互いの声は届かずとも、確かな想いはそこにある
今回は三人称です。ご注意ください。
エドが集落へと飛び出していった後。洞窟の中ではハモキンとドナテラが落ち着かない空気を共有していた。ソワソワと体を揺するハモキンに、ドナテラが牢の中から声をかける。
「おいハモキン、ここ出せ! 私戦いに行く!」
「駄目だ。ドナテラ行く、みんな迷惑」
「何が迷惑だ! よそ者一人で何ができる!? 私行けば集落の女みんな戦う! 男最悪、でも黒い悪魔もっと最悪! 女が戦えば戦力倍! 黒い悪魔なんて簡単にやっつけられる!」
「……駄目だ」
「何故だ!? オマエ、そんなに女怖いか!?」
徴発するようなドナテラの言葉に、しかしハモキンは少し悲しそうな表情でゆっくりと首を横に振る。
「違う。ドナテラ確かに強い。でもドナテラ以外の女、強くない。黒い悪魔倒せない」
「ハッ! 馬鹿を言うな! 私達毎日黒い悪魔と戦って倒してた! やっぱり男嘘つき! 男最低!」
男を追い出した後も、集落には日に数匹程度の黒い悪魔が襲ってきていた。だがそれらはドナテラ以外にも戦いを望んだ女性によって日々打ち倒されており、だからこそドナテラは黒い悪魔にそこまでの脅威を感じていなかった。
だがハモキンは、そこに隠された真実を知っている。ならばこそ決してドナテラの願いを承諾することなどないが……かといってドナテラも引き下がれない。
「集落の女達、私の家族。家族襲われてるのに戦わない、あり得ない!」
「……その気持ち、わかる。でもドナテラ行っても混乱を生むだけ。そうなったら勝てる戦いも勝てなくなる。今は俺達に任せろ」
「任せられるはずない! 役立たずの男共に、大事な家族任せられるはずない!」
ドナテラの頭の中では、今も白い星が囁き続けている。そこから伝わる男への不信が、ドナテラに信じることを許さない。
(どうする? どうすればいい? どうすれば家族助けに行ける? いっそ牢を破ってハモキンを……っ!?)
頭に浮かんだ思考に、ドナテラの視界の端が白く染まった気がする。が、すぐに頭を強く振って、ドナテラはその考えを吹き飛ばした。
(違う! 男最悪、信じる無理。でも男敵じゃない。傷つける違う……うぅぅ、私はどうすれば……)
やりたいこと、できること、やってはいけないこと。様々な感情の板挟みとなり、ドナテラは強く歯を食いしばって悩み続ける。ガリガリと頭を掻き毟り苛立ちを露わに地団駄を踏んで……その時ふと、ドナテラの中に新たな考えが生まれた。
「……そうだ。なあハモキン、私が集落行って戦う、女達が変わるから駄目。そうだな?」
「ああ、そうだ」
「なら私、集落行かずに戦う。それならどうだ?」
「? ドナテラ、お前何を……?」
「黒い星、倒しに行く」
「っ!?」
ドナテラの言葉に、ハモキンが驚愕の表情を浮かべる。だがそれこそ弱者の証だとドナテラはニヤリと笑う。
「集落に黒い悪魔、沢山来た。なら黒い星のところ、黒い悪魔いないはず。今なら黒い星、きっと倒せる!」
「正気か!? 黒い星、そんな甘くない! 俺達じゃ近づくのも難しい!」
「それはハモキンが男だから! 男、黒い星の乳と尻に釘付け! だから戦えない! 男軟弱! 男最悪!
でも、私違う。私女! なら黒い星がどんな姿してても関係ない!」
「むぅ、それは…………」
黒い星が強力な魅了の力を持っていることは、ハモキンも知っている。だからこそその存在が分かっていても迂闊には手を出せなかったわけだが、確かに女性にならばそれが通じない可能性はある。
もっとも、だからといって女性を戦わせるかと言えば話は別だ。当たり前の話だが、集落の女性達は戦士である男達に比べれば圧倒的に弱い。仮に魅了の力が通じなかったとしても、戦えもしない女が黒い星を倒せるはずもない。
が、目の前にいるドナテラは別だ。確かにドナテラならば、黒い星の魅了を打ち破って倒すことができるかも知れない。
「わかったか! わかったら牢開けて私出せ! じゃなかったら、私無理矢理出て行く!」
ドナテラが牢を握り、力を込める。丈夫で良くしなる植物の茎を使っているとはいえ、ドナテラが全力を出せば自力で壊すことは可能だ。
「…………わかった」
だがそうされる前に、ハモキンは自分の手で牢を開けた。勿論そんなことをする権限はハモキンには無い。発覚すれば皆から強く責められるような独断専行。
それでも扉を開いたのは、ハモキンもまた覚悟を決めたから。このまま抑えきれずドナテラ一人を暴走させてしまうなら……いざという時、己を犠牲にしてでも止める。それは立場も誇りも投げ捨てた、ハモキンという一人の男の決意。
「ただし、俺も一緒について行く。いいな?」
「フンッ、勝手にしろ! 私男待たない! 頼りにしない! 邪魔しないならほっといてやる」
「ああ、それでいい」
後ろを振り返りすらせず、近くに置かれていた槍を手にドナテラが洞窟を飛び出していった。すぐその後をハモキンが付き従い、二人はまっすぐに黒い星がいる東の森へと突き進んでいく。だが……
「何だ!? 何だこの黒い悪魔の数!?」
「これが東の森だ。黒い悪魔、数え切れないほどいる!」
二人の行く手を阻むのは、黒いもやを体にまとわりつかせた何十何百もの敵。人も獣も鳥も虫も、黒いもやに憑かれた悪魔がワラワラと二人を出迎える。
「だが、こんなもの……何!?」
いつもの調子で槍を振るうも、黒い悪魔がそれを容易く受け止める。集落に現れる黒い悪魔ならそのひと薙ぎで簡単に倒せるだけに、ドナテラの顔に驚きが浮かぶ。
「何だこいつら!? 集落に来る奴らより強い!?」
「……………………」
その言葉に、ハモキンは何も言わない。集落を追い出された男達は、集落と黒い星の間に陣取るようにして避難拠点を点在させ、集落を襲いに来る黒い悪魔を自主的に排除していた。
なので女だけとなった集落を襲うのは、「最低限の危機感を失わせないように」と配慮されて弱らされた黒い悪魔のみ。それがあまりにも容易く倒せるからこそ、女達は「この程度の敵を倒して大きな顔をしていたのか!」と男達を更に軽く見るという事態になったのだが、そんな小さな事を男達は気にしていない。
全ては仲間を、家族を守るため。たとえ疎まれ追い出されようとも、男達は誇り高き戦士であった。
「ぐぅぅ! こんな……ものぉ!」
そしてドナテラもまた、世界に選ばれた勇者。確かに集落を襲ってきた黒い悪魔に比べれば格段に強いが、ティアによって目覚めのきっかけを得て以降、体から黄金の闘気を揺らめかせるドナテラにとって、目の前の敵は決して倒せない敵ではない。
故に二人の戦士は、苦労しつつも東の森を奥へ奥へと進んでいく……進めてしまう。だが進めば進むほど敵の密度は増え、力では勝っていても単純な数の暴力に徐々に戦況は悪化する。
「……やっぱり無理だったか。俺が道作る。ドナテラ、お前だけでも逃げろ」
「はぁ!? ふざけるな! 男が私逃がす、あり得ない! こんな敵、全部私が片付ける!」
「そっちこそふざけるな! ドナテラ、お前俺より強い! 強いお前なら戻ればまた戦える! こんなところで無駄死にする、無い!」
「私死ぬ、ない! 諦める、ない! やっぱり男軟弱! この程度で諦める、腰抜けの極み!」
「ドナテラ!」
「黙ってろハモキン! 私は、絶対に……っ!」
「ああ、こんなところで死なせねーよ」
二人を取り囲む黒い悪魔に、突如として外から吹き荒れる暴力の嵐。二人が呆気にとられるなか、その場に現れたのは――
「ったく、何でこんな無茶してやがるんだよ!」
「エド!? それに、お前達……っ!」
二〇人ほどの男達を引き連れ、笑顔で剣を振るよそ者の姿だった。




