何故わからないのかがわからないが、ならばわかるまでわからせてやろう
「お待たせ致しましたクロム様。ご要望の子を連れて参りました」
「いやいや、待ってないから平気だよ! でも、あれ? 一人だけ?」
「ええ、まあ。他の二人は舞台の疲れが出たのか、体調が優れないようで……」
「そ、そっか。それは心配だね。残念だけど、無理させるわけにもいかないし……」
「寛大な配慮、ありがとうございます。では……エッダちゃん?」
「…………はっ!? あ、はい。何ですか?」
「何ですかって、ご挨拶よ! こちらはアイドル教会本部で大司教補佐をしていらっしゃる、クロム様よ」
「ど、どうも! 我はクロムです。よろしく」
ジョーニィの言葉に応えるように、黒フードの男が普通にぺこりと頭を下げる。その光景に未だに思考が追いつかない俺ではあるが、そこは身に染みた習慣によって半ば反射的に挨拶を返した。
「俺はエッ……ダです。よろしくお願いします、クロム様」
「う、うん。よろしく。ご苦労だったねジョーニィ氏。ここまででいいよ」
「ですが……」
「大丈夫だ、ジョーニィさん」
俺を気にかけてくれているジョーニィを、あえて俺の方から突き放す。単なるエロ親父ではなく、相手が魔王となれば話は別だ。
「そう? じゃ……無理はしないでね」
最後にそう気遣わしげな言葉を残して、ジョーニィが部屋から出ていった。そうして扉が閉まれば、この個室には俺とクロム……魔王クロムの二人だけとなる。であればもう遠慮はいらないだろう。
「ふぅ……で? これは一体何のつもりだ?」
「な、何って、我はただ今をときめく『レインボウティア』の子達と話をしてみたかっただけで……」
突如雰囲気が変わったであろう俺に、クロムが若干戸惑ったような声をあげる。何とも白々しいが……まあせっかくの機会だ、まずは話をしてみるのもいいだろう。
「俺達と? そう言えば今日の舞台を随分熱心に見てたよな?」
「そ、そうだとも! いやー、あれは本当に素晴らしかった! エッダちゃんはとても魅力的だったし、ティアちゃんはとても可愛らしくて、あとレインちゃんの歌は本当に凄くて……我思わず泣いてしまったのだ」
「お、おぅ。そうか? ありがとう?」
「いやいや、お世辞じゃないぞ! 我は本当に素晴らしいと思ったのだ! だから是非ともみんなと話をしてみたかったんだけど……あ、いや、違うぞ!? 別にエッダちゃんだけじゃ満足できないとか、そんなことを考えているわけじゃないぞ!?」
「……………………?」
慌てた様子でそう口にするクロムの態度に、嘘があるようには思えない。というか、この段階まで来てそんな嘘や演技をする必要があるとは思えない。
いや、でもしかし……え、まさか嘘だろ?
「な、なあ、クロム……様?」
「ん? 何だい?」
「何っていうか……俺が誰だかわかってるんだよな?」
「へ? そりゃ勿論! 『レインボウティア』のエッダちゃんと言えば最近は本部でも名前が聞こえるくらい有名じゃないか! ま、まあ確かにティアちゃんやレインちゃんと違って好きな人と嫌いな人がハッキリ分かれる感じだし、批判的な人が多いのも事実ではあるけど……で、でも我はいいと思うぞ! うん、何と言ってもエッダちゃんはエロ……げふん、魅力的だからな!」
黒いフードに隠れて目など見えないというのに、クロムの視線が俺の胸や尻の辺りをチラチラ見ているのがハッキリと感じられる。ほほぅ、女ってのはこんなに男の視線がわかるものなのか。これは気をつけ……いや、俺の人生においては一切役に立つことのない無駄知識だろうが、一応留意しておくべきだろう。一応な。
って、違うよ、そうじゃねーよ! まさかこれ、本当にわかってない? この距離で会話までしてるのに!?
「……………………」
「え、エッダちゃん? その、どうかしたのかな?」
「あー、いや、何でも無い。座っても?」
「も、勿論! 何処でも好きな場所にどうぞ!」
元々全員を呼ぶつもりだったためか、丸いテーブルの上には美味そうな料理がこれでもかと並んでいるし、座る場所もいくらでもある。が、俺はあえてニッコリと笑いながらクロムの隣に肩が触れそうな距離で腰を下ろす。
「え、エッダちゃん!? これはその、ちょっと近くないかな?」
「何だよ、近いと駄目なのか?」
「だ、駄目ってことはないけど! でもほら、そこは適切な距離があったほうがお互い落ち着くんじゃないかなーって思ったり思わなかったり?」
「ならいいんだよ。これが俺の考えた、あんたとの適切な距離ってやつだからな」
「えぇ……」
あからさまに動揺しているクロムに、俺はそっと手を重ねる。するとクロムがこっちが驚くくらいびくりと体を震わせて、俺の手をはね除けられてしまう。
「ほあっ!? あっ、ごめんねエッダちゃん。で、でも、どうしたの? そんないきなり……?」
「いきなりも何も、単に手を繋いだだけじゃねーか。アイドルなんだから、ファンと握手くらいするに決まってるだろ? 特に俺は、手くらいバンバン繋ぐぜ?」
実際、俺はファンとの交流には割と積極的な方だ。これは俺自身が強いことと、こう見えて身持ちが堅い……そりゃ中身は男なんだから当たり前だが……ことをジョーニィが認めてくれているからこその方針だ。
なので握手くらいは普通にするし、通りすがりに手を出されればノリノリでハイタッチしたりもする。たまに尻を触ろうとする奴がいたりもするが、そっちは華麗に回避している。前は蹴り飛ばしてやったんだが、そしたら「俺も蹴ってくれ!」みたいな奴が湧いて出てきたからな……うむ、やはり適切な対応ってのは大事だな。
「そりゃ知ってるよ! 知ってるけど……でもほら、あんまり突然だったから、ちょっとビックリしちゃって……いや嬉しいよ! すっごく嬉しいんだけどね! でもやっぱり女の子がそんなに気軽に手を繋いだりするのはどうかなぁって、我は思ったりしなくもないというか……」
「ふーん? なら手じゃなきゃいいんだな?」
ニヤリと笑った俺は、振り払われたクロムの手を取り、強引に自分の胸に押し当てる。胸を鷲づかみにされるのはなかなかに不思議な気分だが、とりあえず嫌悪感などはない……まあ俺的には自分の手で掴んでるようなもんだしな。
だが、胸を掴まされているクロムの方はそうもいかないようだ。
「ひょぇぇぇぇ!? え、エッダちゃん!? 駄目だよ、そんな!? こんなことしたら駄目だって!」
「何が駄目なんだよ? ずっとその目で追ってたのはわかってるんだぜ?」
「それは!? でもほら、それは男の本能だから仕方ないっていうか、いくらアイドルだからって……いや、アイドルだからこそ自分は大事にした方がいいと我は思うのだけれども!
あっ、ひょっとして我が呼び出したせいで、勘違いさせちゃったのか!? ち、違うのだ! 我は本当に『レインボウティア』のみんなとお話がしたかっただけで、決してそういうことをさせるつもりとかじゃなかったのだ!
謝るのだ! 謝るからこんなことは止めるのだ!」
「ふむ? つまりここまでしても何も感じないと?」
「うぐっ!? そ、そりゃ我だって男だし、何も感じないというわけではないけれども……だ、駄目だ。我はティアちゃん推しなのだ! この程度で……ああ、でも凄く柔らかい……っ!」
「そうか……いや、参考になったよ。ならこれで最後だ」
「さ、最後!? 一体何を――っ!?」
クロムの手首をガッシリと掴み、その手を胸に押し当てたまま、俺は「可能性の残滓」を発動させて元の姿へと戻っていく。するとフードの奥にわずかに覗くクロムの目が大きく見開かれていき……
「どうだ? これなら分かるか?」
「ほ、ほ、ほげぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!? エッダちゃんが男に!? じゃなくて、ま、まさか本体ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」
不敵に笑う俺の前で、魔王クロムが泡を吹く勢いで叫び声をあげた。




