やるべき事をやっただけで、俺達は決して悪ではない
「ティア……やっぱり来たか」
「当たり前でしょ! か弱い女の子を組み敷いて怪しい薬で眠らせた挙げ句に好き放題しようなんて、そんな変態行為を見逃すはずがないじゃない!」
「うぐっ!?」
辛辣なティアの言葉の刃が、俺の胸を深くえぐっていく。ティアが現れるのは予想していたが、その攻めはちょっと想定外だ。
「……言い訳はしねーよ。確かに今の俺は、ドナテラを襲撃しにきた刺客だからな。で、どうするんだ?」
「勿論、阻止するわ!」
ティアの細剣が俺に向かって二度三度と突き出される。が、そんなもので俺の追放スキル「不落の城壁」が破れるはずが……っ!?
「痛ぇ!? ちょっ、まっ!?」
「ほらほらほら! ドンドン行くわよ!」
「痛っ!? 痛い!? マジで痛いから!? くっそ!」
全身に走る激痛に、俺は思わず腰の剣を抜いて大きく振る。勿論加減はしていたが、それを加味してもティアはスルリと俺の剣撃を避けると、余裕の笑みを浮かべてドナテラの前に立ち塞がった。
「フフーン、どう? 不埒な男にはちょうどいい罰でしょ?」
「……どういうことだ? どうやって俺の『不落の城壁』を突破した?」
「あら、今更そんなこと聞くの? そもそもエドは私に蹴っ飛ばされて吹き飛んだじゃない」
「っ!?」
言われてみれば、俺はさっきティアの一撃をもらってドナテラの上から動かされた。だがあの時だって俺は追放スキルで身を守っていたわけで、本来ならどんな攻撃を食らおうと体勢が崩れるはずがないのだ。
「無効化された……っ!? 何で、どうやって!?」
割と本気で焦る俺に、ティアがニンマリと余裕の笑みを浮かべる。
「いいわ、教えてあげる。ほら、私エドに教えてない能力がまだあったでしょ? そのなかにね、あったのよ」
ヒュッと剣を振るティアの笑顔に、俺は何とも言えない迫力を感じる。常ならば頼もしいんだろうが、今は実に恐ろしい。
「『ちょっとそこに座りなさい』……エドの追放スキルの上から痛みや衝撃を伝えることができる、エドと対等に喧嘩するために手に入れた能力よっ!」
「んな理不尽な!?」
まさか対俺専用の能力を会得してるとか、何だその嫌がらせ!? いやまあ、これまでティアが身につけた能力は大抵俺としか使えなかったから、そういう意味じゃ同じなんだろうけども!
「待てっ! ティア! 話せばっ! わかるっ!」
「くっ! この! ちゃんと当たりなさいよ!」
乱発されるティアの突きを、俺は体をくねらせ必死にかわしていく。幸いにして純粋な剣士としてのティアの腕はそこまででもないので、かわすだけならばそう問題はない。
それに、これでハッキリしたことがもう一つある。
「剣しか使わねーってことは、ティアお前、今精霊魔法が使えねーな?」
「なっ!? そんなわけないでしょ! 私はエルフなのよ!?」
「ははっ、エルフだからって常に精霊に言葉が通じるわけじゃねーだろ。そのくらい俺でも知ってるぜ?」
精霊魔法は精霊に意思を伝えて自然現象を引き起こす魔法だ。つまり自分だけで完結する理術系の魔術と違い、術者の意思を精霊に伝える必要がある。
だが精神操作を受けていると、術者の意思に別の存在の意思が混じる。そうなると精霊には上手く意思が伝わらなくなり、精霊魔法の行使が著しく困難になる……らしい。
無論俺は精霊魔法なんて使えないので聞いただけの話ではあるが……
「何せそれを教えてくれたのはティアだからな!」
「もーっ! ちょこまかと! ちょっとドナテラ! 貴方もいつまでもそうしてないで、一緒に戦ってよ!」
全く攻撃の当たらない俺に、ティアが苛立った声でドナテラを呼びつける。すると半端に効いていた薬液の影響が抜けてきたであろうドナテラが身を起こして拳を握ったが、その顔には不安の色が滲んでいる。
「でも私、勇者ルナリーティアと違う。さっきこの男に勝てなかった。今の動き見てもわかる。私じゃこの男には……」
「それは貴方が自分の力の使い方を知らないからよ! いい、私の言うことをよく聞いて」
不安そうなドナテラを庇うように立ちながら、ティアが俺に向かって剣を突きつけ言い放つ。
「勇者ドナテラ! この男こそ貴方が倒すべき魔王の親玉よ!」
「ちょっ!? おま!?」
「魔王? この男が、私が倒すべき敵……!?」
俺を見るドナテラの瞳の色が、みるみる金色に変わっていく。それと同時に全身からゆらりと黄金の闘気が立ち上り始め、俺の脳内で激しい警鐘が鳴り響く。
ヤバい。アレはマジでヤバい。直撃どころかかすっただけでも――
「食らえ!」
「うっひょぉう!?」
ゴウッと音を立てて迫ってきたドナテラの拳を、俺はかなり大げさに回避する。勇者の力は魔王である俺にとって特効だ。少なくともこの世界の中においては、完全に力を取り戻していたとしても勇者の攻撃は俺に届きうる。
無論力の戻った俺からすればたった一つの世界で多少痛い思いをしたところでどうということもないわけだが、今の俺は人の器を維持しているうえに回収した力の欠片はたったの五つ。この状態で勇者とまともに戦うのはかなり分が悪い。
「ぬわっ!? ぐへっ! あぶなっ!? おうっ!?」
「ぬぅ、避けるな卑怯者!」
「そうよエド! 私の攻撃ばっかりじゃなく、ドナテラの攻撃も食らってあげなさいよ!」
「ふっざけんな!」
二人分の攻撃を前に、俺はドナテラの攻撃をかわすことだけに専念し、ティアの攻撃は甘んじて受けるように立ち回った。全身にビシビシと痛みが走るが、この際それも仕方ないと諦める。
(くっそ、これ思った以上にきついぞ!?)
当初の予定では、ティアの援軍があっても事は楽勝で進むはずだった。そりゃそうだろう、俺は二人に攻撃できねーが、二人の攻撃も俺には一切通じない。ならば展開されるのは泥仕合であり、時間稼ぎが目的ならこれ以上無い流れだったはずなのだ。
だが蓋を開けてみれば、二人の攻撃だけが一方的に俺に通じ、俺が反撃できないということには変わりが無い。何故こんなことにと腹の底から愚痴が湧き上がってくるが、それをぶつける相手は少し前の自分なので不毛なこと極まりない。
「どうした? お前避けてばかり! 男軟弱! 男貧弱!」
「少しくらいは反撃したっていいのよ? それともエドって、実は一方的に攻められるのが好きだったの? うわぁ……」
「んなわけあるか!」
眉根を寄せて引いた表情を浮かべるティアに、俺は大声で反論する。だがどれだけ挑発されようと、反撃することはできない。
単に勝つだけなら、ここからでも十分に勝てる。足の一本も切り落とせばその時点で俺の勝ちだ。が、部位欠損ともなると手持ちの回復薬じゃ治療しきれないのでその手は使えないし、そもそも使う気もない。
かといって半端な反撃をするには、相手が微妙に強すぎる。殺意の無い牽制の一撃なんざ、その隙を突かれてこっちが致命傷を負わされる可能性が高い。
ならばこそ、俺は耐える。それこそが俺の役目なれば、耐えて耐えて耐え続けて……そして遂に、建物の外で大きな音が鳴り響く。
「何、今の音?」
「どうした!? っていうか、何で誰も助け来ない!?」
「ふっふっふ、悪いな二人とも」
血の一滴も流していないが、それでも満身創痍な俺が二人に向かってニヤリと笑う。すると次の瞬間、俺に集中していた二人の背後から腕が伸びてきて、その口元に例の薬液のたっぷり染みた布きれが押し当てられる。
「むぐっ!?」
「大人しくしろ!」
「おっと、暴れさせないぜ?」
即座に抵抗しようとした二人だったが、俺は軽い峰打ちを入れてそれを阻む。その間にも二人は薬液を吸い込んでいき……やがてその体からクッタリと力が抜けた。
「大丈夫かエド?」
「ああ、何とかな。それよりそっちは?」
「ガッハッハ! 問題ない! 全部上手くいった!」
「そっか。なら……俺達の完全勝利だ!」
俺の伸ばした手をハモキンとガルガドが弾き、パァンという勝利の音色が集落中に響き渡った。




