その力には抗えずとも、その誇りは奪われない
今回は三人称です。ご注意ください。
時はわずかに遡り、エドが魔王ラストと精神世界で会話を交わしている頃。
「ウァァー!」
「チッ! 本当に男、使えない!」
まるで幽鬼のように自分に掴みかかってくる男達を、ドナテラは容赦なく槍で叩き伏せていく。だが男達は思った以上に頑丈で、しつこくドナテラに抱きつこうとしてくる。
「乳ぃぃぃぃ……尻ぃぃぃぃぃぃ……」
「寄るな! 気持ち悪い!」
特にガルガドは厄介だ。執念も力も他の男達より二回りは強く既に何度も打ち倒したというのに諦めることなく起き上がる。
「お前達、本当に邪魔! 今なら黒い星、討ち取れるのに!」
目の前から消えた瞬間、よそ者の男……エドの背後に出現した黒い星は、何故かエドに抱きつくような形で動きを止めている。遠目に見る限りでは意識すらないようで、ならば倒すには絶好の機会。
「倒す! 倒す! 必ず倒す! お前倒せば全部終わり! だからエロに墜ちた男達、邪魔するな!」
「ウガァ!?」
苛立ちが頂点に達したドナテラの体から勇者の力が立ち上り、ガルガドの巨体を強く跳ね飛ばす。倒れ伏したガルガドに、ドナテラは遂に槍を突き立てようとして……
「やら、せないっ!」
ギィンという音を立てて、ドナテラの槍が弾かれた。そこに立っていたのは今までずっと戦いに加わらずにいた唯一の男。
「……ハモキン。お前も私の邪魔するか」
ふらふらと立つハモキンの体にはガルガドと同じくらい濃さの黒いもやがまとわりついており、その姿を目にするだけでドナテラの脳裏に激しい嫌悪が湧き上がってくる。
「お、れは…………」
「ハンッ! 所詮はお前も男! 男くだらない! 男頼りない! エロに負ける男、必要ない!」
ドナテラが振り下ろした槍を、ハモキンが受け止める。するとハモキンの粗末な槍が折れ、その肩をドナテラの槍が強打する。
「ぐっ…………ドナ、テラ…………」
だがハモキンは折れた槍の穂先がある方を手に構える。武器を失ってなお戦う姿はまさに戦士のそれであり……だからこそドナテラのなかに湧き上がる失望が怒りへと昇華していく。
「そんなになってもエロいもの、守るか! 男最低! 男最悪!」
「…………たし、かに、男、エロいもの……好き…………乳、尻、目、奪われる……それ、男の本能……どうしようもない…………」
「情けない言い訳、聞く気ない! 男軟弱! 男最悪!」
「だが……っ!」
槍の片割れを持ったハモキンの手が上がり、そのまま力一杯振り下ろされる。硬く鋭い黒曜石の穂先が貫いたのは……ハモキン自身の腹。
「っ!? ハモキン、お前何を!?」
「エロいもの……大事……でももっと大事なもの……ある……家族、仲間、絶対に守る……そうだろう、お前達!」
「「「オォォォォ!!!」」」
倒れていた男達が、雄叫びを上げて起き上がる。その震える手を高々と掲げ、皆が自分の腹に槍を突き立てる。
「馬鹿な!?」
「ハ、ハ、ハ……俺、エロいもの好き。エロいもの、勝てない……でも、負けもしない!」
「俺達戦士! 戦士は皆を守るもの! だから……」
「ドナテラの心、俺達が守る!」
「ガルガド!? それに、お前達……何を、何を言ってる!?」
「俺達、黒い星に勝てなかった。でも俺達の命、ドナテラが背負う必要、ない。これで俺達、もう邪魔できない……だから……
倒せ、ドナテラ! 黒い星倒して、集落の皆を守れ!」
「ハモキン!」
全ての男達が、腹から血を流して倒れ伏す。うろたえるドナテラが最も近くにいたハモキンの頭を抱えると、その震える手が自分の頬に伸びてくる。
最悪な男からの接触。だが今この瞬間だけは、嫌悪感など微塵も感じない。
「ああ、ドナテラ…………お前あんまりエロくない。でも……とても、綺麗だ……」
「……………………っ」
言葉を発することのできないドナテラの前で、ハモキンの手がパタリと落ちた。するとドナテラの頭の中に聞き覚えのある声が響いてくる。
『最低の男達が、責任を放棄して勝手に死んだ。ああ、何て自分勝手で脆弱で貧弱なんだろうか』
「……違う」
『エロに負けた情けない男達。誇りのない軟弱者。何もできなかった敗北者』
「……違う!」
強く叫んだドナテラが、自分の頭を思い切り殴りつける。グワンと視界が歪み、それと同時に自分の思考がほんの少しだけ二つに分かれる。
『男なんて――』
「男達は勇敢だった。勝利のため、自分が犠牲になる覚悟、あった」
『男のくせに――』
「おまけに私のことまで気遣った。私の手、仲間の血に染まらないようにした」
『本当に男は――』
「……ああ、男達、本当に馬鹿。でも……軟弱でも卑怯でもない!」
『違う! 男は――』
「お前うるさい! お前もういらない! 私は私だ! お前じゃない! 消えろ!」
ドナテラが、己の右耳に思い切り指を突き込んだ。そうして引っかかった何かを、力一杯引きちぎる。
「ガァァァァァァァァ!!!!!!」
信じられないほどの激痛が走り、瞬時に世界がグルグルと回り始める。
物理的な存在ではない光る星は、三半規管を引きちぎったからといって取り出せるものではない。が、それだけの覚悟と決意が、勇者の力を以て邪魔な異物を己の血に濡れたドナテラの右の拳に押しやる。
『何故拒む? 何故抗う? 私はお前、お前の力! 情けない男を排除し、女が頂点に立つ優れた平和な世界を作るための――』
「そんなもの、いらない! ああ、そうだ。ようやく……ようやく思い出せた……」
何てことのない平地で何度も転びながら、ドナテラは未だ動かない黒い星の方へと近づいていく。黄金に輝く拳の先からは、濁った白が今にも飛び出しそうだ。
「神の声、聞こえたと思った。神の力、得られたと思った。でも違った。お前神違う。神なら……私の家族傷つける、無い!」
『世界が変わるには痛みが必要なのだ。受け入れろ、そして変革しろ! その先にこそ理想の未来が――』
「私の理想は、昔にあった! 男も女も、助け合い支え合う! あの頃みんな、幸せに笑ってた! それをお前が忘れさせた!」
『そんな笑顔は仮初めだ! うわべだけ取り繕っただけの偽物だ! さあ、私を受け入れろ! そして勇者を越える神の戦士として、愚かな魔王に終わりを――』
「そうだ! 黒い星、ここで終わらせる! でもそれは……お前も同じ!」
最後の力を振り絞って、ドナテラが大地を踏みしめる。魂を込めて振るった腕が、固まったままの黒い星の顔面に炸裂する。
「消えて、無くなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
『何と、愚かな――――――――っ』
まるで太陽が生まれたかのように、辺りに眩い光が放たれた。それと同時に黒い星の体がサラサラと塵になって崩れていき、次いで動きを取り戻したエドがキョロキョロと周囲を見回し、あまりの事態に驚愕の声をあげる。
「……って、何じゃこりゃあ!? 何でみんな血を流して倒れて……っ!?」
「おい、エド……」
「ドナテラ!? お前も重傷じゃねーか! 一体何でこんなことに――」
「今まで、悪かった。もしお前が私恨んでるなら、この首くれてやる。だから……頼む。どうか仲間を、家族を助けてくれ」
今までとは正反対に弱々しく懇願するドナテラの姿に、エドは激しく混乱する。だがそれ以上何も聞くことなく、エドはそっとドナテラを地面に横たえると、ニヤリと笑って立ち上がる。
「任せろ! お前達の終わりはここじゃない。この俺が保証してやるぜ」
その表情に妙な頼もしさを感じて、ドナテラは安心のうちにその意識を闇へと落としていった。




