御前試合その一 魔術師vs冒険者
今回と次回は三人称となっております。ご注意ください。
その日、城内の練兵場は異様な喧噪に包まれていた。それもそのはず、通常ならば式典でもない限りこんなところに姿を現すはずもない国王を始め、幾人もの高位貴族が「それ」を見るために集まっているからだ。
「おい、何だよこの騒ぎ? ってか、みんな練兵場の外で何してんだ?」
「馬鹿お前、聞いてないのか!? 今から勇者様に同行する権利を賭けて、御前試合があるんだよ!」
「へっ!? 何でそんなことになってんだ!?」
「いいから黙って見てろって……賭けるならベイヤーズのところに行け、こっそりな」
「お、おぅ」
「それでは、これより御前試合を開始致します!」
ざわめく騎士や兵士達をそのままに、練兵場の中央で一人の兵士が声をあげる。広場の左右ではそれぞれ王国側と勇者側の人員が分かれ、試練に挑むものに言葉を掛け合っていた。
「フラメア、やることはわかっているな?」
「はい、バーロック様。ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」
王国側では、青いローブを身に纏った高位貴族に声をかけられ、若い女性が真剣な表情で頷いている。
「超! 頑張れよティア!」
「ま、普通にやりゃいけるだろ。でも油断はするなよ? 相手だって別に弱くはねーからな?」
「わかったわ。任せて!」
勇者側では、ツンツン頭の赤毛の勇者と今ひとつ冴えない顔をした若い男に声をかけられ、エルフの少女が笑顔で答えている。
「両者、前へ!」
そんな二人が、審判役の兵士の声に練兵場の中央へと歩み出て行く。両者ともに術者ということで、相対距離はおおよそ一〇メートル。
「言うまでもありませんが、相手を殺すのは厳禁です。こちらが戦闘不能と判断、もしくは降参した時点で決着となります。練兵場の外に被害が出るような大規模な魔術の使用も控えてください。
それでは……始め!」
「『ファイアアロー』!」
審判の兵士の言葉が終わると同時に、フラメアと呼ばれた若い女性が先手を打って炎の矢を撃ち出す。ルナリーティアは当然それを迎撃……しない。
「ハッ! やっぱり! 詠唱しないと使えないなんて、精霊魔法は不便ね!」
「……あら、それはどうかしら?」
この世界の魔術師は、魔術の発動に「力ある言葉」……即ち呪文の名称を口にすることしか必要としない。対してルナリーティアの使う精霊魔法には、長短はあれど詠唱は必須だ。ならばこそ即応性という点ではルナリーティアに勝ち目はない。
(いける! これなら例え相手がエルフでも!)
エルフが自分たちの集落を出て旅をするのは、どんなに若くても一〇〇歳を超えてからが一般的と言われている。今年二三歳のフラメアにすれば、目の前にいる年下にしか見えないエルフも、自分の五倍は長生きをしているということになる。
(もし目の前にいるのが一〇〇年修行を積んだ大魔術師なら、私なんて相手にもならない。でも一〇〇歳のエルフなら……っ!)
エルフはその長命故に、人間のように熱心に訓練などしない。野生の獣がそうであるように、必要な強さは生きている間に身につくものという考え方が根強いからだ。
無論冒険者のような仕事をしているエルフなら自己鍛錬をすることもあるが、フラメアが聞いた話では目の前のエルフはまだ登録したてだと言う。であれば大した訓練は積んでおらず、まだまだ一流には届かない自分にも十分な勝ち目があると思っていたが……
「……何でっ!?」
フラメアの撃ち出す炎の矢、その悉くが風のように軽やかに身を翻すルナリーティアにかわされ、命中しない。
「フフーン? 後衛だからって動けないって決まってるわけじゃないでしょ? 貴方、私の腰にあるこれが目に入らないの?」
「そんなものっ! どうせ術式を強化するための儀礼剣でしょ!? 実戦で使うにはどう見たって細すぎるもの!」
「あー、確かにそう見えるわよね。でも見た目と中身は違うのよ? フッ!」
すらりと剣を抜いたルナリーティアが、短く息を吐いて銀霊の剣を振るう。するとその軌跡にあった炎の矢に銀閃が走り、次の瞬間魔術が霧散してしまった。
「嘘っ!? 魔術を斬るなんて!?」
「こういうのはエドの方が得意だけど、私だってこのくらいはできるのよ?」
驚くフラメアに、ルナリーティアはニヤリと笑って言う。もっとも、エドのようにどんな魔術でも真っ二つなどということはとてもできない。フラメアの使っているのが手数を重視し威力を落とした魔術だったからこそできたことだ。
「さて、それじゃそろそろこっちからもいかせてもらおうかしら? 風を集めて束ねるは緑に輝く三日月の刃、鈍の光を照らして閃く三方六対精霊の羽!」
「くそっ! このっ……何でっ!?」
次々と撃ち出される炎の矢をかわしながらも、ルナリーティアの詠唱は乱れることなく続いていく。ならばかわせないほど大きな魔術を使えば……という思いが一瞬フラメアの頭によぎるが、これは殺し合いではなくあくまでも勇者の同行者を決める御前試合。広範囲を強烈に焼き尽くす「ファイアストーム」のような大魔術を行使して「殺すつもりはなかった」は流石に通らない。
だがそれは相手も同じだ。自分が防げず、食らえば致命となるような強力な術を行使してくるはずがない。それは決して甘えや希望的観測ではなく、この場の状況を読んだ適切な判断である……と、フラメアは考える。
(術の発同時はどうしたって立ち止まるはず。ならそれに合わせてカウンターでこっちの術を撃ち出せば……)
「ルナリーティアの名の下に――」
「ここよっ! 『コンデンス』!」
ルナリーティアの魔法発動に合わせ、フラメアが新たな呪文を唱える。すると牽制として放ち続けていた炎の矢がフラメアの前方に収束し、真っ赤に燃える灼熱の火球と変わっていく。
「いけっ! 『ブラストボール』!」
最後に火球に炎の矢を撃ち込むことで、業火球がルナリーティアの方へと勢いよく飛んでいく。通常のファイアボールの三倍以上の威力を誇るそれならば、ルナリーティアの放つ精霊魔法を相殺してなおちょうどいい具合に戦闘不能にしてくれると確信するフラメアだったが……
「顕現せよ、『ウィンドエッジ』! 宿せ、銀霊の剣! はぁぁぁぁっ!!!」
ドカァァァァァァン!
緑の光を宿した剣がまっすぐに突き込まれ、中心を穿たれたブラストボールがその場で大爆発する。対象の遙か手前で炸裂してしまったブラストボールの威力はルナリーティアの動きを止めること敵わず、灼熱の幕を抜けてまっすぐに走ってきたルナリーティアの剣先が、フラメアの喉元に突きつけられた。
「これで私の勝ちね」
「くっ……魔術の腕なら、私の方が……っ!」
「そうね。その辺に立ったままで貴方の魔術と私の精霊魔法を撃ち合うんだったら、きっと私が負けてたわ」
自分を睨むフラメアの負け惜しみを、ルナリーティアは平然と受け止める。その事実に驚くフラメアだったが、ルナリーティアの言葉はそこで終わらない。
「でも、実戦はそうじゃない。ただ強い魔術が使えるだけじゃいい的になるだけだわ。勇者と一緒に冒険したいなら、魔術だけじゃなく体も鍛えないとね」
「……………………」
ルナリーティアの言葉に、フラメアは悔しげに歯噛みする。心情的に納得できずとも、頭ではルナリーティアの言い分が正しいことは理解できる……できてしまう。そして何より……
(あの、一撃……っ)
自分の自慢の魔術を暴発させた、風の一撃。あれは自分の放った魔術の中心を正確に撃ち抜かれたからこそ起きた現象だ。その技量の高さは自分には到底及ばず、魔術師として負けたつもりはこれっぽっちもなくても、確かに冒険者というくくりであれば自分の方が大きく劣っていると自覚してしまった。
「…………私の負けよ」
「いい勝負だったわ」
「勝負あり! 勝者、ルナリーティア!」
負けを認めたフラメアにルナリーティアが微笑みながらそう答え、審判の声が練兵場に響き渡る。こうして魔術師対決は、ルナリーティアの勝利にて幕を下ろした。




