何を以て勝ちとするか? 生きてりゃ大抵勝ちである
「……アンタ何言ってんの? 頭でも打った?」
「えぇ、そういう反応?」
予想外にちょっと可哀想な人を見る目を向けられ、俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。ドヤ顔で決め台詞を言った後にその返しは、とてもいたたまれない気持ちになるのでできれば辞めていただきたい。
「ってか、本当に何でアンタがこんなところにいるのよ!? アレクシスは!? そもそもどうやってここに!?」
「あー、はいはい。そういうのはまた後でな。今は他にやることがあるだろ?」
「……まあ、そうね」
俺の言葉に、ルージュが渋い顔で前を向く。前方に広がる魔王軍はジリジリと距離を詰めてきているが、相対距離はまだ割とある。
一気に攻めてこないのは、ルージュの消耗を狙っているからだろう。ロックワームの一件を教訓にして身に付けたカウンター系の魔術は、維持するだけでも魔力を消費し続けるはずだからな。
「ハァ。来ちゃったものは仕方ないけど、どうするつもり? 正直アンタがいたからって状況はそう変わらないわよ?」
「いやいや、悪いけどもう勝ち確だぜ?」
額に汗を滴らせながら言うルージュに、しかし俺は余裕の笑みで返す。そう、この勝負はもう勝っている。何故なら――
「んじゃ、ちょいと失礼」
「は!?」
俺は銀翼の剣を「彷徨い人の宝物庫」にしまい込み、ルージュの体をひょいと抱える。そしてそのまま軍勢を横目に見て……「追い風の足」を起動!
「あばよ魔王軍!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
可愛らしい悲鳴をあげるルージュをそのままに、俺は魔王軍を大きく迂回してその場を走り去る。これぞ必殺、逃げるが勝ち! 何処かの誰かが言っていた言葉だが、生きて逃げ切れるならそれは勝利と同義なのだ!
「な、な、な、な!?」
「舌噛むから喋るな! ちょっとだけ我慢しろ!」
驚き戸惑うルージュを胸に、俺はひたすら走り続ける。こんなことができるのは、今周においてゴンゾ式鍛錬をやり込んでいたからだ。いつもの俺の体と比べると、全身にあり得ない程の力が漲っている。うーん、やっぱり地道な鍛錬ってのはスゲーんだなぁ。
「はや、はや、はや、はや」
「もう少しだから待てって……見えた! おーい、アレクシスー!」
あっという間に魔王軍を置き去りにし、俺は逃亡するアレクシスに追いついた。必死に走っていたアレクシスとゴンゾのオッサンが俺の声に振り返り、ギョッとした表情をする。
「っと、とうちゃーく!」
「エド!? それにルージュ!?」
「どういうことだ小僧!? 突然姿が消えたと思ったら、ルージュを抱えて走ってくるとは……?」
「あー、はいはい。説明はまとめてするんで、とりあえずもう少し進みましょう。あとちょっと行けば軽く身を隠せる場所があるんで」
「…………説明はしてもらうからな!」
「へいへい、勿論。じゃ、下ろすぞルージュ……ルージュ?」
地面に下ろしたルージュが、ガクガクと膝を震わせている。だがその顔がふと俺の方を向くと、突然目にもとまらぬ速さでルージュの平手が飛んできた。
「速すぎるのよバカぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「イテェ!? 何すんだよルージュ!」
「何すんだはこっちの台詞よ! 何なのアンタ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「何だかよくわからんが、こんなところでふざけている場合ではあるまい! 小僧、本当にこの先に身を隠せる場所があるのか?」
「つぅぅ……あります」
「ならば全てはそこでだ! 二人ともいいな?」
「……わかった」
「……わかったわよ」
ゴンゾのオッサンに言われ、不承不承アレクシス達が頷く。その後は俺の先導で道から逸れて森の中へと入ると、その途中にあった小さな洞穴に全員で腰を落ち着けた。
「……本当にあったな」
「だな。で、小僧? 何故お主が初めて来るこの地の情報を持っていた? というか、さっきのは何だ?」
「そうよ、ちゃんと説明しなさいよ! あんなに速く走れるなんて聞いてないわよ!?」
怪訝そうな顔で周囲を見るアレクシスと、真剣に問い詰めてくるゴンゾ。あと猛烈に睨んでくるルージュを、俺はまあまあと手で制す。
「分かった分かった今話すって。実は俺は……神の声を聞いたんだ」
「神? エド、アンタやっぱり頭が――」
「ちげーって! さっきアレクシス達と走ってる時に、俺の頭にこう……フッと光が舞い降りてきてさ。で、このままだと俺達は全滅しちまうから、そうならないように行動しろって言われたんだよ。あ、さっきのスゲー速く走れるのとかは、その神様から一時的に借りた力って感じだな」
「全滅? それはつまり、僕が魔王に負けるってことかい?」
心底胡散臭そうな視線を向けてくるルージュとは違い、アレクシスが凄みのある声で問うてくる。まあ戦う前から負けるなんて言われたら、アレクシスなら当然の反応だろう。
だが、俺はそんなアレクシスの目をまっすぐに見つめ返して断言する。
「ああ、負ける。勇者アレクシス、アンタは魔王にかすり傷一つ付けられず、その首を刎ね飛ばされることになる」
「……へぇ、それは随分と愉快なことを言う神だ」
アレクシスの目がスッと細められ、その手が腰の剣に伸びていく。たとえ仲間だろうと、謂れの無い侮辱に甘んずるような男ではない……が、それは文字通り謂れの無い侮辱ならば、だ。
「仕方ないだろ? 魔王には聖剣でしか攻撃が通らないんだ」
「っ!?」
「? どういうこと? アレクシスは聖剣を持ってるでしょ?」
驚き息を詰まらせるアレクシスに対し、ルージュが不思議そうな声を出す。当然だ。アレクシスは聖剣を持っている……それは魔王すら知っている事実であり、魔王すら騙しきった真実。
「エド、君はまさか本当に……!?」
「言っただろ? 神の声を聞いたってな」
目を見開くアレクシスに、俺はニヤリと笑って見せる。そしてそんな俺に、今度はゴンゾが話しかけてくる。
「なるほど、故にワシ等は全滅する、か……いや待て。小僧お主、先ほど『そうならないように行動する』と言ったな? ならば……」
「ふっふっふ……勿論、ありますよ。とっておきの作戦がね」
俺の力の大半は、あの時魔王に奪われてしまった。力の移譲は時間の影響を受けないので、この世界の魔王は最初から強大な力を持っていたという設定に置き換わっている。今は俺という絶対の観測者がいることで世界の歴史が書き換わるのを防いでいるが、一度でもこの世界を抜けて入り直す……要は次の周にでもなれば、俺が訪れるのは強大な魔王によって滅ぼされた世界になることだろう。
まあ、それはいい。いや良くはねーけど、どうしようもない。元々手も足も出なかった相手が更に強化され、しかも今ここで決めなければ世界そのものが駄目になるという絶望的な危機ではあるが……何事にも例外というのはあるのだ。
「ねえ、何かアタシだけ話に置いて行かれてる気がするんだけど? このアタシを蔑ろにしようなんて、アンタ随分偉くなったじゃない?」
「痛い痛い痛い! 耳引っ張るなって! 大丈夫だから! ルージュにも大活躍してもらうから!」
「あらそう? ま、アタシの見せ場を奪ったんだから当然よね!」
「ふぅ……ったく、敵わねーなぁ」
「……なあエド。ルージュを連れてきた時から君の態度が違うような気がするんだけど、それも神の声とやらを聞いた影響なのかい?」
「へ!? あ、いや、それは……」
その指摘に、俺は少しだけ焦って口ごもる。あー、そういやこの周の俺はもう少しアレクシスと距離のある関係だったか。ぬぅ、しかし今更誤魔化すってのも――
「何言ってるのアレクシス?」
と、そこでルージュが口を挟んでくる。フンと鼻を鳴らしてから俺の顔を見て、そしてすぐにアレクシスの方に向き直る。
「エドはエドじゃない。こんな間抜け面が何人もいるわけないでしょ?」
「ガッハッハ! そうだな。小僧の筋肉は間違いなく小僧のものだ! これで偽物ということはあり得まい!」
「ルージュ、それにゴンゾのオッ……さん……」
二人の言葉に、その温かみのある視線に、俺の胸がジンワリと熱くなる。世界が変わっても時が巻き戻っても、積み重ねたものが完全に失われるわけじゃない。そんな都合のいい妄想があるんじゃないかと感じられて、口元が釣り上がってしまう。
「……まあ、そうか。確かに僕も、何故かエドに名を呼ばれるのに違和感を感じないしね。実に不思議な話だが……いいだろう。ではエド、君の考えた作戦とやらを説明してくれるかい?」
「わかりました」
奇跡に二度目が無いのなら、絶望だって二度はいらない。世界を救い力を取り戻し、心置きなくティアを迎えに行くためにも……さあ、ハッピーエンドに向けての行動開始だ。




