できそうな気がしたくらいで、何でもできるはずがない
「ふぅ、ようやく入れたぜ……」
初めて訪れた異世界は、思った以上に俺が暮らしていた世界と同じだった。門番に言われて金を持ってないことに気づき、いったん引き返して角ウサギを狩るという面倒はあったが、それ以上は何事も無くサクッと人類の生存権に入り込むことができたことで、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ってか、これが異世界の町か……やっぱ普通だな」
キョロキョロと辺りを見回してみるも、特に目新しい感じはない。異世界というから随分身構えていたんだが、正直これだと「初めて訪れた隣国の町」くらいと大差ない。もしあの「白い世界」を経ていなければ、ここが異世界だとは気づかなかっただろう。
「……うーん?」
ただ、それとは別にやはり俺の中に妙な違和感がある。いきなり訳の分からない世界に連れてこられてからの異世界到着だというのに、今ひとつ緊張していないというか、変に落ち着いている感じがするのだ。
(おっかしいな。俺ってそんなに大物だったか?)
雑傭兵として過ごしていた俺は、ごく普通の小市民だった。それがこんな得体の知れない事件に巻き込まれているのに、ここまで落ち着いているというのは明らかにおかしい。
が、何で自分が落ち着いているのかなんてわかるはずもない。強いて言うならやっぱり「白い世界」に拉致されたときに頭でも打ったとか、あるいは……何だっけ? あの光る水晶玉からもらった能力にそういう効果が付随しているのかも? ああ、そっちならありそうだな。
嘘は無い。だが真実全てでもない。そんなのは安い金で俺達の命を買おうとする糞依頼者との交渉ではありがちなことであり、その辺の見極めができない奴は安価で買いたたかれてあっさりと死んでいくのだ。先輩達の貴い犠牲を無駄にしないためにも、俺はガッツリ疑っていくスタイルでいきたい。
「うおっと!?」
と、そんな事を考えていると、不意に俺の肩が正面から歩いてきていた誰かにぶつかってしまった。硬い感触に突き飛ばされ数歩よろける俺に、ぶつかった男がいかにも不機嫌な声を投げてくる。
「む? 何だ貴様は?」
「なん……っ、あ、いや、すみません」
相手の強い口調にこっちも喧嘩腰の声を出しそうになったが、すぐに踏みとどまって謝罪をする。相手は見るからに上等な金属鎧に身を包んでおり、間違いなく貴族か金持ちだ。こんな相手ともめたりすれば、俺のねぐらはよくて石の部屋、最悪の場合は町の一等地を首だけで堪能する羽目になるだろう。
「何分田舎者でして。大きな町に出て舞い上がってしまっていたようです。正式に謝罪致します」
俺は姿勢を正すと、やや大げさに深く頭を下げてみせる。この状況ならこっちに落ち度がなかったとしても謝罪一択だが、今回の場合は普通に俺の不注意もあるので尚更だ。流石にちょっと肩がぶつかったくらいなら、これで十分許してもらえることだろう。
「そうか。なら君の腕一本で許してやろう」
「はぁ!?」
妙にキラキラした金髪の男が、事もなげにそういって腰の剣を抜き放ち、俺目がけて斬りかかってきた。そのよどみの無い剣捌きは一流の剣士のそれで、とても俺如きが防げるようなものじゃないはずだったが……
キィン!
「ちょっ!? いきなり何しやがる!?」
「ほう? これを止めるのか」
どういうわけだか、俺の体が勝手に動いて男の剣を受け止めた。目の前の男が少々驚いた声をあげているが、絶対俺自身の方が驚いていると思う。いや、マジで何で防げたんだ? って、それはどうでもいい……いや、よくはねーけど、とにかくそれより優先すべきことがある。
「お前、正気か!? こんな町中でそんなどうでもいい理由で斬りかかってくるのかよ!?」
俺の世界にだって貴族はいたが、流石に肩がぶつかった程度で斬りかかってきたりはしない。流石に王族なんかにぶつかれば斬られる……というか不用意に近づいた時点で捕縛されたりするだろうが、そういう真に高貴な方々はそもそも護衛無しで出歩いたりしないので、うっかりぶつかったりなんてこと自体があり得ないわけだが。
だが、こいつはいきなり斬ってきた。何だこれ? まさかこれがこの世界の常識なのか!? どんだけ気が短いんだよ異世界人!
「どうでもよくなどない。この僕の行く手を阻むというのなら、どんな相手でも切り捨てるというだけのことさ」
「道でぶつかっただけの相手を『行く手を阻む』なんて格好いい言い方してんじゃねーよ! もっと他人を大切にしろ!」
キンキンと高い音を立てながら、男の剣を俺の剣が防ぐ。あからさまに手を抜かれているのにそれでも鋭い男の剣の腕は相当なもののはずなのに、自分がそれを防ぎ続けている理由は未だかつてわからない。わからないがそれを考える余裕もなく、俺はただ本能と直感に従って腕を動かすのみ。
「なかなかやるじゃないか。君、実は名の知れた剣士だったりするのかい?」
「生憎俺はただの雑傭兵だよ!」
「雑傭兵? 何だいそれは?」
「何だってそりゃ……あっ!?」
ギィン!
ぶつかり合った剣から濁った音が響き、俺の剣だけが一方的に切り飛ばされる。ああ、安物とはいえ愛剣だったのに……って、そうじゃねぇ!
「どうやらここまでのようだね」
「くっそ、何か、何かねーか……っ!?」
余裕で剣を突きつけてくる男に、俺は半ばで折れた剣を持ったまま周囲を探る。別の武器……何なら鉄の棒とかでもいいからあればまだ対抗できそうな気がするが、そんなものがその辺に転がっているはずもない。
そして、俺達を遠巻きに見つめている人達に助けてもらうのも期待薄だ。知り合いでもいるならともかく、町中で斬り合いを始めるようなヤベー奴を赤の他人が助ける理由などない。
というか、これだけ騒ぎになってるのに未だに衛兵が来ない時点で他人を頼るのは無理だ。本当にこれが日常なのか、あるいはこの金髪男に強いコネがあるのか……どっちにしろ俺が追い詰められているという状況に変わりは無い。
(くそっ……くそっ、くそっ!)
必死に逆転の目を探すが、どれだけギョロギョロと目を動かしたところで無いものが映ったりはしない。そんな俺に対して、金髪男がゆっくりと剣を振り上げる。
「ではこれで……終わりだ」
ドクンッ
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。男の振り下ろす剣の動きがあくびが出るほど遅く見え、代わりに周囲に広がる世界の全てが明確に意識されていく。
ドクンッ
――終わり? 終わる? この俺が?
ドクンッ
――違うだろ。そうじゃねーだろ。
ドクンッ
――終わりを決めていいのは俺だけだ。だから……
「お前が終われ」
全く何の警戒もなく、俺は無造作に右手を突き出す。すると当然男の振り下ろした剣が俺の手を切り裂くべく迫ってきて……
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
人差し指と中指の間に食い込んだ剣が、俺の手のひらをあっさりと切り裂いていく。激痛と共にブシャッと血が噴き出せば、沸き立っていた思考が冷静さと常識を取り戻す。
「いってぇぇぇぇぇぇ!?」
「…………何をやってるんだ君は?」
切られた右手を左手で押さえつけながら、俺はその場で蹲ってしまう。ぐぉぉ、なんで俺はあんなことしたんだ? 安物とはいえ鉄剣を切り飛ばす剣を素手で受けたら、そりゃ手の方が切れるに決まってるだろ!?
いや、何か防げそうだったんだよ! でも普通に考えたら防げるわけねーじゃん! くっそ、馬鹿やった……っ! 利き手がこれじゃ、もうどうしようも――
「ちょっとアレクシス! 貴方何をしてるのよ!?」
激しい痛みと後悔にギュッと目を閉じていた俺の頭上から、不意にそんな声が聞こえてくる。歯を食いしばって痛みを堪え、何とか開いた俺の目に映ったのは……
「……………………?」
真っ赤な髪と釣り上がった目が特徴的な、俺より少し年下に見える女の子だった。




