法が人を守らない状況なら、人が法を守る理由は無い
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
全く弱まる気配の無い吹雪の中、俺達は必死に足を動かし前に進む。過酷な環境には割と慣れている方だと思うんだが、体力の消耗はどうしようもない。特に新しい世界にやってきた直後は体が新品に巻き戻る影響で体力も落ちているので辛いのだ。
「ハァ、ハァ…………」
歩きながらも、俺はチラチラと手の上に浮かべた「失せ物狂いの羅針盤」をチェックする。深く積もった雪の前では道など確認できるはずもなく、頼りになるのはこれしかない。
というか、これが無かったら正直途方に暮れていると思う。それほどまでにこの世界では進むべき指針が見当たらない。
「ティア、大丈夫か?」
「ええ、平気よ」
時折振り返って声をかけると、ティアがちゃんと返事をしてくれる。手を繋いでいるのだからはぐれる心配はないが、それでも確認をしてしまうのは俺の心の弱さだろうか? 氷のように冷たい感触の向こうに確かにティアが存在していることを、俺はもう何度も確認している。
辺りにあるのはただひたすらに雪。木はまばらに立っているが、ティア曰くその全てが本当の意味で枯れた木……死んだ木だという。
そしてそれ以外には何もない。俺達以外に動いているものが、この世界には何も無いのだ。無論この雪だ。仮に小動物なり何なりが小さな足跡を残したとしてもすぐに消えてしまうのだろうが……それでもまるで俺達以外の全てが雪に埋まってしまっているかのような感覚は、俺の精神を静かに削ってくる。
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
だが歩く。それでも歩く。足を止めれば俺達もこの雪の下に埋もれることになってしまう。歩いて歩いて、歩き続けること四時間。遂に白く染まる視界の向こうに、うっすらと何かの影が見えた。
「……町、か? おいティア、町だぞ!」
「ホント!? よかった、ようやく休めるのね」
喜び勇んで、俺達は足を速める。するとそこには間違いなく町を囲う石壁や門がある。
遂に見つけた人の息吹。明かりの一つもついていないし門番も立っていないが、こんな吹雪の中で警備も何もないだろう。無断で通って怒られるかもなんて意識が働くより前に俺達は門をくぐって町中に踏み入り……だがそこで足を止めてしまう。
「これ、は…………」
そこには確かに町並みがある。が、その全てが……目の前の通りすら雪に埋もれ、人が通った形跡がない。
「おーい、誰かいないか! おーい!」
大声で人を呼ぶ。だがそれに答える者はいない。ただ吹雪の音にかき消され、白に埋もれて溶けるのみ。
「……その辺の家を訪ねてみるか」
ここで待っていても埒があかない。俺は近くの家の前に立った。扉には氷片がこびりついており、長く開かれていないことを物語っている。
「こんにちはー! 誰かいませんかー?」
ガンガンと扉を叩くも、返事は無い。なら……
「外の世界を調査してる者です! 食料や薪をお分けしますから、話を聞かせてくれませんかー!」
目の前の家のみならず、通りの向こうにまで聞こえるくらい大声でそう声をかける。だがそれでもどこからも何の反応もない。
「エド?」
「周囲がこんな状況だ。そういうのを持ってるって宣言すりゃ、良くも悪くも釣れる奴がいるかと思ったんだが……こりゃ本気で無人か?」
「かもね。どうする?」
「うーん……よし、扉をこじ開けて入ろう」
「いいの? ここは前の世界とは違うのよ?」
「ハハッ、ティアにそんなことを言われる日が来るとはなぁ。ま、大丈夫さ。いざとなったら俺だけは大人しく捕まるから、ティアは身を隠しておいてくれ」
「むぅ……わかったわ」
笑って言う俺に、ティアが若干不満げながらも同意してくれる。俺だけならどんな状況からでも抜け出せるので妥当なところだし、何よりこの状況ならたとえ捕まったとしても情報を得られるメリットの方がでかい。
「んじゃ……せいっ」
剣を振るって閂の部分を切り飛ばし、俺達は家の中へと侵入する。室内は真っ暗で、空気は冷たく埃っぽい。家具などはそのままなので人が暮らしていたのは間違いないだろうが、その営みがあったのはもう大分昔のようだ。
「俺は奥の部屋を見てくるから、ティアは調理場の方を頼む。棚の中までしっかりな」
「了解」
俺はランタンを腰に、ティアは光の精霊を浮かべるとその場で二手に分かれ、俺はそのまま居間を通り抜け、奥の部屋に行く。部屋は二つあったがどちらも似たような感じで、やはり人の気配はない。
「ベッドにも埃が積もってる。この状況を記した本や記録なんかも無し……か」
あわよくば日記的なものがあるかと思ったが、残念ながら資料になりそうなものはなかった。流石にただの民家にボタンを押すとベッドが動いて地下室が……なんて仕掛けがあるはずもないので戻れば、戸棚の奥まで調べていたティアもまた俺に気づいてこっちにやってくる。
「どうだティア? 何かあったか?」
「ううん、何も。食料の類いも綺麗になくなってたわ」
「ってことは、ここの住人は何処かに避難したって可能性が高いな」
町並みが壊れていないから、魔獣が襲ってきたとかは無さそうだ。それに食料が残ってないということは、それらを持って移動したことになる。つまり大急ぎで逃げたんじゃなく、きちんと計画性を持って何処かに避難したってことだ。
「よし、それなら次は町の中心に向かって移動しよう。途中に冒険者ギルド……があるのか知らねーけど、そういう避難所になりそう、あるいは情報が集まってそうな場所があったらそこをチェックしていく感じで」
「わかったわ。そこに誰かいればいいけど……」
「そうだな」
猛吹雪から逃げるために、でかい建物に一塊になって避難しているというのならそれが一番わかりやすいし、穏便に事を運べる。
ということで、俺達は民家を出て再び通りを進んでいく。周囲に建物があるだけに吹雪は大分マシになっていたが、それでも油断せず手を繋いだまま歩いていくと、程なくしてひときわ大きい石造りの建造物が目に入る。
「あれっぽいな」
「行ってみましょ」
期待を込めて近づいてみると、冒険者ギルドと思わしき建物はかなりがっちりと封鎖されていた。入り口は勿論窓もしっかりと木戸によって閉じられており、外から内部を窺うことはできない。
「おーい! 誰かいないかー!」
念のため、今回もガンガン扉を叩いて大声で呼びかけてみる。だが何度やっても返事はなく、人が動く気配も感じられない。
「はぁ、今回も破るしかねーか」
「冒険者ギルドの扉を破るなんて、すっごい悪人になった気分」
「言うなよ。緊急事態による超法規的措置ってやつだって」
平時にギルドを襲ったりしたら指名手配間違いなしだが、呼んでも反応がないんだから仕方がない。万が一を考えできるだけ元に戻せるように扉を壊して中に入ると、ここもまた雪の代わりにぶわりと埃が舞い上がる。
幸いにして壁に据え付けられた照明の魔導具がそのままだったため、とりあえずそれを起動してから俺は改めて建物内を見回した。
「こっちも人がいなくなって大分経つみてーだな」
「ここもやっぱり中を調べるのよね?」
「そりゃそうだろ。あ、でも、ギルドなら防犯用の魔法なり何なりが生きてる可能性があるから、十分気をつけてくれ」
「わかったけど……それ、エドが最初に調べたら駄目なの?」
「……………………駄目じゃねーな」
ティアに指摘され、俺は「失せ物狂いの羅針盤」でその手の罠を調べてみる。すると執務室と思われる部屋のでかい机の引き出しと、その奥にある金庫が引っかかったが、見てみるとどちらも開け放たれていた。
「うーん、先客がいて既に荒らされてた? それとも避難する時に持ち出してそのままってことか?」
「ぱっと見は物色された感じでもないし、持ち出したんじゃない?」
「となるとよほど重要なものか、あるいはここに戻ってくる気がなかったってことになるんだが……むぅ」
万が一の場合に避難所になるようなギルドを完全放棄しているとなると、もうこの町には誰も残っていないだろう。そうなるとまた吹雪の中を移動しなければならないわけで、それは何とも気が滅入る。
「ハァ、仕方ねぇ。資料室にそれっぽい情報がないか探してから、次の方針を考えようぜ」
「はーい」
せめてこの町の名前くらいはわかることを期待して、俺はティアと一緒に二階の資料室へと足を運んだ。




