忘れていることすら忘れていても、決して失われるわけではない
「うぅ、最悪だわ。何でアタシがこんな目に遭わないといけないのよ……」
ロックワームの開けた穴の中。俺の隣で膝を抱えて座り込むルージュが、そんな弱音を口にする。確かにこの状況はあまりよろしくはないが、ならばこそ俺にだって言いたいことがある。
「そもそもルージュが逃げなかったからだろ。何でだよ?」
「フンッ、だからアンタは凡人なのよ! いい? ロックワームは凄く生命力が強いの。だから単に内臓を焼いたくらいじゃ死なないのよ」
「えぇ……?」
その言葉に、俺は思わず顔をしかめる。それが生き物であるなら、普通に考えて内臓を丸焼きにされたら死ぬと思うんだが……死なねーの? スゲーなロックワーム。伊達に石は食ってねーぜ。
「特に今回のロックワームは、お腹いっぱい食べた後だったもの。あのまま放置して逃がしたら、人の手が届かない地の底で休眠に入ったはず。そうなったら一〇年か二〇年か……そのくらい後にはさっきよりずっと強くて大きいロックワームが暴れ回ることになったでしょうね」
「おおぅ、そりゃ大変だな。ってことは、さっき心臓がどうとか言ってたのは……?」
「撃ち出した魔術の先端で、ロックワームの内側の熱を調べてたのよ。で、心臓だと思う場所を爆破したから……死体の確認はできないけど、それでも間違いなく倒したはずよ」
「何だよ、スゲーじゃん! さっすが天才魔術師のルージュ様だ! これ歴史に名が残っちゃうやつじゃね?」
「そんなのどうでもいいわよ。アタシは自分の仕事が適当で終わるのが嫌だっただけだし。それに歴史に名前なんて残って当然じゃない! アタシはこれからアレクシスと一緒に魔王を倒すのよ?」
「ああ、そりゃそうか。確かにそっちも文句なしの偉業だわな」
フンとつまらなそうに鼻を鳴らすルージュの言葉に、俺は納得して頷く。荷物持ちの俺はともかく、勇者と共に魔王を倒した大魔術師となれば、名前どころかどっかにでかい像が建ちそうだ。
「ハァ……だっていうのに、どうしてこんなことになってるのかしら?」
「あの状況じゃ仕方ねーだろ。ま、生きてるだけで儲けもんさ」
咄嗟に飛び込んだロックワームの穴は、直径二メートルほどの丸い空間だ。あのデカブツが自分で移動するために掘った穴なら崩れないだろうと読んで飛び込んでみたわけだが、どうやらとりあえずの賭けには勝てたらしい。
「幸いにして明かりもあるし、こんだけ奥が深けりゃ空気も平気だろ。水も食料も多少は持ってるから、あとは救助を待つだけってな」
「……その脳天気さが、今はちょっとだけ羨ましいわ」
あえておどけたように言う俺に、ルージュが呆れた視線を向けてくる。だが実際、状況はそこまで悪くはない。特に最後の瞬間で荷物を回収できたのがでかい。すぐに戻るつもりだったので大した量じゃないが、それでも四人分を二人で分けるなら単純に倍量だしな。
「ねえ、どのくらいで助けが来ると思う?」
抱えた膝に顔を埋め、どことなくいつもの覇気が感じられないルージュの問いに、俺は軽く首をひねって考える。
「うーん。まともな手段なら、早くても一〇日……下手すりゃ一ヶ月くらいはかかるんじゃねーかな?」
「は!? 何よそれ、そんなの待てるわけないじゃない!」
「慌てんなって。まともな手段ならって言ったろ? 俺達がどうやってここに来たかは、ルージュだって知ってるだろ?」
「……ああ、そうね」
言われて思い当たったのか、ルージュが微妙な笑みを浮かべる。今回もゴンゾ式筋肉削岩法をフル活用してくれれば、三日くらいで救助に来てくれるんじゃないかと期待できる。その程度ならば手持ちで十分しのぎきれる。
「てか、アンタさっきからどさくさに紛れてアタシのこと呼び捨てにしてるわよね?」
「あー、へいへい。わかってますよルージュ様」
「何それ、馬鹿にしてるの? 今この場でアンタを燃やしてやってもいいのよ?」
「おお怖い! そしたら俺は、焼き殺されるために仲間を助けた本物の馬鹿ってことになりそうだな」
ジロリと睨んでくるルージュに、俺は肩をすくめてみせる。するとルージュは怪訝そうな目で俺の顔を覗き込んでくる。
「……アンタ、アタシのこと怖かったんじゃないの?」
「最初のうちはそうだったけど、何だかんだで半年も一緒にいればなぁ……」
アレクシスとルージュ、選ばれし者の傲慢に振り回されるのを、俺は確かに恐れていた。何せ初見で腕を切り飛ばされそうになったり、それを見て「さっさと済ませろ」なんて平然と言われたりしたわけだからな。
だが半年も一緒にいれば、相手の人となりもわかってくる。アレクシスもルージュも確かにトゲトゲしたところはあるが、その根底は決して冷酷無比な人間じゃない。もし本当にそんな奴らだったら、俺なんてとっくに使い潰されているだろうし……とっくに「追放」されて、元の世界に帰っていたことだろう。
「そう言えば、アンタの話ってあんまり聞いたことなかったわよね。暇なんだし聞かせなさいよ」
「何だよ唐突に。俺の話? いや、俺に面白い話なんて無いぜ?」
「いいじゃない。別に田舎者だからって馬鹿にしかしないわよ」
「それは……って、いや待て。今お前馬鹿にするって言わなかった?」
「当たり前でしょ? アタシが指さして笑ってやるから、さっさと話しなさいって言ってるのよ!」
「滅茶苦茶言うなコイツ……えーっと、何かあるか?」
良くも悪くも調子を取り戻してきたルージュに苦笑しつつ、俺は頭を昔のことを思い出そうとする。が、どうにももやがかかったようというか、場面場面は思い出せるのにその前後がわからないというか……ありゃん?
「……何で黙るのよ。そんなにアタシと話したくないわけ?」
「そうじゃねーって。ただこう……何だ? 昔のことが微妙に思い出せないというか……」
「は? アンタ二〇歳でしょ? その歳でボケるってどうなのよ?」
「ボケてねーよ! いや、でも何で……うーん?」
深く考えれば考えるほど、記憶の落差に悩みが深まる。まるで劇でも見ていたかのように、派手な光の当たるシーン以外は暗転して何も見えなくなってしまう。
そしてその代わりに、体験したこともないような不思議な記憶が泡のように浮き上がってくる。海賊船で海を行き、不思議な学校で先生をやり、ゴツいドワーフと剣を打ったり、ばか高い石の塔の隙間を飛び回ったり……
「ちょっと、何でいきなり泣き出すのよ!?」
「へ!?」
不意にルージュが驚きの声をあげ、俺は自分の頬に手を当てる。するとそこには濡れた感触があり、なるほど確かに俺は泣いているらしい。
「ねえ、ホントにどうしたの? 泣くほど嫌だって言うなら……いいわよ、別に。何も話さなくっても」
「いやいや、本当に違うから! てか、何で俺は泣いてんだ?」
「アタシが知るわけないでしょ! 何なのよアンタ?」
「はは、そうだな。本当に何なんだろうな、俺」
涙の理由は、自分でもわからない。悲しむ理由なんてこれっぽっちも無いはずなのに、理由が無いということそのものがどうしようもなく悲しく感じられる。
「なあ、ルージュ……様? 俺の話じゃねーんだけど、ちょっと面白そうな話を思い出したんだ。聞いてみるか?」
「……いいわ、聞いてあげる。でもつまらなかったらタダじゃおかないわよ?」
「えぇ、何されるんだよ……ま、いいさ。多分面白いだろうからな。最初は何がいいか……壺を割る勇者の話とかどう?」
「? 何で勇者が壺を割るの?」
俺の話に、ルージュがキョトンとした表情を見せる。お、これはなかなかの食いつきか?
「ふっふっふ、それを含めての話さ。どうだ、聞きたいか?」
「ちょ、ちょっと! ちょっとだけなら、期待してあげるわ! で、何なのよ壺を割る勇者って!」
「まあ待てって。この話は――」
二人しか居ない地の底で、ランタンに照らし出されたルージュの瞳が好奇心に輝く。俺はその期待に応えるべく、何処とも知れぬ世界の英雄譚をゆっくりと語っていった。




