それが動かぬ結末ならば、せめて覚えていて欲しい
「うおっ、と」
突然真っ黒な世界に連れ込まれ、俺はその場で蹈鞴を踏む。と言ってもここは物理的な世界ではないので、あくまでも俺の認識というか、気分的な問題だ。
「はーい、一名様ごあんなーい!」
そして俺の頭上から、魔王ラストがゆっくりと降りてくる。フンワリとした落下……いや降下速度は明らかに重力を無視しているが、ここはコイツの世界なんだからその程度で驚くには値しない。
「ようこそいらっしゃいました、ご主人様! ご主人様が私に挿入った初めての殿方ですよ! いやー、照れちゃいますねぇ、初物食いの感想は如何ですか?」
「チッ、言ってろ。確かに油断したのは事実だが……これで勝ったと思うなら大間違いだぜ?」
こうやって取り込まれるのは既に経験済みだ。この世界でやるのは要は綱引きであり、勝利するには相手の引く力よりほんの少しだけ強い力で引き続ける必要がある。
繊細な力加減が必要な作業なので単純に剣でぶった切るのに比べれば遙かに難易度が高いが、それでも今の俺なら十分に――
「いえいえ、別に勝つとか負けるとか、そんなことのためにお呼びしたわけじゃないんですよ! っていうかあれでしょ? どうせ最終的には私はご主人様の一部になっちゃうわけですし!
いやん、私の全部がご主人様に食べられちゃう……っ!」
「…………どういうことだ?」
クネクネと身もだえるラストの姿は、根底にコイツは俺だという意識が働いているせいで正直微妙に気持ち悪い。だがそれよりも気になるのはその発言だ。
「お前、俺に成り代わって本物の魔王になりたいわけじゃねーのか?」
「まさか! エロ可愛いだけの私が終焉の魔王なんて、どう考えても似合わないじゃないですか! 確かに殿方の理性は終わらせちゃいますけどね! あ、あと種汁も搾りきって終わらせちゃうかも?」
「やめい! ってか、じゃあ何で俺を自分の中に取り込んだんだ?」
隙あらば下ネタを挟み込んでくるラストに突っ込みを入れつつ、俺は真面目にそう問いかける。するとふざけたニヤニヤ笑いを浮かべていたラストの表情が、少しだけ寂しそうに曇る。
「うーん、それはですね……ほら、この世界って何もないでしょう? 周り中何処を見ても森、森、森! みたいな感じで。ご主人様が一緒にいた人達以外にもいくつか集落がありますけど、住んでる人は大体同じ感じですしね。
ひょっとしたら私がもっと強くなって密林の外に出られたら、あるいは普通の文明国家があるのかも知れませんけど……その前にご主人様が来ちゃいましたし」
「……? つまり、何だ? 何が言いたい?」
「寂しかったんですよ。せっかくこれだけ完成した人格を得ているのに、それを生かせる場所がない。大した敵もいなければ味方にできるのも私の魅力にメロメロになったシャイボーイ達だけですし?
もっとこう、素敵なファッションとか美味しいスイーツとか、そういうのを楽しみたかったんです! せっかく世界に降り立ったんですから、そのくらい許されると思いません!?」
「あ、ああ。まあそうだな?」
「そう言う意味では、ジョンさんですか? あの人は上手くやりましたよねー。世界に馴染んだどころか世界に必須の存在になることで、ご主人様にお目こぼしまでされちゃうとか! いいなー、羨ましいなー。私もご主人様にお目こぼしして欲しいなー? お目こぼし、おめこぼし、オメ……」
「待て、やめろ! それ以上言うな!」
何かとても危険なものを感じて、俺は慌ててラストに近づきその口を強引に手で塞ぐ。するとラストがモゴモゴと口を動かし……指先にペロリと熱い感触が走ったところで、俺は思わず手を離してしまった。
「汚っ!?」
「えぇ!? 私みたいな美少女に舐められるのを汚いなんて、ご主人様は分かってないですねぇ。場所が場所なら金貨が動きますよ?」
「どんな場所だよ! 知らねーよ!」
「全くこれだから初心なお子様は……あ、いや、そうでもないんですかね? あのエルフの娘とは随分とよろしく――――?」
瞬きの間に引き抜かれた「夜明けの剣」が、魔王ラストを真っ二つにする。無論ここではそんなものに意味はなく、ラストはすぐに元に戻ってしまうわけだが……
「その煽りは聞き流せねーな……控えろ」
「あちゃー、これはご主人様のビンカンなところだったみたいですねぇ。反省です」
真顔になる俺に、ラストが思い切り顔をしかめてコツンと自分の頭を叩く。全く悪びれない様子に、だが俺は逆に毒気を抜かれてしまった。
「ふぅ……まあいい。てか、本当に何なんだよ? お前は何がしたかったんだ?」
「強いて言うなら、お別れですかね」
「お別れ?」
「ええ。ここって外とは時間の流れが違うというか、意識を加速させてるんですけど、どうやらそろそろ終わりみたいで。あー、ドナテラちゃんの拳がめっちゃ光ってます!」
「…………お前、まさか最初から負けるつもりだったのか?」
驚きに目を見開く俺に、ラストはあくまでもふざけた調子で……だが確かに苦笑して言う。
「そんなことはないですけど、そもそも勝ち筋が無いですしねー。ほら、ご主人様が前に『何が終わりかは俺が決める!』とかドヤ顔で言ってたでしょ? 実際私にはそれに抗うほどの力も意思もないですから」
「うぐっ!? それは…………いや、それは今はいいんだよ。それよりお前! お前はそれでいいのか?」
「よくはありませんよ? 消えたくない、存在していたい。私がこの世界に降りたってからの一〇年……長い魔王生の中からすれば一瞬にすら満たないような時でしょうけど、私にとってはこれが全てなんですから。
でもま、短いながらもやりたいことをやって、楽しみました。だから思い残すことは……沢山ありますけど、まあ仕方ないかなって」
疲れたような諦めたような、そんな笑顔を浮かべるラストは年相応の少女のようで、俺の胸に冷たい風が吹き抜けたような不思議な感情が去来する。
「そう、か…………悪いがジョンの時とは状況が違いすぎる。お前を見逃してやることはできねーが……お別れをしたいってことなら、聞いてやる。何か言い残すことはあるか?」
「忘れないでください」
俺の問いかけに、ラストがまっすぐに俺を見て言う。
「エロく怪しくイヤらしく! 魔王ラストというプリティーキューティーな存在がご主人様の中に眠っていることを、どうか覚えておいてください。
宇宙よりも長い時間のなかで、星の瞬きよりも短い時間触れ合っただけの私ですが……それでも確かにここにいたんです。それをどうか、忘れないでください」
「……わかった。お前の存在を俺は生涯忘れない。ま、こんな濃い存在なんて忘れようと思っても忘れられねーだろうけどな」
真摯に希うラストの言葉を、俺はヘラリと笑って受け止める。こんな訳の分からん世界に君臨した、訳の分からん魔王のことなんてどうやったって忘れられるはずがない。
「魔王ラスト。俺がお前の終着点だ。だが終わりとは、二度と変わらぬ歴史を刻むということでもある。忘れるな、そして忘れない。お前は俺だ。自分の中で……眠れ」
俺はラストの頭に手を置き、目を閉じて集中する。すると魔王の力が一切の抵抗なく俺の中に染みこんできて、分かたれていた二つが一つへと変わっていく。
「アハァン! ご主人様の太くて硬い意思に貫かれて、私逝っちゃうぅぅぅ!」
黒い空間にビシリとヒビが入り、そこから眩しいほどの光が入り込んでくる。全くコイツは最後まで――
――ありがとう、優しいご主人様……
「……最後までふざけた奴だぜ」
魔王ラストの世界は終わりを告げ、俺の意識は現実へと引き戻されていった。




