前提が間違っていれば、どんな注意も意味がない
「…………朝か」
明けて翌朝。俺は軽く隣の部屋の物音を気にしてからベッドから起きる。流石にまだ続いてることはないとは思うが……若いときは色々と有り余ってるからなぁ。
なお俺自身に関しては特に問題ない。持て余すような情動だろうと、一〇〇年も持て余し続ければそりゃどうとでもなるようになるのだ。
ということで、俺は軽く身支度を調えてから部屋を出る。すると隣の部屋の扉も開き、バーンと目が合った。
「おうバーン。おはよう」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!? え、エドっ!? あ、えっと……あれだ。超! おはよう!」
「……ああ、うん。おはよう」
一応「勇者にしかできない相談をエウラリアがしただけ」という可能性も考慮していたんだが、この反応をみると相当な何かがあったのは間違いないらしい。うーん、この初々しい反応……ちょっとだけからかいたくなってくるな。
「なあバーン。昨日の夜だけど……」
「よ、夜っ!? 何もっ! 超! 何も無かったぜっ! 俺はずっと部屋に一人で、エウラリアなんて影も形もなかったぜっ!!!」
「そ、そうか……いや、別にいいんだけどな」
前言撤回。これは軽い気持ちでからかうと色々こじれるやつだ。ならば本人達が言い出すまで触れずにおこうと心に決め、俺はバーンと一緒に宿の食堂へと移動する。そこで朝食を注文して待つと、程なくしてティアとエウラリアもやってきた。
「おはようエド、バーン。バーンは今日は随分早いのね?」
「おはようございます、エドさん。勇者様」
「おう、おはよう二人とも」
「超! おはようだぜティア! それと…………エウラリア」
互いに挨拶を交わす俺達だったが、バーンの態度だけが明らかにおかしい。その様子にティアが俺の側へとやってきて、耳元に小声で問うてくる。「二人だけの秘密」を使わないのは、絶対に聞かれては困ること以外にまで使うようになると、それに慣れすぎてしまうからだ。
「ねえエド、バーンはどうしたの?」
「あー、俺の口からは何とも言えないんだが……夜にエウラリアがバーンの部屋に行ったみたいだな」
「へぇ? それは意外というか……うーん?」
何をしたともナニをしたとも言わないが、厳然たる事実だけを告げる俺にティアが小首を傾げて考え込む。
「何だよ、あの二人がそういう関係になるのに、何か問題があるのか?」
「そうじゃないわ。それならそれでお祝いしてあげたいけど……じゃあ今までのは何だったのかって話に……むむむむむ」
「? よくわかんねーけど、前がどうだったとしても今がこうなんだからそれでいい……ってわけにはいかねーのか?」
「……そうね。そうよね。こういう風に落ち着いたなら、それで――」
「あの、ちょっといいですか?」
ティアの顔から、このところずっと浮かんでいた険しさが消えていく。それを嬉しく思う俺に声をかけてきたのはエウラリアだ。
「ん? 何だ?」
「実は、この後少しお時間をいただきたいんです。私と勇者様から、エドさん達に大事なお話がありまして……」
「話……ああ、いいぜ。でも大事な話かー。何だろうなー?」
このタイミングでそんな事を言われたら、思いつくのは一つしかない。とは言えお約束としてすっとぼけて見せると、俺の視線を向けられたバーンが微妙に引きつった笑みを浮かべている。
「いや、そんな大したことじゃないぜ? 多分笑って済まされると思うんだけど……」
「そーかそーか。ま、そうであっても報告ってのは大事だしな。いいよなティア?」
「ええ、勿論。それで、私達はどこで話を聞けばいいの?」
「はい。できればこの町の教会で……と考えているのですが、如何でしょう?」
「教会!? それは話が早すぎるんじゃない!?」
「そうですか? 私としてはその方が色々とまとめて解決できると思ったのですが……何か不都合がありましたでしょうか?」
「そんなことはないけど……エド?」
「あー……本人達がいいならいいんじゃねーか?」
俺個人としてはもうちょっと段階を踏んだ方がいいんじゃないかと思わなくもないが、エウラリアは聖職者であり、であれば関係を持つ=結婚という価値観を持っていてもおかしくはないし、実際にそこまでの話になるかは別としても、その前提報告を神の前でしたいというのならそれを拒否する理由もない。
「一応聞くけど、バーンも同意見なんだよな?」
「俺!? あ、ああ……そうだぜ……?」
「なら構わねーよ。じゃ、飯食ったら教会に行くか」
バーンの表情が若干冴えないのが気になるが……勢いでやるだけやったあと「責任を取れ」と言われた男は大体こんな顔をしている気がするので、そこは後で個人的に話を聞いてやればいいだろう。まだまだ魔王討伐の旅は続くわけだしな。
そんなわけで、俺達は全員で朝食を済ませると、町にある教会へとやってきた。エウラリアが話をして人払いをしたらしく、こぢんまりとした教会には俺達以外の人影は無い。
場所は礼拝堂。高い天窓からは太陽の光が降り注ぎ、色とりどりのガラスを組み合わせて作られた絵が俺達を見守るなか、並んで立つバーンとエウラリアに、俺とティアが正面から対峙する。
「それでは、お話しさせていただきます」
「お、おぅ」
予想以上に荘厳な空気に、俺は少しだけ気後れしながら答える。何だろう、言ってもバーンは勇者だから、とりあえず付き合ってます宣言くらいだと思ったんだが……
「実は……私の中には、私ではない存在が宿っております」
「…………は!?」
静かに自分の腹をさすりながら言うエウラリアに、俺は思わず変な声を出してしまう。随分と婉曲な表現ではあるが、自分ではない存在が宿ってるって……!?
「お、おいバーン! どういうことだ!?」
「俺も、昨日初めて聞いたんだ。それで超! 驚いたって言うか……」
「そ、そうか。そりゃ驚くわな。いや、でも、何で……うぇぇ!?」
エウラリアが一緒に旅をするようになってから、四ヶ月ほど経っている。なのでもし出会ってすぐの頃からバーンと関係を持っていたというのであれば、あり得ないという話じゃない。
だが、そんな気配は微塵もなかった。なら昨日の夜が特別だっただけで、今までは完全に誤魔化されていた?
「おい、ティア?」
「私だって初耳よ。じゃなかったら朝あんな話しないでしょ?」
「そうか、そりゃそうだな」
どうやら俺は、自分が思っている以上に動揺しているらしい。だがそうなるとバーンの態度に更なる納得が重なる。神官が腹に宿った子供を産まないなんて選択肢はあり得ないし、適当で勢いまかせなところはあっても、バーンはあれで真面目な男だ。自分の子供を身ごもったと言われればきちんと責任は取るだろう。
が、その覚悟が無い状態で話を聞かされればあんな顔にもなるだろう。何だよバーンのやつ、あんなにモテたいとか言ってたのに……いや、ひょっとしてそれすらも俺を誤魔化すためのカモフラージュだったのか?
「それでエドさん。実は貴方に、どうしても証明して欲しいことがあるのです」
「証明? 俺が? 何を?」
「こちらに来ていただけますか?」
「ああ、いいけど?」
この状況で何の証明ができるのかわからないが、俺は手招きされるままにエウラリアの側に歩み寄る。
なお、この期にあってなお、俺はエウラリアへの警戒を解いてはいなかった。ティアが「もう大丈夫」とでも言わない限り、きっとこの世界を「追放」されて出て行くその時まで、俺がエウラリアに完全に気を許すことはなかっただろう。
だが、だからこそ俺はもう一人に関しては、何の注意も払っていなかった。そいつに背を向けることに疑問も危険も感じなかったし、そこに脅威があるなんて、想像すらしていなかったのだ。
「……………………あ、え?」
俺の背後から、ズブリと熱い何かが貫いてくる。下げた視線の先にあるのは、光り輝く剣の先。
「はい、これで証明されました。エドさん……やはり貴方は魔王だったのですね」
勇者の剣に背後から貫かれ、腹から血を滴らせる俺。そんな俺の間抜けな姿を、エウラリアは冷たい目で見つめていた。




