同行者と仲間には、近くて遠い距離がある
「ほら、何やってるのよ凡人! さっさとこっちに来なさいよ!」
「へいへい。少々お待ちくださいルージュ様」
急かすルージュに、俺は大きな背嚢を軽く背負い直しながら言う。似たようなやりとりを以前もしたことがあるが、あの頃と違うのは俺の足取りはしっかりとしており、もはや四人分の荷物程度じゃびくともしないということだ。
「ガハハ。小僧、随分と様になってきたではないか」
「ありがとうございますゴンゾさん。ゴンゾさんのおかげですよ」
「何を言うか。頑張ったのはお主自身であろう? ワシは少々手助けしただけだ」
「それでも、その手助けがなかったらここまではなれませんでしたから」
上機嫌に笑うゴンゾに、俺はお世辞でも何でもなくそう告げる。実際俺がどれだけ必死に頑張ったとしても、たった半年でこれだけの身体能力は得られなかっただろう。
何せ普段は勇者パーティとして活動しているのだ。一区切りつく毎に休息日はあるが、次の冒険に疲労を残さないように休むこともまた仕事なので、純粋に筋トレに打ち込める時間というのは、普通の人が考えるよりも実はずっと少ない。
だがそんな少ない時間を、ゴンゾ式鍛錬法は最大限に活用させてくれる。今の俺の体はかつて無いほどに鍛え上げられており、服を脱いだ下には惚れ惚れするようなムキムキボディが……まあそこはかとなくありそうな感じになっているのだ。
……半年。そう、半年だ。俺は既に、この勇者パーティで半年を過ごしている。にも拘わらず追放されずに努力を続けているのは、今後のためである。
いやだって、そうだろ? 今後も色んな世界で勇者パーティに入る必要があるとして、俺ができるのはやはり荷物持ちが最有力だ。なら最高に恵まれたこの環境できっちりと体を鍛えておけば、以後の世界でも一流の荷物持ちとして通用するはず。ならばここで頑張っておくのは、後の世界でのスムーズな追放に繋がる。
全ては計算。決して俺がこのパーティに愛着を感じているとか、荷物持ちの仕事にやりがいを覚え始めたとか、そんなことでは決してない。胸の奥で疼く「もう少しこの世界で頑張るべきだ」という感情は、より早く家に帰るための打算以外の何物でもないのだ。
「ところで小僧。そろそろ次の目的地ではないか?」
「あ、はい。今確認します」
そんな考えに耽溺していた俺だったが、ゴンゾに声をかけられて慌てて腰の鞄から地図を取りだして確認する。バリバリの軍事機密である地図も、勇者パーティである俺達には貸し与えられているのだ。
「そうですね。確かにもうちょっとだと思います」
「まさか道に迷ったりはしてないわよね?」
「いやいや、街道まっすぐ歩いてて迷うも何もねーだろ」
ジロリと俺を睨んでくるルージュに、俺は思わず苦笑する。分岐の右と左を間違えでもしなければ、街道を歩いていて迷うことなどあり得ない。
「ハァ。少し前までなら馬車が出てたのに、まさか徒歩で向かうなんてね……面倒くさい」
「仕方なかろう。鉱山都市で鉱山が駄目になってはなぁ……」
ため息をつくルージュに、ゴンゾが気遣わしげな声で答える。俺達が向かっているアトルムテインという町は、町の側にある銀山の採掘と、そこから掘り出された銀の加工によって栄えていた町だ。
だが、おおよそ三ヶ月前にロックワームという魔獣が出現したことにより、その様相は一変する。鉱物を食い荒らすロックワームによって大量の銀が食い荒らされたばかりか、ロックワームが無秩序に掘った穴によって坑道そのものが崩落してしまい、ここに住む人々の飯の種がいきなり無くなってしまったのだ。
結果、町からは住人のほとんどが出て行ってしまい、今や乗合馬車すらアトルムテインには向かわない。そんな場所に俺達が向かっているのは、町の現状の確認と可能であればロックワームの討伐の任務を勇者パーティとして引き受けているからである。
「アトルムテインは近くの山から産出される良質の銀を加工する、大きく活気のある町だった。銀を加工する職人にもなかなかの腕利きが揃っていたようで、アトルムテイン製の銀食器は僕も愛用していたんだけど……」
アレクシスの言葉が、途中で途切れる。遠目に見えた町は歩くほどに近づき、遠くからでは見えなかった町の姿が嫌でも目に入るようになっていく。
「…………まさか、こんなことになるとはね」
「うっわぁ……」
「むぅ、これは……」
「ひでぇ…………」
少しだけ悲しげに呟くアレクシスに、俺達も思わず声を漏らす。立ち並ぶ家々には人の気配がほとんどなく、立ち並ぶ煙突からは煙の一筋すら上ってはいない。
通りにはいくつかの屋台が建ち並んでいたが、かつてそこで売られていたであろう食料品や雑貨は影も形も無い。破損している屋台も多く、ベキリとへし折れ屋根が崩れている様は見る者にたとえようのない寂寥感を与えてくる。
死んだ町。そんな単語が頭をよぎり、それ以外にどう呼べばいいかわからないほど、アトルムテインは終わっていた。
「すまない、ちょっといいか?」
「…………なんでしょう?」
辛うじて通りを歩いていた女性に、アレクシスが声をかける。普段は身分相応の高圧的な態度を取るアレクシスが珍しく丁寧な感じだが、流石にすすけた服を纏いくたびれ果てた顔をする年配の女性に強く当たるほど非情ではないってことだろう。
「僕はこの町の調査とロックワームの討伐の依頼を受けてきた、勇者アレクシスだ。この町の代表者の住む場所と、あとは営業している宿の場所を教えて欲しいんだが……」
「勇者様ですか……町長さんの家は少し奥まったところにありますので、この先をまっすぐ進んだ役場で改めて聞くのがいいと思います。宿は……申し訳ありません。おそらくですけど、もうこの町に営業している宿屋は無いと思います」
「そう、か……ありがとう、助かった。少ないが、これを取っておいてくれたまえ」
「……………………」
アレクシスが懐から財布を取り出し、女性に銀色の硬貨を握らせた。だが女性はそれに大した反応をすることもなく、ぺこりと一礼をしてその場を去って行った。普段ならそんな態度を取られれば「この僕の施しに対して随分と無礼じゃないか?」と憤るだろうアレクシスが、しかし今回は無言でその背を見送ってから俺達の方に戻ってくる。
「何よ、今日は随分と大人しいのね? いつもなら大声で騒ぎ立てて、何なら剣を抜くくらいしたんじゃない?」
「僕だって相手くらいは選ぶさ。君と違ってね」
「あら、アタシだって選ぶわよ? アンタと違って気に入らない相手は初手で燃やしちゃうから喧嘩にはならないけど」
挑発するようなアレクシスの言葉に、ルージュが意味深な笑みを浮かべて言う。え、何それ怖い。ってかその理屈だと俺は腕を切り飛ばしてもいい相手だと思われてたってことになるんだが……
まあ、そうなんだろうな。自分を知らない奴なんていないと思ってるアレクシスからすれば、わざわざ自分にぶつかってくる相手なんて切り捨てないだけ温情くらいの感覚なんだろうし。王子様じゃなぁ、仕方ないよなぁ。
「さて、それじゃ向かうか。エド、宿の確保をしておいてくれ」
「へ? いや、さっきの人が経営してる宿屋は無いって言ってませんでした?」
意味不明なアレクシスの頼みに、俺は間抜けな声をあげて聞き返してしまう。するとアレクシスは呆れ顔で軽く顔をしかめる。
「言っていたが、泊まる場所は必要だろう? それに営業してる宿がなかったとしても、かつて宿だった建物はそのままのはずだ。少し手入れをすれば十分に使えると思わないかい?」
「そりゃまあ……でも、勝手に使って平気なんですか?」
「町長と話す時に、僕が許可を取っておく。だから君は僕に相応しい宿を確保しておいてくれたまえ」
「了解です、勇者様」
頷いて一礼すると、アレクシス達は俺を残して歩いていく。勇者パーティの一員ではあっても、俺は所詮荷物持ち。扱いは同じではないし、今回みたいに偉い人との話し合いには同席しない。
とは言え、それに不満はない。むしろ面倒事が減って嬉しいくらいだし、こういう扱いだからこそ、俺は勇者パーティに居場所があるのだ。やるべき仕事が目の前にあるのはわかりやすい安心に繋がるしな。
「んじゃ、まずは建物の選別と、それから掃除と洗濯……いや、寝具とかは残ってねーか? 新品とまでは言わずとも、程度のいいのが調達できれば……それにこれだと飯屋も厳しそうだし、食料の調達も? ふふふ、頑張りますか!」
誰も見ていないからこそ、全力で頑張る。俺は腹の底から気合いを入れると、改めて町の中を走り出した。




