必要なものがここにないなら、他から持ってくればいい
「いやいやいやいや、そんなことある? 足りねーって……えぇ?」
込めた力の手応えに微妙なものを感じ取り、俺は思わず顔をしかめて誰にとも無く悪態をつく。いやだって、なぁ? これはどうすれば……
「……も、もう一度だ。もう一度状況を整理しよう。あとここから出よう」
魔王は既に倒したので、何時までもこんな穴蔵のなかにいる必要はない。銀翼の剣をしまってから洞窟から外に出れば、太陽の光が俺を歓迎してくれる。それで少しは気分がよくなったが、だからといって状況が変わったわけではない。
とりあえず手近な石の上に腰掛けると、俺は空を見上げてもう一度現状を整理し直してみた。
今現在、集めた魔王の力は九つ。だがティアのいる場所に跳ぶためには、まだ少しだけ力が足りない気がする。
勿論、気がするだけだ。気合いを入れてやれば跳べる可能性は無くもないが、失敗した場合にどうなるのかがわからない。何処か適当な世界に出るだけというのならまだしも、銀翼の剣が力の負荷に耐えきれずに壊れるとか、大きな力を動かしたせいで神に見つかって襲われるとか、想像できる最悪は幾らでもある。
となるとやはり無理はできない。他にいかなる手段も無いというのなら試すのも吝かでは無いが、羽はまだ三枚あり、倒せる魔王もいるのだから尚更だ。
「やっぱどれかの魔王を倒すのは決まりだな。とすると問題はどれにするか、か……」
一番簡単に倒せるのは、レインの世界にいた魔王クロムだろう。魔王の記憶も当然巻き戻っているので、適当なアイドルの舞台に夢中になっているところを不意打ちすれば簡単に仕留められる。
が、それをやりたいかと言われれば別だ。他に手段がないなら外道と罵られようともティアに会うために倒すだろうが、そうじゃないなら手段は選びたい。また俺の個人的な感情を別にしても、クロムは自分が駄目にした世界を再生している最中のはずなので、それが死ぬとあの世界がどうなるのかが分からないというのも怖い。
次の周からは魔王の存在が最初から消えてなくなるのだから……なんて考えるつもりはない。今この世界を生きている人々に次なんてものはない。それを忘れて神の如く振る舞ったならば、俺はきっと二度とティアの前で笑えないだろう。
となると、ジョンの方も同じだろう。ジョンは世界に対する影響力が大きすぎて、正直どうしていいかがわからない……というか、あの世界が発展してるのはジョンが裏から色々してるからなので、もし倒したりしたら次の周からはどんな世界になっているのかが想像すらできん。
あと、全く根拠の無い予感ではあるが、おそらくジョンは倒せない。単純に俺の体が弱いことと、ジョンの戦い方が洗練されまくってて強いというのもあるが、それ以上に俺が勝っている未来が想像できないのだ。
「ジョンは……ジョンはなぁ……どうやっても倒せる気がしねーよなぁ」
何というかこう、俺がジョンを追い詰めると何故かキャナルが助けに来る気がするのだ。で、なんやかんやがあった結果、魔王&勇者VS大魔王という絵図ができあがり、最終的に俺が負けて大団円……という光景がありありと頭に浮かんでくる。
うん、駄目だな。何処をどうこねくり回しても「勇者と魔王の物語の最後を飾る、約束されたやられ役の大魔王」の立ち位置から逃れられる気がしない。ジョンを倒すのはクロムを倒してすらどうしようも無くなったときの、本当に最後の手段にしよう。
となるとやっぱり候補にあがるのはレベッカのところとミゲルのところなんだが……
「うーーーーーーーーーん。どう……なんだ?」
フクロウが泣いて逃げ出す勢いで首を回しながら、俺は煙を噴くほど頭を悩ませる。レベッカとミゲル……海と別大陸……走っていけるだけ別大陸の方が有利か? いやでも魔獣……ノルデか。敵のひしめく未開の大陸をたった一人で攻略とか、無謀とかそう言うレベルですらなくねーか? 非常識に首までどっぷり浸かっても無理としか思えん。
ならレベッカの方か? でも船と船員なんてそんな都合良く用意できるもんか? 今は手持ちの金も大してねーし、稼ぐところから始めたらそれこそ何年かかるか……
「船、金……いっそ俺一人で動かせる船とかありゃいいんだけどなぁ。ハッ、そんな魔法みたいな船、どんだけの技術があれば…………ん?」
ピコーンと、頭の上で星が光った気がした。バラバラだった点が一本の線につながり、全ての問題を解決する大いなる導きへと紡がれていく。
「……おい、おいおいおい。何だ俺天才か!? いける、いけるぞ! これなら完璧じゃねーか!」
あまりに冴えた閃きに、ニヤニヤ笑いが止まらない。そのままの勢いで俺は銀翼の剣を取り出すと、気合いを込めて望む世界への亀裂を生み出し、そして――
「ヒャッハー! 最っ高に爽快だぜーっ!」
ここは第〇〇三世界。今回もレベッカの乗る海賊船に降り立った俺は、気づかれる前にそこを抜けだし、一人こっそりと海へと漕ぎ出していた。
そんな俺が乗っているのは、人が二、三人も乗れば一杯の小さな船。だがその船はこの世界で一般的な木造船とは一線を画す金属製の船であり、蒼く輝くその船体は飛ぶような勢いで広大な海を走って行く。
「おおっ、前方に大きな波を発見! だが……突っ切れ!」
『オーダー受諾。前進を継続』
俺の命令を受け、船から人っぽくない平坦な声が聞こえてくる。そしてその言葉通りに小舟は波に突っ込んでいき……平然と突き抜ける。船体を囲む透明な膜は完璧に水を防いでおり、俺の体には一滴の水飛沫すら届かない。
「ハッハー! 流石は二〇〇億オーブラの最高級品だぜ!」
『お褒めにあずかり光栄です』
そう、俺が乗っているのは第〇九二世界で買った、最先端の魔導船だ。あの後俺は第〇九二世界に跳び、普通にキャナルと知り合ってダイスレインで一発当て、ついでにジョンと和解してからその金であの世界の船を買ってこの第〇〇三世界へと跳んできたのだ。
ふふふ、これぞ逆転の発想ってやつだ。確かにこの〇〇三世界で船や人員を集めようとすれば相当な時間と金がかかる。だが俺には「彷徨い人の宝物庫」があるのだから、別にこの世界で調達しなきゃいけないという理由はない。
〇九二世界でなら一発で大金を稼ぐ手段もあったし、あの世界の船なら俺一人で操船できる小型船だろうとこの世界の大型船より遙かに高性能。最高速度は一〇倍どころじゃねーし、どんな大波だろうと転覆はしない。おまけに短時間なら宙に浮かぶこともできるので、岩礁地帯を突っ切ったり何なら陸上を走ることだってできる。
流石に水中深くに潜るのは無理なようだが、この世界の魔王は霧を生み出す奴のはずだから、水中に住んでるってことはないだろう。唯一の懸念は燃料の魔石が〇九二世界でしか補充できないってことだが、全力運転をし続けても三年は持つ量を買い込んであるので、よほどのことが無ければ使い果たすこともないだろう。
ただまあ、何の問題もないかと言われるとそうでもない。それは些細な欠点ではあるんだが――
『次元を越えて飛躍するアトミスインダストリーより、お客様に最新情報をお伝えします。
ヤバいくらいに目が覚める! 大好評の清涼飲料ヤバスカッシュに、高濃度聖水エキスを加えたヤバスカッシュゴールドが新登場! 徹夜明けに一本キメて、ヤバいくらいに同僚に差を付けろ! ヤバスカッシュゴールドは六本入り三九八〇オーブラで、大好評発売中です!』
「……なあ、その最新情報? を喋るのは無効にできねーの?」
『広告機能をオフにするには、プレミアムユーザー登録が必要です……マギネットへの接続に失敗。ユーザー情報の取得ができません。設定を変更するにはマギネットの接続圏内で――』
「あー、はいはい。わかったわかった」
どうやらこのやかましい広告を無効にすることはできないらしい。流石の最先端技術も、世界を跨いで繋がるほどじゃないんだろう。
「まあいいや。とにかく目指すは霧の魔王! えーっと……もうちょっと左に全速前進!」
『オーダー了解。進路修正、マギジェットエンジン、出力八〇%』
手にした「失せ物狂いの羅針盤」の指し示す方角に指を向ければ、小舟がそちらに進路を変えて走り出す。待ってろよティア、今度こそ――
『お客様に最新情報を――』
「わかったって言ってんだろ! ったく……」
やかましい船と共に、俺は海を進んでいった。




