死者は語らず変わらない。ならば勝手に決めつけてもいいじゃないか
「……………………」
動かぬ体を激痛に苛まれながら、俺は勇者ハリスの最後の戦いをしっかりと見届けていた。リーエル謹製の薬の影響で未だに白いナニカが体の内側をグサグサと刺しながら暴れ回っているが、そのおかげで意識を失うこと無く一部始終を見届けられたとも言える。
「みんな、いなくなっちゃったのね…………」
寂しげなティアの呟きが、誰もいなくなった世界に静かに響き渡る。ねじれた魔王も勇者ハリスも、既にこの世にその痕跡はない。何もかもが消えてなくなり、目の前にはただえぐれた地面があるだけだ。
「っ……あっ、ふぅ…………」
「エド? もういいの?」
「…………ああ、まあ何とかな」
俺は未だに痛む体を動かして、ティアの膝の上から起き上がった。自分で言うのも嫌なものだが、この程度の激痛には慣れている。「包帯いらずの無免許医」で骨と筋肉の再生が終われば、起き上がるくらいは問題ない。
俺は無言のまま、二人が消えた場所へと歩いていく。そこはこの山の頂上であり、終わりきった世界が一望できた。
「綺麗……」
「そうだな」
後を着いてきたティアが俺の隣でそう呟く。徐々に日が暮れていく世界に、もう吹雪は吹いていない。一面の白に五〇年ぶりの日が差し込み、赤を反射する白は泣きたくなるほどに美しい。
「この雪って溶けるのかしら?」
「どうだろうな? 気温とかが元に戻るなら溶けるとは思うけど……それでも大分かかるんじゃねーかな」
ハリスの話と俺の記憶を総合すれば、この世界で雪が常時残り続けるほど寒い場所はそれほど無いはずだ。元の気候に戻るならば大半は溶けるだろうが、あらゆる命が死に絶えた世界で果たして気候が戻るのかは俺にはわからない。
「ねえ、エド?」
「ん?」
「私にはわからないんだけど……これが、この光景がこの世界の魔王の望みだったの?」
「さあなぁ」
既に魔王の力は回収済み。ならばこそ俺には魔王の思考が少しはわかるわけだが……
(どう考えても、魔王がこれを望んでたとは思えねーんだよなぁ)
魔王の中に残っていたのは、苦痛とか恐怖とかが嵐のように吹き荒れる感情だけだった。それは襲われ奪われる側のものであり、決してたった一人で世界を滅ぼすような存在が抱く感情ではない。
ならば鍵となるのは今も俺の中で暴れている白いナニカだろう。が、これが何なのかと聞かれてもわからない。とりあえず意識的に体の隅に追いやることでその部分がジクジクと痛むくらいにまで対処できているが、逆に言えばそんな対症療法が今の俺ができる限界だ。
「わかんねーよ。俺には何もわからん」
「そう……」
故に俺は言葉を濁し、そうティアに告げる。どんな理由があろうとも、あの魔王樹……冬の魔王がこの世界を滅ぼしたのは間違いない。なら「実はあいつも被害者だったかも?」なんて言い出すのは無粋どころの話じゃないだろう。
魔王は俺で、倒すべき悪。今はただそれだけでいい。
「……そう言えば、この場合って私達はどうなるの? ちゃんと帰れるの?」
「それは平気だ。あと三分ってところだな」
「えっ!? ってことは……」
「ハリスさんが死んだ時に、通知が来てた」
「そっか……今回は何だかせわしないわね」
「はは、そうだな」
ハリスが消えた時、俺の頭に通知がきた。それによると世界から一定以上の格を持つ魂の完全消滅を確認したため、強制的に「白い世界」へと戻らされるんだそうだ。
笑っちまうぜ。苦労して追放されずともその世界の命を根絶やしにすれば帰れるってか……どんだけだよ。好意的に解釈するなら終わった世界から俺達を救い出す安全装置と言えなくもないんだろうが、そう考えて素直に感謝できるほど俺の頭はお花畑じゃない。
ならばこそそんなことを、ティアに伝える気もない。俺はただ必要なことだけを伝え……そして静かに時が流れていく。
「結局私、何もできなかったわ」
「そんなことねーだろ? ハリスさんも俺達が助けたからここまで来られたって言ってたんだし」
無力感に苛まれているであろうティアの呟きに、俺は軽い感じでそう答える。時には見え透いた慰めの言葉だって必要だ。傷を舐め合って痛みが引くなら、無理に耐えるよりずっといい。
「そうだけど……でも、ハリスさんのこと、助けてあげられなかった」
「いや、それは流石に無理だろ。ハリスさんを助けるのは……」
「わかってる。出会った時点で大切なものを無くしてたハリスさんに、通りすがりでしかない私の言葉が届かないことくらいわかってるわ。
でも、それでも何とかしてあげたかったの。ハリスさんは……エドに似てたから」
「は? 俺?」
唐突なティアの言葉に、俺は自分を指さして首を傾げる。ハリスと俺が似てると言われても、どうにもピンとこない。
「そう。ほら、アメリアの世界で私がエドを助けたでしょ? その時……見たの。昔の……それこそずっと昔のエドが、どんな風に世界を巡ってたのか」
「……ああ、そうなんだ。へー」
その言葉に、俺は反射的に顔をしかめてしまう。正直そこまで覚えてはいないんだが、かつての自分がとんでもなく無力で情けなく、恥知らずで卑怯な生き方をしていたことはおぼろげに記憶している。
それを知られていたという事実は何ともばつの悪いものだったが、ティアはそれを気にすること無くそのまま話を続けてくる。
「その頃のエドにね、似てたの。たった一つの譲れない目的の為に、他の全てを捨ててる……そんな感じ。自分がどれだけ傷ついているかに気づかず、ただひたすらに歩き続けて……その先には崖しかないのに、決して進むのを辞めなくて。
だから……どうにかして助けてあげたかったの。自分勝手な我が儘だってわかってても、どうしても……」
「…………そうか」
時折ティアがハリスに向けていた視線の意味がわかって、俺は一人納得する。ああ、そうだ。ティアはそういう奴だ。そういう奴だからこそ、今もこうして俺の隣にいてくれる。
「……なら、もう助かったんじゃねーか?」
「え?」
「だって、ハリスさんは目的を遂げたんだぜ? 目指す先が崖だと知らず、落ちても落ちても落ち続けてた俺と違って、ちゃんと仇を討ったんだ。
だったら救われてるだろ。もし俺が家に帰れていたなら……きっとどんだけの苦労だって『やって良かった。報われた』って思っただろうしな」
「そう、かな? 本当にそう思う?」
「思う思う! ってか、話に聞いてるだけですらうんざりするほど頑張ってたんだぜ? それで救われてなきゃ嘘だろ。
俺は何度も繰り返した先でここに辿り着いた。ならハリスさんだって辛い世界は今回で終わりで、次からは魔王もいなけりゃ吹雪も吹かない世界で幸せにやるさ。
多分勇者にならずにそのまま漁師になって、普通に同じ人と結婚して子供ができたりするんじゃねーの? 何かそういう修正力……強制力? とにかく世界の流れはある程度同じになるようにできてるらしいし」
「そうなんだ……うん、そうだといいわね」
「ああ、そうなんだよ。ここは黙って俺を信じとけ。ハリスの不幸は……ここで終わりだ」
俺は右腕を前に伸ばし、ギュッと拳を握りしめる。そこに何かあったわけではないが、きっとそれでこんな結末は終わりになったはずだ。
「さ、ティア」
「うん」
俺が左手を差し出すと、ティアがそれを掴んでくる。終わった世界に残った最後の命。その温もりを互いに感じながら、俺達は黄昏ゆく世界に別れを告げるのだった。




