イレギュラーの先にあるのは、七割くらい不幸である
「断種の呪いに、冬の魔王……!?」
あまりにも凶悪な魔王の力に、俺は思わず言葉を失う。それは隣にいたティアも同じで、不安げな表情で俺とハリスの顔を交互に見ている。そしてそんな俺達を前に、ハリスは更に話を続けていく。
「最初にその呪いに気づいたのは、王都の研究者だった。吹雪が続くとはいえ、寒冷地でも育つ作物はある。実際最初の一年だけは雪山で育つような植物は普通に収穫できたのだ。
だが次の年になると、それまでより気温が下がったりしたわけでもないのにどの種も一切芽を出さない。それを不審に思った研究者がとっておいた種子を使い、莫大な燃料を消費して温室を作り上げて研究した。するとどれだけ環境を整えても、一度でも吹雪を浴びた種は一切芽を出さないことが判明した。
そうなればあとは芋づる式だ。寒いから減っていたのだと思っていた虫の類いも、作物が駄目になった影響で乱獲したからいなくなったと考えられていた獣の類いも、その全てが呪いに蝕まれていた。
内部がカラカラで薪にしやすいと喜んでいた枯れ木は新芽を出す力を失った木のなれの果てであったし、人を襲う魔獣すらもその呪いで死に絶えた。
その力がおぼろげながらも判明した時から、様々な方法で解呪できないか検討されてきた。だが全ての試みは失敗に終わり……そしていよいよ、呪いは人間にも影響を与えるようになった。私が最後に赤子を見たのは、二〇年以上前のことになる」
「それってつまり……」
「そうだ。それ以後人類に赤子は生まれていない。事によれば君達こそが、人類に生まれた最後の赤子かも知れないな。はっはっは……」
ハリスの乾いた笑い声が、ゴウゴウとうるさい吹雪の音のなかで妙にはっきりと聞こえる。だがそこまで話を聞いてなお、俺の中には疑問ばかりが湧き上がってくる。
(どういうことだ!? こんな魔王の存在なんて聞いたことがねーぞ!?)
いくら俺が人らしく物忘れをすることがあるにしても、ここまで強力な魔王の存在を忘れるなんてあり得ない。というか、俺が知る中でもこの魔王はダントツに強い。
そりゃそうだろう。ハリスの話が本当ならば、この世界は既に終わっている。あるいは吹雪の届かない海の中や地の底で暮らすならワンチャンあるのかも知れないが、それも今更だ。たまたま世界の異変に興味を示さず何十年も引きこもってる奴がいたとしても、それが人類を存続させられるほどの数になるかと言われれば答えは否だろう。
だからこそおかしい。もはや勝負は決しているというのに、ならば何故俺達はこのタイミングでこの世界に飛ばされたんだ? 俺達が来ることでここから逆転する手段があるってことか? それとも――
「ということで、私の話はこれで終わりだ。どうだ? どうして世界がこうなったか、わかっただろうか?」
「はい。その……何て言ったらいいかわからないけど……」
ハリスの言葉に、ティアが表情を曇らせながら言葉を濁す。その気持ちはわかる。俺だって今の説明にどんな感想を返せばいいのかわからない。そしてそんな俺達の考えを察してか、ハリスが再び疲れた笑顔を見せてくる。
「無理はしなくていい。それに今日、私は新たな希望を見た。この一〇年誰とも出会うことなどなかったというのに、君達のような存在に出会えたからな。見たところ血色もいいし、であればきちんと食事ができているのだろう?
ああ、よかった。本当によかった。君達のような存在がいるなら……そんな場所があるのなら、この世界にはまだ可能性が残っている!
ありがとう。ありがとう! 君達のおかげで、私はまだ先に進める。この旅に新たな意味を与えることができそうだ」
「旅の意味、ですか? ハリスさんは何をしようとしてるの?」
「…………魔王を、殺す」
ティアの問いに、ハリスがキッと目を見開いて断言する。腰に佩いた錆の浮いた剣に手を置くと、その全身から刺すような殺気が吹き出してくる。
「魔王を倒したとしても、呪いが消えるかはわからない。だが少なくともこの吹雪はやむはずだ。そうすれば新たな呪いが広がることは防げるだろうし、いずれは世界が正常に戻ることも……いや、違うな」
ハリスの手が、剣の柄をギュッと握る。枯れ木のような手に太い血管が浮き上がり、その口元は歯が砕けるのではないかというほどに固く食いしばっている。
「これは私怨だ。こんな世界になったせいで、妻の、娘の命が理不尽に奪われた。私はそれが許せなくて、復讐を遂げたいと思っている……かつて勇者になり損ねた男が抱く、薄汚れた欲望。それだけが私の願いで、今日まで生きてこられた原動力なのだ」
「……………………」
燃え尽きる寸前のろうそくの炎の如く、ハリスの猛々しい声が辺りに響く。力強さと儚さの両方を孕むその声は断固たる意思に満ちており……ならば俺がかけるべき言葉はたった一つしかない。
「ハリスさん。その旅に俺達も同行させてもらえませんか?」
「君達を、か? 馬鹿を言うな、若い君達をこんな無謀な旅に巻き込むつもりなどない」
「でも、ハリスさんは行くんですよね? 無謀だとわかっていても?」
「……そうだ。私にはもうこれしかない。魔王を殺すためだけに、長い時間をかけてここまでやってきた。帰る場所も守るものも無い私だからこそ魔王に挑めるんだ。だから――」
「それは、俺達も同じです」
何とか説得しようとしてくるハリスに、しかし俺はその目をまっすぐに見て言う。
「俺達にも、魔王を倒さなければならない理由があります。もしもハリスさんに断られても、俺達は俺達だけで旅を続けるでしょう。ならばどうせなら一緒に旅をした方がいいと思いませんか?」
「む…………」
「お願いします。一緒に行かせてください」
悩むハリスに、ティアが追い打ちをかけるように頼み込む。だがどうもティアの様子がいつもと違うというか、いつもより必死な気がする。いや、いつだってティアは真剣だけど、何かこう必死さの方向性が違うというか……んー?
「……わかった。一緒に行こう。だが私に二つ約束して欲しい。まず私が逃げろと言ったら必ず逃げるんだ。未来ある君達二人が無駄死にするようなことだけは絶対に許容できない。いいかい?」
「わかりました。それで、もう一つは?」
発言内容を理解したという旨で返事をしたが、それを守るとは言ってない。内心で悪い笑みを浮かべる俺が頷くと、ハリスの表情が再び変わる。
「魔王を殺すのは私だ。それだけは絶対に譲れない」
「……わかりました。お任せします」
赤くギラつくハリスの瞳に、俺は軽く息を飲んで返事をする。ああ、この目は駄目だ。俺はこんな目をする人を何人も見てきた。
あるいは復讐、あるいは愉悦。何かに取り憑かれ狂ったように輝く瞳。それを否定したならば、ハリスは絶対に俺達を受け入れないだろう。
ハリスは一体どんな人生を送ってきたんだろうか? 俺の知らない勇者が、俺の知らない魔王によってどれほど人生を歪められたのだろうか?
俺はそれをどうすることもできない。だが俺達が魔王を倒せばこの世界におけるハリスの復讐を果たすことはできるし、もし万が一繰り返すならば、以後の世界ではハリスが歪む原因そのものを消失させることができる。
今までにない過酷な世界での、今までよりもずっと重い旅。そこに向けて覚悟を決める俺に、ハリスが右手の人差し指と中指をまっすぐに伸ばし、その指先を自分の額に当ててから俺達の方にスッと向けてくる。
「フフッ、よろしく頼むよ二人とも」
その動作と深いしわの刻まれたハリスの笑顔に、俺の脳裏で閃光が走る。ハリス……ハリス……今の動作、そしてこの顔……っ!?
(ま、さか…………!?)
第〇二二世界にて出会うはずだった、勇者を夢見る少年剣士ハリス。もし二人が同一人物だとしたら……
(転移先の時間が、四〇年ずれた……っ!?)
思ってもみなかったその可能性に、俺はその場で崩れ落ちるのを必死に堪えるのだった。




