御前試合その二 最強騎士vs冒険者
今回も三人称となっております。ご注意ください。
「申し訳ございません、陛下。私の部下が至らぬばかりに……」
まさかの敗北という結果を受けて、バーロックが王に頭を下げる。だが謝罪された方のポンパッサ王にそれを咎める様子はない。
「気にするな、バーロック。むしろ勇者の仲間が頼もしいことを喜ぶべきではないか。それに……まさかとは思うが、あの娘が我が国で最高の魔術師というわけでもあるまい?」
「それは勿論!」
王の問いかけに、バーロックは間髪を入れずにそう答える。実際フラメアは年の割には強いというだけで、魔術省全体を見れば実力的には中の上といったところだ。
「勇者の旅に同行するとなると、長期間国を空ける必要がございます。ですので国防の要となるような人物を出すわけにはいかず……」
「よいよい。わかっておるし、それでいいのだ。むしろ何も考えずに最強を出した上に負けたなどと言われたら、どんな顔をしていいかわからんからな」
「恐れ入ります」
実際には勇者と年の近い娘を送り込むことで、勇者を取り込み国益とできれば……という思惑もあるのだが、そんなことはあえて言わない。言わずとも全員が分かっていることだからだ。
「しかし、そうなると次も期待が薄いか? 騎士か? それとも一般兵から腕の立つものを推挙したのか?」
「それなんですがね、陛下」
ポンパッサ王の問いかけに答えたのは、飾り気の無い、だが堅牢な金属鎧に身を包んだ四〇代の男だ。王の隣に立ちながら帯剣を許されたその男は、どこか気安い口調で王に語りかける。
「ウチにも若くて生きのいいのがいましてね、当初の予定ではそいつを出すつもりだったんですが……ちょいと気が変わりまして」
「ローベル将軍。何度も言っておりますが、陛下に対してあまりに気安すぎるのではありませんか?」
「よい、バーロック。で、ローベルよ。気が変わったとは?」
「はい。ちょっと自分が出てみようかと」
「なっ!?」
ローベルの言葉に、バーロックが驚きを露わにする。だがその隣では王が楽しげに口元を歪めている。
「ほぅ。あの男が気になるか?」
「ええ、まあ。エルフのお嬢さんも大したもんでしたけど、あの男は強いですよ。こうして遠目で見てるだけでもわかる。なんで是非とも手合わせしたいと思いまして」
「馬鹿を言うなローベル将軍! まさか国を放り出して勇者と旅に出たいなどと言うつもりではあるまいな!?」
ローベルの勝利を一切疑わないバーロックの台詞に、しかしローベルはニヤリと笑って答える。
「その場合は勇者を鍛えるって名目で、二、三ヶ月くらい国内を連れ回しながら稽古をつけてやりますよ。で、その後は最初の予定通りにウチの若いのと交代します。それなら問題ないでしょう?」
「むっ、ぐぅ……まあ、国内に留まるのであれば……如何されますか、陛下?」
「ふむ……よかろう。勝利にこだわるような場でもないが、かといって負けっぱなしというのも国の威信に傷が付こう。だが出るからには必勝を求められるぞ?」
「お任せください。全力を尽くします」
深々と頭を下げるローベルに、ポンパッサ王は鷹揚に頷いてみせる。
「よし、ならば行ってこい。我が国最強の騎士の力、勇者に存分に見せつけてくるがいい」
「畏まりました」
「ルールは先ほどと同じです。やり過ぎないように気をつけてくださいね?」
練兵場の中央に歩み出た二人に対し、審判役の兵士がそう声をかける。だがその視線は明らかにローベルの方を向いており、その表情は苦み走っている。そしてそんな相手と対峙していることで、対峙する若い戦士……エドの方もなかなかの渋顔だ。
「まさかこんなおっさ……いや、熟練の騎士の方が出てくるとは。多少忖度した方がいいですかね?」
「抜かせ。この俺が胸を貸してやるから、遠慮無くかかってこい!」
「へいへい、ありがたいこって」
てっきり魔術師の時と同じく若い兵士が出てくるとばかり思っていたエドだったが、あからさまな実力者の登場に顔をしかめる。自分と同じくらいの年頃の相手なら普通に勝って終わりだが、こうなると下手な勝ち方をしては周囲の王侯貴族から批判を受けてしまいそうだったからだ。
(何でこんなことに……ティアが余裕勝ちしすぎたせいか? バランス取るために俺を負かそうってことなんだろうが、とは言え負けるわけにもいかねーんだよなぁ)
ここで負けてしまうと、勇者パーティから外されてしまう可能性が高い。エドとしてはそれだけは絶対に避けたいことで……ならばこそエドのなかで覚悟が決まる。
(仕方ねぇ、ちょっと本気出すか)
こんな目立つところで追放スキルは使えない。だが鍛えてきた剣の腕は決して自分を裏切らない。審判役の兵士の「試合開始」というかけ声に合わせて、エドは自然体で剣を構えた。
「……………………」
「……………………」
そうして相対してから、三〇秒。どちらも一歩も動かないが、片方が動かないのに対して、もう片方は動けない。無論動けないのはローベルの方だ。
(これは……)
ただまっすぐに剣を構えて立っているだけにも拘わらず、エドには微塵の隙もない。だがその事実こそがローベルの額に汗を伝わせる。
(隙を作ることすらしないのか……っ)
通常、これだけの腕前の持ち主であれば周囲の何処かに意図的に隙を作る。相手がそれを狙うにしろ無視するにしろ、きっかけを作ることで相手の動きを制限して読み合いに持ち込むためだ。
だが、エドには隙がない。つまり本当に……何時何処に、どんな力でどうやって切り込もうともその全てに対処してみせると宣言しているのだ。それが余裕か驕りかは、今からローベルが放つ一刀にて判断が下される。
「行くぞっ!」
かけ声とともに、ローベルが大上段に剣を振り上げ、まっすぐに振り下ろす。余計な駆け引きをせず、ただ己の最強最速にて振り下ろす剣に、エドもまた剣を撃ち合わせる。
キィン!
「っ!?」
一見すれば、単に剣を受け止められただけ。だがローベルの顔は驚愕に染まり、すぐに二度三度と角度、速度、込める力を変えてエドに斬りかかったが、それらもやはり同じように防がれる。
キィン! キィン!
「ば、かな…………っ!?」
あまりの出来事に五歩も後退してしまったローベルの口から、思わず声が漏れる。その背中には久しぶりに感じる恐怖から、冷たい汗がつうっと流れ落ちている。
(こちらの攻撃を、全く同じ力で弾かれた!? なんという技量……これが自分の半分も生きていない男の剣かっ!?)
もしもそれが何らかの魔導具や不可思議な能力の結果であれば、ローベルもそこまでは驚かなかっただろう。だが剣を受けるエドの腕を、足を、体さばきを見てしまったが故に、それが間違いなく人の技であると理解できてしまった。
実際、エドは追放スキルを使っていない。「円環反響」を使えば簡単にできることを、己が鍛え上げた剣技のみで再現している。そこにはエドなりの都合……ここで手札を見せたくないという意思があったのだが、そんなことはローベルの知るところではない。
(全く同じ動きができれば、俺にも同じ事ができるとわかる。だがそこに至るまでに、どれほどの鍛錬が必要になる? 三〇年? 五〇年? まさかこの男、人間ではなく人寄りのハーフエルフだったりするのか?)
だとすれば一応は納得できる。若い肉体のままで何十年と鍛錬を積めば、確かにこれだけの腕を得ることができるかも知れない……そんなことを考えていたローベルだったが、軽く頭を振って余計な意識を振り払う。
(チッ、余計なことを考えるな。今この身にできることは、ただ全力を尽くすのみ!)
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げ、ローベルはエドに向かって走り出す。繰り出すのは全体重を乗せた突きであり、当たれば必殺ではあるものの相手の体勢を崩しもせずに使うような技ではない。
だが、ローベルにはエドがそれを受け止めるという確信があった。そして実際エドはローベルの剣に合わせ、自らもまた剣を突き出す。
キィィィィィィィン!
「……………………」
「何と……っ!?」
エドとローベルが言葉を発しないなか、審判の男の呟きだけが静かに響く。そしてそれを追いかけるように、ローベルの口から力の無い笑い声が零れる。
「は、ははは……突きを、突きで受け止められるとはな」
ローベルの放った突き、その剣先にエドの剣先がピッタリとくっついている。単純な膂力ではローベルの方が勝っているため、このまま力を込めればエドを押し返すこともできただろうが……
「おっと、また受け止められちまったか。どうやら俺達は互角――」
「参った」
「みたい……あれ?」
「…………はっ!? しょ、勝負あり! 勝者、エド!」
ワァァァァァァァァ!
「俺の完敗だ。この敗北を誇りに思う、偉大なる剣士エドよ」
「いやいやいやいや、違うだろ!? 俺達は互角だって! あっれぇ?」
湧き上がる歓声と自らの前に誇らしげに膝を突くローベルに、勝者であるエドだけが何とも言えないしょっぱい表情を浮かべるのだった。




