方が効くか?」
巨大な氷が海に沈み、氷があった部分の魔王の顔が抉れている。無論それもまたすぐに再生してしまうが、どっちかと言うならこっちの方が霧を削る量が多い気がする。
ふむふむ、燃やす方がいいかと思ったが、これは新発見……とはいえこいつが最良だと決めつけるのは早い。試していないマギマインはまだまだ沢山あるのだ。
「さあ、どんどん行くぜ! お前の霧が俺を捉えるか、俺の武器がお前を削り終えるか、どっちが早いか競争だ!」
「FOOOOOOOO!」
ニヤリと笑って色とりどりの突起のついた円盤を手にする俺に、霧の魔王が口を大きく開いて大気を揺らす。その目や口から霧をほとばしらせる魔王に対し、先端技術の船を駆り軍用兵器を投げつける俺。
何となく「霧の魔王対俺」じゃなく「霧の魔王対第〇九二世界の魔導具」という戦いになっている気がしなくもないが、細かいことを気にしてはいけない。決して俺は運転手兼円盤投げ係ではなく、魔王に立ち向かう英雄なのだ。
「よーし、次は風を……あ、やべ、これ毒じゃね?」
「FOOOOOOOO!」
「ちょっ!? 毒霧攻撃とか卑怯だろ!? 走れ走れ! 全速離脱!」
『警告。これ以上乱暴な扱いをした場合、保険の適用外となる可能性が――』
「知らねーよ! いいから走れ!」
『……そんな貴方にお勧めの情報です。えぇっ!? この状態からでも入れる保険が――』
「FOOOOOOOO!」
「やーめーろーよー!」
緑と深緑を咄嗟に見分けるのは難しい。もっとわかりやすく差別化しろよと愚痴を言いつつ、俺と霧の魔王の激闘はしばらく続くのだった。




