相手の意図を透かして見れば、伸るのも反るのも自分次第
「…………ふぅぅぅぅ」
いつもの「白い世界」に戻ってきて、俺は大きく息を吐く。さっきまでいた世界と同じ真っ白な景色ではあるが、こちらは当然ながら寒くも何ともない。
あと、この世界に戻ってきたにも拘わらず俺の体はまだ痛い。てっきり世界を渡れば消えるのかと思っていた白いナニカは、今もずっと俺の体の中で元気に暴れ回っている。
「えぇ、何これ消えないのかよ……」
世界を越えたら全部元通り……というのがお約束だったはずなのに、ここにきて地味な嫌がらせレベルの例外を生み出されたことに、俺はげんなりとした気持ちを漏らす。
「? どうしたのエド?」
「あー、いや、こっちの話」
そんな思いを思わず声にしてしまったが、問うてくるティアに適当に誤魔化しておく。別に話してもいいんだが、体の一部がずっとチクチクしてるとか相談してどうにかなるもんでもねーだろうしなぁ。次の世界に行っても引きずって対処できないようなら、その時に改めて話をしてみることにしよう。
「むー、まあいいけど。それじゃ今回も読みましょうか」
「そうだな」
正直なところ、俺のなかにはいつものような達成感が存在しない。目的は全て果たされているというのに、気分的には敗残兵のようだ。
だがそれを引きずってもいいことなんて何も無い。おそらくティアの方も同じだろうし、ならばここは多少無理をしてでも元気に振る舞った方がいい場面だ。
「さてさて、それじゃハリスさんの過ごしてきた日々を見せてもらうか」
テーブルにつき、俺は今回も「勇者顛末録」をめくっていく。最初のうちこそ他の世界と変わらない様子で、ハリスも元気な子供から元気な少年へと成長していくわけだが……
「……ここで吹雪が始まったのか」
冬の魔王がもたらした、世界の終焉を告げる雪。ハリス本人から多少の話は聞いていたが、「勇者顛末録」に記載されている内容はそれより遙かに深刻だ。
ハリスは最初のうちこそ勇者でなくとも戦士として魔獣と戦っていたが、すぐに敵は同じ人間に変わる。魔獣を倒しても大して腹は膨れず、本格的に空腹を満たすには同じ物を食べる相手から奪うしか無くなっていくからだ。
そうなればもう世界を救う勇者がどうこうなんて場合じゃなくなる。同族同士で奪い合う日々に飽き飽きしたハリスは、生まれ故郷に帰って漁師となる。そこで出会った女性と結婚し子供も生まれたが、その娘が一〇歳になったところで死別している。
それもまた本人から聞いていた話ではあるが……こうして「勇者顛末録」で当時の心境まで描かれていると、その悲しみがより深く俺達にも伝わってくる。
「そう。これでハリスさんは……」
「ああ。後戻りできなくなったっていうか、戻る選択肢がなくなったんだろ。だからこんだけ無茶を重ねられて……そして俺達と出会うところまで生き延びられたんだ」
当時のハリスは鬼気迫る勢いで「生きる」ことに執着していた。ティアが口にしたあの保存食にしても、獣や魚の肉だけじゃなく、地面を深く掘り起こして手に入れたミミズなんかの虫の肉まで練り込んでいたらしい。
そこまでしなければとても一〇年なんて歳月を生き延びることは敵わず、そこまでしてでも生きて魔王を倒すことに執着した。その願いは見事成就するわけで……本は最後の章へと移る。
――第〇一二世界『勇者顛末録』 最終章 世界の終着点
かくて魔王は倒され、勇者ハリスもまたその命を終えた。これにより世界中から命が失われ、終わりの力に満ちた世界は本当の意味で終了となる。
以後この世界に別の未来はなく、別の過去ももう存在しない。凶悪な魔王の力に滅ぼされた世界はあらゆる可能性を失い、他の世界がどのように時を繰り返そうとも「終わった」この世界は変わらない。
永遠の終焉を刻まれた世界に、それを成した魔王はさぞかし満足していることだろう。かけがえのない世界が失われたことに、神は静かにその涙をこぼした。
「ふっざけんな! 何だそりゃ!?」
本を読み終え、俺は思わず大声でそう叫んでしまう。あまりにも自分勝手な神とやらの言い分には、怒りを通り越して呆れを覚えるほどだ。
「世界がこんなになったのは、外から変な干渉があったからじゃねーか! 文句があるならちゃんと時間通りに飛ばせよ!」
俺が異世界に行く仕組みは、このお優しい神とやらが組み上げたものだ。そしてそいつが正常に稼働して当初の時間に飛んでいれば、あの世界が滅ぶのを防ぐのはかなり余裕だったはずなのだ。
「そうよね。ハリスさんの話だと、吹雪が始まってから子供が生まれなくなるまで大分時間があったっていうし……」
「ああ、多分二〇年くらいは余裕があったはずだ。そんだけありゃ魔王くらい余裕で倒せるわ!」
無論絶対とは言わないが、それだけの時間があって倒せないと思う方が難しい。確かに厄介な魔王だったとは思うが、若さ、時間、物資、人員とあの世界で無くなっていたほぼ全てが揃ってる状態からのスタートなんだから、むしろ楽勝なくらいだろう。
「そもそも今回だけ魔王に変な力が宿ってるのがおかしいしな。原因はこいつだろ? くっそ鬱陶しい!」
俺は手をブルブルと震ってみるが、残念ながら白いナニカが飛び出してくる気配はない。そしてそんな俺をティアが訝しげな目で見てくる。
「何してるのエド?」
「いや、さっきの世界の魔王の力を吸収したときにさ、何か変なのがついてきたんだよ。それがどうやっても外に出せねーって言うか」
「何それ、平気なの?」
「うーん、今の状態を言うなら平気なんだが、ずっと平気かって言われると……」
正直なところ、この白いナニカには厄介ごとの匂いしかしない。というか人の体の中で暴れ回ってる時点で厄介ごとそのものだ。物理的に存在してるって言うんら腕とか足の一本くらいは切り落としてでも排除したいところだが、もっと概念的な何かなのでそういうわけにもいかない。
「チッ、何かスゲー頭にきた! おいティア、俺は決めたぞ!」
「決めたって、何を?」
「一〇〇の異世界全部を、いい感じにハッピーエンドで終わらせてやる! で神っぽい奴に『ねえねえ、今どんな感じ?』って聞きながら一発ぶん殴ってやる!」
「えぇ? 何か色々欲張りすぎっていうか、そんなことできるの? もう通り過ぎちゃった世界とかもあるのよ?」
「そこはほら、何かいい手を考えるよ。とにかくできることは全部やる! 卑怯な嫌がらせしてくる神に、思いっきり吠え面かかせてやるぜ!」
固くそう心に決め、俺は握った拳を振り上げる。具体的な方法? いいんだよ、そんなのはその場その場で考えりゃ大体どうにかなる。
「フッフッフ、神様的にはあれだろ? これで『魔王の力は何て悲惨な結末を生むんだ! こんなことなら俺なんて終わっておけばよかったんだ!』とか思って欲しかったんだろ?
思わねーよバーカ! どうにもならない程度で諦めてたらこちとらとっくに消滅してるってんだ!」
たかだか一度、目の前で世界が終わっただけだ。何十億回と変わらない絶望を繰り返し続けたことに比べればこんなもの壁ですらない。
「ああ、やってやる! 何処が終わりかは俺が決めるんだ! 第〇一二世界が終わり? ハッ! 俺の二周目は……まだ始まったばっかりだぜ!」
俺は椅子から立ち上がると、扉の無くなった壁にドンと拳を叩きつける。すると白い壁がたわみ、そこにチラリと扉が見えたような気がする。
「待ってろ次の世界! どんな状況変化をしてくるのかわからねーけど、俺が必ず最高の終わりを用意してやるからな! ティア、出発だ!」
「はいはい。フフッ……エドはそうでなくっちゃね!」
気炎を上げる俺に、ティアが苦笑しながら席を立つ。新たに開いた扉の先がどれほど過酷な世界でも負けないとばかりに、俺達は手を繋いで新たな世界に足を踏み出すのだった。




