理不尽に対抗できるのは、いつだって理不尽だけだ
「誰かと思えば……ルージュ、君か」
俺の頭を飛び越えて、アレクシスと呼ばれた金髪男が赤毛の女の子に嘆息しながら声をかける。すると赤毛の女の子……ルージュもまた目をつり上げて声を上げる。
「『君か』じゃないわよ! このアタシをいつまで待たせるつもり!? てか何やってるわけ?」
「ああ、ちょっと礼儀を知らない者に身の程を分からせていただけさ。もう終わるから、もう少し待っていてくれたまえ」
「ったく、なら早くしなさいよね! アタシの時間は貴重なのよ?」
アレクシスの言葉に、ルージュが石ころを見るような目で俺を見てからそう言う。どうやらこの二人は知り合いのようで……そして同類のようだ。一瞬助かるかもと思った自分の甘さに苦笑してしまう。
「ハッ、何だよ。この世界にはこんな奴らばっかりなのか……正真正銘の糞だな」
「さ、では今度こそ終わり――」
「何が終わりだこの馬鹿者共がっ!」
「ぐあっ!?」
構えた剣を振り下ろそうとしたアレクシスの脳天に、不意に背後から大きな拳が落ちた。どうやら相当に痛かったのか、俺を見下す冷たい目にわずかながらも涙が浮かぶ。
「何をするんだゴンゾ!?」
「何をするではないわ! お主達こそ一体何をやっておるのだ!」
振り返ったアレクシスの背後……つまりは俺の正面に立っていたのは、全身に筋肉の鎧を纏う巨漢のオッサンだった。そのオッサン……多分ゴンゾ……は恨めしげな目を向けるアレクシスに一切怯むこと無く、その禿げた頭を真っ赤にしながら怒りの声をあげる。
「なかなか来ぬからどうしたのかと思えば、何故こんなところで剣を抜いておるのだ!?」
「ハァ。さっきルージュにも言ったけど、礼儀を知らない者に身の程を……あぐっ!?」
「何が礼儀だ!? もっとちゃんと話せ!」
「いや、だから…………」
「だから?」
「……この無礼者が僕にぶつかってきたから、ちょっとお仕置きをしてやっていたんだよ」
「そんな理由で人を切りつける馬鹿がおるかっ!」
「ぐふっ!?」
ゴンゾの拳が再びアレクシスの脳天に炸裂し、イケメンの金髪が無様に膝を折る。それを見たゴンゾはフンと小さく鼻を鳴らしてから、俺の方へと近づいてきた。
「ワシの連れが悪かったな。ほれ、今治してやるから手を出すのだ」
「どうも……ぐっ」
この男の連れなら、きっと金には困っていないんだろう。高価な回復薬でも使ってくれるのかと差し出した俺の手を、ゴンゾがその大きな手でそっと包み込む。
「清浄なるは御霊の叢雲 正常なるは身体の病苦悶 正しきを纏い正し気を宿し ただあるがままにその身を匡せ。『ヒーリングオーラ』」
「おぉぉ……!?」
詠唱と共にゴンゾの手が光り、俺の手から痛みが引いていく。数秒の後光が収まってゴンゾの手が離れると、俺の右手はすっかり元通りになっていた。
「治ってる!? あんたまさか、神官だったのか!?」
「ははは、そう見えんか?」
「あ、いえ、それは……」
「気にするな。全ては筋肉の思し召しだ!」
「は、はぁ……筋肉?」
失礼なことを口走ってしまった俺に、ゴンゾは笑顔でそう答えながら自分の筋肉を強調するポーズをとってみせる。これはどうやら、前の二人とは違う意味で話が通じないかも知れない。
「それでお主……あー……」
「あ、俺はエドです」
「うむ、エドか。ではエドよ、悪いがもう少し状況を詳しく説明してくれんか? 大方アレが悪いのだろうが、それでもこれほどの騒ぎになってしまった以上、きちんと確認はしておかねばならぬ」
「はあ……それは構いませんけど」
確かに町中での刃傷沙汰となれば、普通は「当人同士が話し合って終わり」とはならない。筋肉云々を抜きにすれば常識的な人らしいゴンゾの言葉に頷くと、拳骨の痛みから立ち直ったアレクシスが抗議の声をあげる。
「誰がアレだ!?」
「お主などアレで十分ではないか! まったく、いくら勇者だからといって何をしてもいいというわけではないのだぞ?」
「フンッ。僕は――」
「勇者!?」
聞き捨てならないその単語に、俺は激しく反応して声をあげる。勇者!? この非常識なイケメン金髪が勇者なのか!? 何でそんなのがこんなところに……あっ!?
(これが「偶然という必然」の効果か……っ!?)
俺のいた世界には、当然ながら勇者も魔王もいない。いや、物語のなかにはいたが、それが現実の存在だと夢見るのは年端もいかぬ子供だけだ。
だが、この世界は違う。本当に魔王がいて勇者がいるということだったが……世界に一人しかいない勇者とこんな町中でばったり出会うなんて、一体誰が考えるだろうか?
だというのに、俺は出会った。しかも遠巻きに見てるとかじゃなく、直接関わり合うことすらしている。しているが……
(そこはもうちょっと考えろよ! こんな出会い方でどうしろってんだ!?)
単に出会うだけでいいならともかく、仲間になって一緒に活動しろというのなら、初っぱなから敵対するような出会い方なんて最悪すぎる。くっそ、ここからどうやって仲間になる流れに持っていけっていうんだ? どんな形でもきっかけ作りゃいいってもんじゃねーだろマジで!
「とにかく、こんなところで立ち話というわけにもいくまい。どうだエド、詫び代わりに酒を奢らせてくれんか? そこで話を聞かせてくれ」
「あ、はい。わかりました」
「ふーん、アンタ達はそんなことするのね。じゃ、アタシは先に帰って――」
目の前に差し出されたゴツい手を取り俺が立ち上がると、その背後でルージュがつまらなそうな声を出す。が、ルージュが踵を返すその前に、ゴンゾの手がルージュの肩をガッチリと掴む。
「何を言うか、お主も来いルージュ!」
「ハァ!? 何でよ、アタシ関係ないじゃない!」
「目の前で小僧……いや、エドがやられているのを見過ごしたのだろう? ならばお主もアレクシスと同罪だ、馬鹿娘が!」
「何なのそれ!? 酷い言いがかりだわ! ちょっとアンタ、どうしてくれるの!? アンタ如きがこのアタシの貴重な時間を奪うってわけ!?」
「へ!? いや、そんなこと俺に言われても……!?」
何故か怒りの矛先を向けられ、ルージュが俺に詰め寄ってくる。美少女に詰め寄られるのは人によってはご褒美なんだろうが、生憎そういう性癖を持っていない俺からすると、ただただ純粋に怖いだけだ。
だがそんなルージュの頭にも、容赦なくゴンゾの拳骨が降り注ぐ。
「いったーい!? ちょっとゴンゾ、こんな可愛くて可憐で健気な美少女に暴力を振るうとか、どういうつもり!? アンタそれでも神官なの!?」
「残念ながら、ワシは東天国の武僧であって、この辺の神官とは違う。間違った道に進もうとする幼子を殴ってしつけるのも神と筋肉に仕えるワシの使命なのだ!」
「くぅぅ……相変わらず訳わかんないわね。チッ、アンタ覚えてなさいよ?」
「そうだね。この僕の時間を無駄に浪費させようというのだから、もう腕一本くらいでは済まないよ? 覚悟してくれたまえ」
「えぇ…………」
美少女とイケメン……ただし中身は両方とも残念仕様……が理不尽極まる恨み言を投げつけながら通りの奥へと歩いていく。その後ろ姿をげっそりしながら見送る俺の肩に、ポンと大きな手が置かれる。
「ふむ、ではワシ等も行くか」
「はい…………」
心情的には、今すぐ宿にでも行ってふて寝したい。だが肩を掴む手は振り払える気がしないし、そもそもこれを逃したら二度と勇者とお近づきになれる気がしない。そんなことはわかりきっているが、かといって俺の気持ちはこれ以上無いほどに萎えきっている。
(帰りたい……マジ家に帰りたい……)
これから先どれだけ続くのか分からない異世界生活、その一日目。序盤も序盤のこの段階で早速くじけそうな状況に、俺はただ引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。




