何をしたいか分からない相手が、何もしないのが一番困る
「ウォォォォォォォォー!」
「「「オーッ!!!」」」
俺の雄叫びに、観客達が呼応して声をあげる。その手には微量の魔力を流すことで光を放つマギリウムという棒が握られており、歓声と共に振り回される色とりどりのマギリウムがまるで光の洪水のようだ。
いつ見ても圧巻の光景であり、いつもなら俺のテンションも最高潮になるところなんだが……
「イエーッ!」
(くそっ、何でお前までノリノリでマギリウム振ってるんだよ!?)
楽しげにマギリウムを振る黒いフードをスッポリとかぶった魔王の存在がどうしても気になって仕方がない。それでも何とか自分のパートを終えると、交代のハイタッチをする最中、ティアが「二人だけの秘密」を発動させた。
『大丈夫?』
『悪い、任せた』
言葉を介さない意思疎通とはいえ、一瞬で状況説明できるというわけではない。となるとここで魔王のことを告げてティアまで動揺させてしまうと本気で舞台が崩壊してしまうので、俺はあえて真実は伝えず、そう言って後ろに下がる。
そんな俺に一瞬だけ訝しげな視線を向けてくるティアだったが、ティアもまたこの数ヶ月アイドルをやり続けているだけあり、ここでやるべき事、やらなければならないことは理解している。全てを飲み込みいつも通りに歌い出したティアに対し、観客もまた反応する。
「吹き抜ける風 髪を揺らして、私の足も自然と弾む。何処に向かって歩こうかしら? 手の引く貴方は緑の旅人――」
「~♪」
俺達の舞台において、手にしたマギリウムの色は自分の推しているアイドルを表している。赤が俺、青がレイン、そして緑がティアになるわけだが、ティアのパートになったことで緑のマギリウムを持つ観客達が一気に活気づいてマギリウムを振っていく。
その一糸乱れぬ動きはある種芸術的でもあり、ティアの熱狂的なファンはこの複雑怪奇なマギリウムの振り方を習得することを誇りとしているようなのだが……
(お前もかよ!?)
俺の視線の先では、魔王が他のファンと一緒に緑のマギリウムを振り回している。その動作は完璧であり、あんな視界の悪そうなフードをかぶってよくそれだけ機敏に動けるなと感心してしまうほどだ。
「明るい未来を、見つけて行こう――最後、レインちゃん!」
「はい!」
そうして最後までマギリウム踊りをやり遂げた魔王をそのままに、舞台上では遂に主役であるレインが登場する。そのしっとりした歌声に合わせてマギリウムの動きもゆったりとしたものになり、客席ではマギリウムが歌に合わせてゆっくりと左右に振られる。
「いつかいつか、夢見てた。君と二人、歩くその道。いつもいつも、感じてた。君と二人、進むその先――」
右に左にと光る棒が揺れ動く様は、こちらから見るととても幻想的だ。誰もがレインの歌にうっとりと酔いしれ、心地よい音の波に心と体を浸している。
そしてそれは魔王も例外ではないようで、警戒して気を張っているのが馬鹿らしくなりそうなほどに魔王からは敵意も悪意も感じない。ただ他の観客と同じようにマギリウムを揺らし……全てを終えて舞台を降りてなお、魔王が俺達に襲いかかってくることはなかった。
「ふぅぅ…………」
控え室に入り、俺は大きく息を吐く。いつもとは違う緊張感から、精神的な疲労が濃い。
「随分お疲れねエッダ? 本当にどうしたの?」
「ティア……いや、実は――」
「はーい、みんな! お疲れ様ー!」
俺がティアに魔王のことを話そうと思った瞬間、控え室の扉が開いてジョーニィが中に入ってきた。笑顔でティアやレインを見るジョーニィだったが、俺に視線が向いたところでその表情がわずかにしかめられる。
「ちょっとエッダちゃん、今日はどうしたの? 何だか調子悪そうだったけど」
「あー、すみません。ちょっと体調が……」
まさか「近くに魔王がいたので」などと言えるはずもなく、俺は適当なことを言いながら軽く腹をさすってみせる。
ちなみにだが、いかに女の体になったとはいえ、流石に子供を産んだりはできないようだ。なのでそれに関する体調不良なども本当は存在はしないのだが、それを他人が証明することなどできるはずもなく、ジョーニィの表情もすぐに和らぐ。
「そう、それはまあ仕方ないわね。でもよりによって今日でなくても……」
「え、今日って何かあるんですか?」
「あるっていうか、あったのよ! 実は今日、貴方達の舞台を見に『教会』の偉い人が来てたの! だから今日は最高の舞台を見せて欲しかったのよ!」
「えっ、私そんなの聞いてないですよ!? ……ひょっとして私、大事なことを聞き逃してましたか?」
突然のジョーニィの言葉に、レインが驚きの声をあげる。その後はすぐに恐る恐る俺達の方を見てくるが、俺もティアも聞いていないとばかりに首を横に振る。
「そうじゃないわ。変に緊張しないように、アタシが言わなかったのよ。実際もし最初から知ってたら、緊張しちゃったでしょ?」
「うぅ、はい。きっとガチガチになっちゃったと思います」
「だからレインちゃんが気にすることはないわ。それにエッダちゃん以外は完璧だったし、先方からも素晴らしかったってお言葉をいただいてるわ。
で、実はこの後なんだけど……」
「ひょっとして、誰か呼ばれました?」
言葉を濁すジョーニィに、俺の方から声を投げかける。権力者がアイドルを呼びつけるなんてのはよくあることで、中には自分から率先してそういう営業を行うアイドルもいないわけじゃないが、少なくとも俺達はそうじゃない。
が、俺達の意向と偉いさんの要求なら、偉いさんの要求の方が通るのが世の常だ。ジョーニィも業界の有名人としてそれなりの権力を有しているが、世界中のアイドルを統括している「アイドル教会」の偉いさんとなると、流石に分が悪いんだろう。
「……まあ、そうなのよ。場所はこの町にある高級食堂の個室で、アタシは部屋の前までしか案内できないわ。みんなと気兼ねなくゆっくりお話したいんだそうよ」
「気兼ねなく、ねぇ……」
うん、怪しい。気兼ねなく話をするだけというのなら、そもそもここに来てくれりゃいいのだ。関係者以外は立ち入り禁止ではあるが、教会の偉いさんは関係者より上なので問題になることはない。
なのに何故個室を用意したのか? その意図を予想すると……あまりいい答えには辿り着けない感じだ。
「ちなみに、呼ばれたのは誰なんです?」
「三人全員よ」
「うっは、そりゃまた欲張りなことで。でもそういうことなら、俺が行きますよ」
「……いいの?」
「ま、俺ならどうとでもなりますから」
伺うようなジョーニィの言葉に、俺はニヤリと笑ってみせる。
実際俺なら大抵の相手には実力行使でどうにでもなる。それはティアも同じだろうが、汚いオッサンの手がティアに伸びるのを想像するとうっかり世界を終わらせてしまいそうになるので、俺の精神衛生的にも俺が行くのが一番いい。ああ、当然だがレインを一人で行かせるのは論外だ。
「今回は多分、アタシの手の届かない相手よ? 一応何かあった時のためにできるだけのことはしてみるつもりだけど」
「いや、本当にどうとでもしますから、大丈夫ですって。ただ……ティア、念のためレインの方を頼む」
「わかったわ。気をつけてね」
「うぅ、私も何かお手伝いできるといいんですけど……」
「ハッ、馬鹿言え。レインは明るいところをまっすぐ歩けばいいんだよ」
しょげるレインの頭を優しく撫でてから、俺はジョーニィに連れられて町を歩いて行く。辿り着いたのは白亜の壁が眩しい本物の高級店で、店員の案内に従って辿り着いた部屋の扉を開けると……
「……………………は?」
そこには頭から黒いフードをスッポリかぶった、あからさまに怪しい男が待っていた。




