一見無秩序に見える集団にも、必ず何かの基準がある
「ほら、何やってるのよ凡人! さっさとこっちに来なさいよ!」
「へーい…………」
とある田舎村近くの森。でかい荷物を背負って歩くのは、当然ながら俺だ。何せ荷物持ちだからな。
「…………ねえ、自分で言っておいて何だけど、アンタ本当に平気なの?」
「だ、大丈夫だから……気にするな……」
ただ、俺の体は残念ながら荷物持ちには向いていない。雑傭兵……ここでは冒険者と言うらしいが、一般的な冒険者として過不足無い筋力や体力はあるが、それでも俺はどちらかと言えば技術寄りの剣士だ。俺の隣で無駄に筋肉を誇示しているハゲ武僧のオッサンと違い、四人分の物資を背負って余裕で歩けるほどの力は持ち合わせていないのだ。
「ハァ。これならゴンゾに全部持たせた方が効率がいいんじゃないか?」
「そうかも知れんが、ワシはいざという時は皆の盾にならねばならんからな。そんなワシが物資を抱えるのでは困るというのは、それこそお主達が言っていたのであろう?」
「まあ、そうなんだけどね」
へっぴり腰で歩く俺を前後に挟み、アレクシスとゴンゾがそんな会話を交わしている。確かにゴンゾの筋肉ならこの程度の荷物はものともしないのだろう。
が、盾役が荷物を持つのが悪手なのは間違いない。一番敵の攻撃に晒される人物に物なんて持たせたら、いつ魔獣の攻撃で駄目になるかわかんねーしな。
「っていうか、回復と盾役の両方を兼ねるのがそもそもおかしいのよ。普通別でしょ? 何で一番死にやすい場所に、一番死んだら駄目な神官を置くのよ?」
「僕もそう思いはするんだけど、ゴンゾより優れた回復魔術を使える者も、ゴンゾより頑強な体を持つ者も見たことがないのさ。ルージュには心当たりがあるのかい?」
「それは……無いわね」
肩をすくめて言うアレクシスに、ルージュが少しだけ考えてから答える。そしてそんな二人に、ゴンゾもまた笑って答える。
「ガハハ、よいではないか! 誰よりも傷を受けやすいワシが自分で自分を癒やせるなら、それこそ無敵の盾であろう? 信仰と筋肉! 折れず歪まず裏切らぬこの二つが合わされば、どんな困難だろうと打破してみせよう!」
「ゴンゾさんは本当に凄いっすね……」
「まあな! なに、小僧もワシと一緒に鍛えれば、すぐに強くなれるぞ!」
「が、頑張ります……」
平時なら丁重にお断りしたいところだが、今の状況で体を鍛えてくれるというのは素直にありがたい。何せ俺には勇者パーティに同行しなければならない理由があるのだ。ここで捨てられないためにも、まずは荷物持ちとして十分以上の実力を身に付けたい。
「ただまあ、そうだな。欲を言えば補助系の魔術が使える者がいれば、更に盤石であっただろうがなぁ」
「仕方ないさ。いい感じの精霊魔法が使えるエルフでもいればよかったけど、見つからなかったしね。まあ、その結果ルージュが入ったわけだが」
「何よ! まさかアンタ、このアタシを間に合わせ扱いするつもり!?」
アレクシスの言葉にルージュが思い切り食ってかかる。だがアレクシスはそんなもの何処吹く風だ。
「君の実力は認めるけれど、それとこれとは別だろう? 少なくとも僕は、天才を自称する魔術師が飲み水の生成すらできないとは思わなかったよ」
「うぐっ!? し、仕方ないでしょ! アタシの得意なのは火の魔術で、水とは相性が悪いのよ!」
「ハァ……」
「フンッ!」
ため息をつくアレクシスに、むくれた顔でそっぽを向くルージュ。そしてそんな二人を見て苦笑いを浮かべるゴンゾ。どうやらこれが勇者パーティの現状らしい。
「まったく困った者どもだ。もう少し協調性というものを持ってもよかろうに……なあ小僧、お主で何とかならんか?」
「えぇ? それは流石に……」
困ったような顔のゴンゾに、とは言え俺も同じ困り顔を返すことしかできない。そういうのは常に笑顔を絶やさず、何事にも好奇心を発揮し、誰とでもすぐに仲良くなるような人物の仕事だ。そんなエルフでもいれば……ん?
(何でエルフ?)
エルフはどちらかと言えば排他的な種族だ。三〇〇年という長い寿命のせいか悪意無く他の種族を下に見る……と言っても見下すというよりも、子供を相手にするような感じだが……者も多く、協調性のある種族では決してない。
だが今、俺の頭にふと浮かんできたのはやたらと人懐っこいエルフの印象だ。はて、そんなエルフと出会ったことなんて無いはずだが……うーん?
「おっと、客のお出ましのようだぞ」
と、そんな事を考えていた俺の意識が、ゴンゾの言葉で急速に引き戻される。すぐに背負っていた荷物を地面に置いて周囲に意識を巡らせれば、木々の向こうからこちらに向かって移動してくる魔獣の気配を感じ取れる。
「来てるな……三、いや四か?」
「へえ? 奥に隠れてる魔獣を見逃さないとは、最低限の実力はあるようだね」
俺の漏らした呟きに、アレクシスが感心したような声を出す。正直俺自身も妙に感覚が鋭くなっていることに若干の戸惑いを覚えているんだが、それを正直に口に出したりはしない。勇者パーティに食いつくなら、命の危機を背負ってでも過大評価を受けておくべきだからな。
「シザーマンティス! ワシが前に出る!」
ゴンゾの発言と共に現れたのは、二メートルほどの細長い体躯と腕の先が巨大な鎌となった魔獣。ガサガサと派手な音を立てながら飛びかかってきたシザーマンティスが、自慢の鎌を獲物に向かって振り下ろす。だが……
「むぅん!」
薄ければ金属鎧すら裁ち切る鋭い鎌も、筋肉がミチミチに詰まったゴンゾの腕を切断することはできない。鎌が食い込んだ腕に力を込めることで、逆にゴンゾの方がシザーマンティスの動きを制限させる。
「フッ、大きくても所詮は虫か! ハァ!」
鎌を引き戻せずジタバタするシザーマンティスの首を、アレクシスの剣が一撃で跳ね飛ばす。すると首のなくなったシザーマンティスの体をゴンゾが蹴り飛ばし、追加で来ている二匹の鎌もその体で受け止め、筋肉で締め上げる。
「はっはー! この程度ではワシの筋肉は破れぬぞ!」
「俺は左を!」
「いいだろう」
シザーマンティスが怖いのはあの鎌があるからであって、それが動かない以上大した脅威じゃない。俺は拘束されたシザーマンティスの柔らかそうな腹に剣を突き立て、そのまま引き裂く。するとずるりと内臓がこぼれ……うひょっ!?
「きもちわるっ!?」
「油断するでない!」
こぼれた内臓から細長い何かがウニョッと姿を現し、俺は思わず飛び退いてしまった。それは即座にゴンゾによって踏み潰されたが、そんな俺の醜態にアレクシスが呆れたような声を出す。
「まったく、何をやっているんだ君は。マンティス系は腹に虫を宿しているから、倒すときは首を跳ねるのが常識だろう?」
「す、すみません……」
「ほら二人とも、気を抜くな! まだ最後の一匹が残っているぞ!」
「いや、あれはもう平気だろう?」
ゴンゾの警告に、俺は再び意識を締め直す。だがアレクシスの方は警戒こそ解いていないものの、もう戦う意思はなさそうだ。そんな俺達の前に最後の一匹のシザーマンティスが……!?
「まさかサイスマンティス!? 勇者様、あれは――」
「大丈夫さ。見ていればいい」
緑色のシザーマンティスに対し、茶色のサイスマンティスは純粋な上位個体だ。二回りほどでかくなり鎌の威力も倍近くに達するそれは、俺一人なら即座に逃げに回るような強敵なんだが……
「猛るは炎。駆けるは空。集うは灼熱、放つは爆裂! 撃ち抜け、『フレアブリッツ』!」
詠唱を終えたルージュの前に、無数の小さな火の玉が出現する。それは高速でサイスマンティスの方へと打ち出され、一瞬にしてサイスマンティスの全身が穴だらけになった。が、それだけでは終わらない。
「『爆破』!」
ボボボボボンッ!
ルージュが指を鳴らした瞬間、くぐもった爆発音がサイスマンティスの体内から響く。体の内側で生じた爆発はサイスマンティスの内臓をぐちゃぐちゃに焼き潰し、空いた穴からえも言われぬ腐臭と赤やら白やらが混じった汁がブチュブチュと音を立てて噴き出しこぼれ落ちた。
「フフーン、ざっとこんなもんよ!」
もはやピクリとも動かないサイスマンティスの死体を前に、ルージュが得意げな顔をする。確かに俺達が時間を稼いでいたとはいえ、俺が逃げるしかないような魔獣をこうもあっさり倒しちまうのか……
「ははは、流石は勇者パーティってところか。半端ねーや」
「ふふ、何を言うか小僧。今はお主もその一員であろう?」
「……ええ、頑張ります」
ポンと俺の肩に手を置くゴンゾに、俺は静かにそう答える。ああ、そうだ。俺が家に帰るには、こんな奴らに最低でも半年は食らいついていかなきゃならない。
力がいる。彼ら英雄に匹敵するとまで贅沢は言わずとも、せめて捨てられない程度の力が。いつ見限られるかわからない以上、できるだけ早く、できるだけ強く。
(絶対にやり遂げてみせる……そして帰るんだ、俺の生まれた世界に)
ギュッと手を握り、覚悟を決める。それが俺が真の意味で「勇者パーティの一員」となるための、最初の一歩であった。




