見つめる者と見守る者
今回は三人称です。ご注意ください。
「ふーん、まだ続いてるのね」
ここ一月ほど拠点としている、とある町の郊外。今日も今日とて無茶苦茶な量の鍛錬に明け暮れるエドの姿に、ルージュは興味が無さそうな声を出す。そしてそんなルージュに、側にいた別の男が声をかける。
「どうやらそのようだね。僕の見立てでは、精々一〇日も保てばいい方だと思っていたんだが……」
「あら、奇遇ね。ちなみにアタシは初日で辞めると思ってたわ」
手頃な石に腰を落とし、訓練風景を見ているアレクシスの呟きに、ルージュは立ったままでそう答える。隣に座ることもできるし、冒険者なのだからその程度の衣服の汚れを気にしたりはしないが、然りとて仲良く並んでパーティメンバーの鍛錬風景を眺めるほど親しいというわけでもないのだ。
「ホント、凡人って大変よね。あんなに必死にならなきゃ強くなれないなんて」
「同感だな。だが君は、もう少しくらい体力はつけてもいいんじゃないか?」
「嫌よ、必要ないわ。体を鍛えるくらいなら、体を鍛えた人を雇ってアタシを運ばせるもの。その方がずっと効率がいいじゃない?」
「……フッ、実に君らしい答えだ」
ルージュの言葉に、アレクシスは呆れと感心を半々に混ぜた言葉を返す。
実際、それは正しくもあり、間違ってもいる。普通の冒険者であれば魔術師だろうと体力は必須だが、ルージュは違う。彼女が慣れない筋トレで体力を身に付ける時間を魔術の研鑽に費やせば、その成果は何十倍にも膨れ上がるのだ。
ならば不得手を克服するより得手のみを追求し、足りない分を金で、道具で、あるいは他人でカバーすればいい。ルージュにとって自分のできないことは自分でする必要のないことであり、できないことを恥だとは思わない。ただ最強の魔術師であることだけがルージュの全てであった。
「にしても、本当にエグい鍛錬よね……何あれ、拷問?」
目の前で行われている行為に、ルージュが露骨に顔をしかめる。動けなくなるほど体を酷使し、それをすぐに回復させて再び同じ事を始めるなど、ルージュには心を折るタイプの拷問にしか思えない。
そしてそんな感想に、アレクシスも思わず苦笑する。
「拷問というのは言い得て妙だね。確かにあれは、自分の心が折れない限り永遠に続く拷問だ。僕もかつてやったことがあるけど……」
「え、嘘!? アンタあれやったの!? 正気!?」
「…………まあ、多少正気ではなかったかも知れないね」
それは自分も含めて、世界中に片手で数えられる程の数の者しか知らない秘密。自分が腰に佩いている剣は、実は本物の聖剣ではない……その事実を知った時、アレクシスは生まれて初めて自分の力に疑問を持った。
故に当時既に交流のあったゴンゾに、聖剣が無いことを周囲に悟らせないくらい強くなりたいと相談したことがあったのだが……
「……うん、そうだ。あれは正気で続けられるものじゃない。勿論僕ほどの人間であればいくらでも続けられたけれど、周囲に必死で止められたよ」
アレクシス自身は強くなるために多少の代償を払うことなど厭わなかったが、周囲の者は違う。世界で唯一の勇者であり大国の王子であるアレクシスに万が一のことがあっては困ると、拷問まがいの特訓は猛烈な反発を呼んだのだ。
無論それを無視して続けることもできたが、アレクシスはそうしなかった。聖剣不在を誤魔化すために強さを求めたのに、それで周囲の不興を買い不安を煽ってしまうのでは本末転倒だからだ。
「ま、今考えればそれで正解さ。あんなに無様に足掻かなくとも、僕は普通に鍛錬するだけで十分に強いからね」
「ふーん……あれ? でも、アンタが諦めた鍛錬を続けてるなら、アイツそのうちアンタより強くなるんじゃない?」
「……君は耳が悪いのかい? 僕が何時鍛錬を諦めたと? それに彼が僕より強くなるだって? ああ、すまない。耳だけじゃ無く頭も悪かったのか」
「あらあら、おかしいわね? 凡人如きに剣を受け止められたへっぽこ勇者様が、何やらブーブーわめいてるみたいだわ? ごめんなさい、アタシは大人の女性だから、負け豚の鳴き声は理解できないのよ」
「ふふふ…………」
「ふぅーん…………」
アレクシスとルージュ、剣と魔術という違いはあれど、どちらも自分の才を信じて疑わない者の視線がぶつかり合う。不穏な空気が漂い始めるなか、二人の目から火花が飛び散り……だがその原因は、双方の頭に叩き込まれた拳骨だ。
「ぐっ!?」
「あぐっ!?」
「まったく、何故お主達はちょっと目を離すと喧嘩をしておるのだ!?」
エドの側にいたはずのゴンゾが、いつの間にやら二人の側に立っていた。呆れた声を出すゴンゾに、まずはルージュが噛み付く。
「いったー!? 何するのよゴンゾ! アタシみたいな華麗な淑女の頭を殴りつけるなんて、信じられない!」
「何が華麗な淑女だ、そんなものはもっと筋肉をつけてから言え!」
「アンタも言葉が通じないの!? 今の台詞の何処に筋肉要素があったわけ!?」
「? 筋肉は華麗であり、貞淑であろう?」
「…………もういいわ」
心底不思議そうな顔をして首を傾げるゴンゾに、ルージュはあっさりと抗議を取り下げる。アレクシス相手ならまだしも、ゴンゾと言い合いをしても全てが筋肉に変換されてしまうことは既にわかりきっているのだ。
そしてそんなルージュと入れ替わるように、今度はアレクシスが恨みがましげな目をゴンゾに向ける。
「ぐぅぅ……この僕の頭をこれほど気安く殴れるのは、君だけだぞゴンゾ?」
「ガッハッハ! ならばこれからもガンガン殴ってやらねばな!」
「そういうことじゃないだろう! チッ、魔王を討伐して僕が王になった暁には、必ず不敬罪で投獄してやるからな!」
「おうおう、ではその時を楽しみにしておこう」
それは幼い頃から知り合いである、アレクシスとゴンゾの定番のやりとり。勇者であり大国の王子でもあるアレクシスにとって、ゴンゾは唯一気の置けない相手であった。
「で、彼はどうだい?」
そんなお約束のやりとりを終えると、アレクシスは改めてゴンゾに問う。それに対するゴンゾの答えは、何とも冴えないものだ。
「ふむ、まあ並だな」
「並、か……まあそうだろうね」
身も蓋もないゴンゾの評価に、アレクシスは少し離れた場所で鍛錬を続けているエドに視線を向ける。手加減していたとはいえ自分の剣を止めたセンスには光るものを感じているとはいえ、それ以外……特に身体能力に関してはごく普通の冒険者相当だというのは、アレクシスからしても同意見だ。
だが、だからこその疑問も浮かぶ。アレクシスはエドを見たまま呟きを重ねる。
(ならば何故、並でしかない男がそこまで頑張る? 一体何が彼を突き動かしているんだ?)
並なら並の生き方をすればいい。背伸びをして勇者パーティにくっついてくるなど、誰にとっても幸せにはならない無謀な行為だ。
あるいはそこまでして「勇者パーティと行動を共にした」という栄誉に縋りたいのかとも思ったが、今のエドを見ればとてもそうは思えない。そんな考えで続けられるほどあの鍛錬が甘くないことは、アレクシス自身がよくわかっている。
「……本当に読めない男だ」
「いいじゃない。間違いなく体力はついてるんでしょ? 使えない荷物持ちがまあまあ使える荷物持ちになってくれるなら、アタシとしては十分よ」
「ハァ、君は単純でいいな」
「何? また喧嘩売ってるわけ?」
「だから辞めんか! それ以上続けるなら、お主達も小僧と一緒に鍛え上げるぞ?」
「冗談言わないで! もういいわ、帰る!」
気まぐれにやってきたルージュは、そうして気まぐれに町に戻っていく。その背を見送りながら、アレクシスは小さくため息を吐いた。
「……ルージュは結局何をしにきたんだ?」
「ははは、お主と同じで小僧が気になったのではないか?」
「僕が? まさか。僕がここにいるのは……まあ、ちょっとした気まぐれだよ」
「フッ、そうか」
その気まぐれもまた、気になっているという点では同じ。だがゴンゾはそんなことをいちいち言わない。ただ親のように優しい眼差しでアレクシスを見て、それから必死に頑張っているエドの方に視線を向ける。
互いに若く優秀であるが故に、相手に合わせることをせず度々かち合うアレクシスとルージュ。そんな二人の関係をどうにかしたいと思っているゴンゾだったが、倍も年上の自分では上から押さえつけることはできても、間に入って並び立つことはできない。
(だが小僧。ひょっとしてお主なら、この二人が変わるきっかけになれるかも知れんな)
「ぐっ……はっ! もう…………一回……っ!」
「ふむ、そろそろ頃合いだな。おーい小僧! 今回復してやるから、少し待ってろ!」
決して諦めない凡人。空回りする大きな歯車の間に必死に回る小さな歯車が入ったならば、全てが上手く回り始めるのではないか? それは都合のいい希望だが、特訓の対価として勝手に期待する程度はいいのではないか?
願わくば、全ての若者達に輝かしい未来を。そんな思いを胸に秘めつつ、ゴンゾは地に倒れピクピクしているエドの方へと歩み寄っていった。




