出会いがあれば別れもあるが、忘れることはあり得ない
前半部分は三人称です。ご注意ください。
そこは魔なる者達の住まう地の最奥。魔王城、謁見の間。数百人は入れるのではないかというその場所で、魔王は勇者パーティと対峙していた。
「こんなものか……」
「くっ……」
苦しげな表情で膝を突く勇者アレクシスを前に、魔王はつまらなそうな声でそう呟く。その身に満ちる力はあまりにも圧倒的で、脅威であったはずの勇者はあまりにも脆い。
「何故我はこの程度の存在を恐れ、今まで引きこもっていたのであろうな? くだらん。本当にくだらん」
けだるい様子で王座を立つと、魔王は勇者の側へと歩み寄っていく。するとそれを阻むように筋肉質の男が立ちはだかったが、魔王は軽く腕を振るうことで男の巨体を弾き飛ばす。
「邪魔だ」
「ぐあっ!? くぅ、このワシが盾にすらなれんとは……」
「燃え尽きなさい! 『フレアランス』!」
次いで脇から飛んできた炎の槍を一瞥し、しかし魔王は何もしない。であれば当然炎の槍は魔王に当たり……そして当然、魔王の鎧にはわずかな焦げ後の一つも付くことはない。
「何で……このアタシの魔術が……っ!」
「ハァ、実に低レベルだ。勇者と行動を共にするからには、おそらく人類で最高クラスの術者なのだろう? それでこれとは……」
「くぅぅ……っ」
若い女が悔しげに歯を食いしばり、魔王を睨み付ける。だが得意の魔術ですら傷つけられない魔王が睨んだだけでどうにかなるはずもない。
「さて、これで抵抗は終わりか?」
勇者を睥睨しながら、魔王が問う。勇者パーティにはもう一人いたが、フードを目深にかぶった男は大きな荷物を背負ったまま部屋の隅で震えており、戦う意思すら持たない荷物持ちなど魔王の眼中には入らない。
「まだだ……まだ僕は負けていないぞ!」
「ふむ? この状況で心が折れないのは流石勇者と言えなくもないが……それは単に現状の把握すらできていない愚か者の所業だ。そんなボロボロの聖剣で、一体どうしようと言うのだ?」
「……………………」
聖剣は唯一無二にて不壊の存在。それがボロボロになっている時点で偽物であることは明白。皮肉を込めた魔王の言葉に、勇者は黙って魔王を睨み付ける。そしてそんな勇者の横を、みすぼらしい男が駆け抜けてくる。
「こ、降伏します! だからどうか、俺だけは殺さないでください!」
「なっ!? 貴様!?」
仲間の驚きに勇者が声をあげるなか、転びそうな勢いで男が魔王に近づく。無論魔王からすれば男の嘆願など聞き入れる理由はなく、間合いに入ったところでその首を刎ねようと腕を振り上げ……
「よう、久しぶり」
「っ!?」
男がフードを取って晒した顔に、魔王の動きが一瞬とまる。そしてその一瞬を、勇者アレクシスは見逃さない。
「たぁぁーっ!」
「無駄な……ガァァァァ!?」
アレクシスの剣が魔王の鎧に当たり、その刀身が砕け散る。そしてその中から出てきたのは、光り輝く本物の聖剣。
「せ、聖剣!? 何だ、どういうことだ!?」
「知りてーか? 教えてやるよ……お代はこれで十分だ」
「ギャァァァァァァァァ!?!?!?」
ニヤリと笑ったフードの男が魔王の体に触れ、聖剣で腹を貫かれた魔王から力が失われていく。それと同時に魔王のなかを駆け巡るのは、幾つもの矛盾した思考。
(我は何故最初からあれほどの力を有していた? 人など簡単に滅ぼせる力があったのに、どうして魔王軍など結成して悠長に攻めていた? 違う、我はこの力を本体から奪い取って……ならば何故力を奪われ永遠に消失したはずの本体がここに……!?)
全ての力を本体から奪い取ったならば、本体は二度と世界に出現しないはずだ。というか、そもそもそこで世界が完結しているはずなのに、どうして「力を持った自分」が再び神の用意した舞台で魔王をやっていたのか? 何故か気にしていなかったことが次々と疑問として湧き上がり……やがて一つの結論が導き出される。
「ああ、そうか……我は最後の詰めを誤ったのか…………?」
「ま、そういうこった。お前は神の手のひらでしか踊れなかったが……俺はどうやら神を出し抜けたらしい」
「ハ、ハハハ……それは何とも……痛快なことだ……………………」
力のやりとりに伴って男の……エドの記憶と思考を垣間見た魔王は、最後にそう言って笑いながらその身を塵に変えていくのだった。
「…………これで終わり、か? 本当に?」
「ああ、間違いなくな。お疲れさん、アレクシス」
拍子抜けしたような顔をするアレクシスに、俺はポンと肩を叩いてそう告げる。終わってみればあっさりだが、ここに至るまではギリギリの綱渡りの連続だった。
「しかし、真の聖剣の力というのは凄まじいな。あれほど強大だった魔王を、こうまで簡単に倒せるとは」
「ホント、反則よね。まあそれがなかったら、いくらアタシが天才でもあの魔王にはちょっと勝てなかった気もするけど……」
「気もするというか、お主の魔術は全然通じていなかったではないか」
「何よ! それを言うならゴンゾだって全然だったでしょ!? いつも自慢してる筋肉はどうしたのよ!?」
「むぅ……ワシもまだまだ鍛え方が足りんということだな」
全身傷だらけのゴンゾと、色濃い疲労を顔に表すルージュが軽口を叩き合う。そんな二人を眺めてから、アレクシスが改めて俺の方に向き直る。
「それでも僕達の作戦勝ちだ。まったく君には驚かされてばかりだな」
「はっはっは、まあな!」
俺の立てた作戦は、こうだ。まず魔境と魔王城の間にある適当な場所に、俺達は拠点を作る。それは表向き「体調を崩したアレクシスが復帰するまで粘るため」と見せかけたが、実際には違う。アレクシスがいるはずの場所に作ったのは、ルージュの協力によって作った「転移結晶の転移先」だ。
で、そこを出口に指定した転移結晶を一つ持たせ、アレクシスに以前にティアから聞いた万が一の転移結晶を使わせてノートランドの城に飛ばす。そうしたら魔王の目を誤魔化すためと道案内も兼ねて、例の湖に行ったことがある騎士と一緒にアレクシスが移動。そのまま聖剣を回収したら即座に転移結晶でここに戻ってくるって寸法だ。
後は俺が「見様見真似の熟練工」と「半人前の贋作師」を駆使して聖剣の鞘を作り上げ、「復調した」アレクシスと共に魔王城に改めて進軍、魔王の隙を突いて一撃で決める……という流れだったのだが、その全てが上手くいった結果がこれである。
ちなみに、流石は聖剣というか、並の「鞘」ではその存在感を含めて刀身を隠すことができなかったので、材料として「薄命の剣」の柄を消費しちまったが……まあ仕方ないだろう。欲しけりゃまた材料集めて作ればいいしな。
「さて、それじゃ俺の役目はここまでだな」
「ん? おいエド、ここまでとはどういうことだ?」
「どうって、そのままの意味だよ。魔王は倒した、ならもう俺の仕事は終わりだろ?」
怪訝そうな目を向けてくるアレクシスに、俺はひょいと肩をすくめて答える。仲間を救って魔王を倒し、力も回収した。なら俺がこの世界でやるべきことはもう無い。
「てわけだから、俺は先に行かせてもらうぜ。ちょいとやりたいことがあるんでな」
「おい待て、エド! 魔王討伐の功績は君にもある! この僕に恥をかかせるつもりかい?」
「ならその功績で、勇者様への無礼を帳消しにしといてくれ…………ルージュ?」
手をヒラヒラと振ってその場を立ち去ろうとする俺の前に、俺より頭一つ分くらい小柄な女が立ちはだかる。いつもきつめな目つきだが、今日は殊更にきつい。
「ちょっとアンタ、このアタシの許可もなしで出て行くなんて、許されると思ってるわけ?」
「……はは、何だよルージュ。最初に会ったときは俺の事なんてどうでもよさそうだったのに」
「それは……っ! そ、そんな昔のことはどうでもいいでしょ! それより何でそんなに急いで出て行こうとするのよ?」
「……仲間を待たせてるんだ。大事な相棒をな。そいつを迎えに行きてーんだよ」
「ふむん? その旅、割と困難なものなのではないか?」
俺の声から何かを感じ取ったのか、ゴンゾがスッとルージュの横に立つ。
「旅は道連れと言うであろう? 今ならば優秀な武僧が雇えるぞ?」
「っ!? そ、そうね! アンタがどうしてもって言うなら、超天才魔術師であるアタシが力を貸してあげてもいいわよ?」
「…………アレクシス?」
「ハァ。魔王討伐の報告は僕がすればいいから、その二人がどうするかは僕には関係の無いことだ。城に寄ってくれるなら餞別くらいは渡すがね」
振り向いた俺の問いに、アレクシスが苦笑して言う。輝く頭よりもピカピカな笑顔を浮かべるゴンゾと、腕組みをしてそっぽを向きながらチラチラと視線だけ送ってくるルージュ。
ああ、そうか。俺達は本当に……本当に仲間になれたんだな。だが……
「……悪い、気持ちだけもらっとくよ」
俺の旅に、二人は連れて行けない。決意を込めた決別の言葉に、ゴンゾが寂しげに微笑む。
「そうか……ま、小僧が自分でそう決めたならば仕方あるまい。だが忘れるな。ワシらは小僧の……エドの仲間だ。困ったことがあればいつでも何処にでも駆けつけると約束しよう」
「……ふ、フンッ! このアタシを誘わなかったことを、この先一生後悔し続ければいいわ!」
「…………ありがとう」
おそらくこれが、今生の別れ。俺が魔王の力を回収したこの世界ではそれを起因とした勇者が生まれることもなくなり、仮にまたループを繰り返すとしても、もう俺がこの世界に来ることは無い。
特にルージュは……ティアがいないことによって生じた隙間に入り込んだルージュと出会えたのは、本当にただ一度きりの奇跡のはずだ。その顔を、その声を、俺は深く胸に刻み込む。
さらばだ、友よ。さらばだ、仲間よ。世界が巡って螺旋が回り、皆が俺を忘れても、皆の中から俺が消えても、俺はずっと覚えておこう。この日この時この場所で、皆と過ごした冒険の日々を。
「じゃあな!」
手を上げて、背を向けて。軽い別れの言葉を叫んで、俺は勇者パーティから離れていくのだった。




