ある程度以上便利なものは、一転して不便でもある
「よっ……とぅあぁぁぁ!?」
新たな世界に降り立った瞬間、俺を襲ったのはとんでもない猛吹雪だった。全身に叩きつけるようなその勢いに、俺は思わずその場でよろけてしまう。
「うひゃぁぁぁ!?」
「ティア!? 手を出せ!」
同じく叫び声を上げたティアに、俺は右手を思い切り伸ばす。するとすぐにティアが掴み返してきたが、その姿がよく見えないほどに吹雪の勢いは強い。
「こりゃ駄目だ。現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』! 捜し物はここから最も近い吹雪をしのげる地形、もしくは建造物だ!」
俺は慌てて力を使い、羅針の指し示す方にティアの手を引いて必死に歩いていく。まともに視界が通らないなか膝まで埋まるような深い雪のなかを、ひたすらに歩き続けること三〇分。ようやくにして辿り着いた洞窟のなかに転がり込むと、俺は中に魔獣の類いがいないことを確認してからホッと胸を撫で下ろした。
「ふぅぅ、とりあえず何とかなったな。大丈夫かティア?」
「何とか。うへー、体中雪まみれだわ……」
振り向けば、ティアがポンポンと体に着いた雪をはたき落としている。俺も同じように雪を落とすが、幸いにして雪が溶ける余地がなかったため、思ったよりも服は濡れていない。
「これなら脱いで乾かさなくても平気そうだな。せっかくだし、あれ使ってみるか」
洞窟にはさしたる広さはなく、高さ二メートル、幅と奥行き三メートルくらいのふんわりとした丸形だ。入り口だけは一メートルくらいの小ささになっていて獣が巣穴にするなら最適の形だが、これだと中で火を焚いた場合煙が逃げづらいので気づかず煙に巻かれる可能性がある。
ならばと俺が「彷徨い人の宝物庫」から取りだしたのは、キャナルの世界で調達した携帯用のヒーターだ。一見するとランタンのような作りだが、床に置いて頭の部分にある紫色の石に魔力を込めると、すぐにいい感じの熱が周囲に広がっていく。
「ほらティア、暖かいのつけたぞ」
「わーい! はーっ、ほっかほかね」
俺の呼びかけに、ティアがニコニコしながらヒーターの前に座り込む。中央に張られたオレンジ色の板が発する光は見た目にも暖かく、吹雪の中を行軍して冷え切った体がじわりと熱を取り戻していく。
「それにしても、本当に便利よねこれ」
「だなぁ。頑張って型落ち品を探した甲斐があったぜ」
あの世界における便利な魔導具は、大抵の場合魔力を蓄積することのできる石、魔石を動力としていた。だが魔石は高度に規格化された工業製品であり、あの世界でなら簡単に手に入る反面、他の世界ではどうやっても手に入らない。
なので魔力を充填された魔石を交換する新式の魔導具ではなく、俺はあえて直接魔力を注げるような旧式の魔導具を探して購入したのだ。こっちなら魔力さえあれば誰でも使えるし、俺程度の貧弱な魔力でも起動だけなら問題ない。勿論使い切ったらティアに魔力を補充してもらわないとだが、逆に言えばそれだけで壊れるまで運用できる。
「それにしてもいきなりこんな吹雪なんて、ここってどんな世界なの?」
「んー、それなんだけどさ……」
ヒーターに当たりながら問うてくるティアに、俺は眉根を寄せて言葉を濁す。
「実は、よくわかんねーんだよ」
「わからない? それは思い出せないってこと?」
「いや、違う。俺が回った一〇〇の異世界の何処にも、いきなりこんな吹雪になってる世界なんてなかったんだよ。今回が初めてだ」
ゆっくりと首を横に振りながら、俺はそう言葉にしつつもう一度記憶を掘り返してみる。だがどれだけ思い出そうとしても、この世界に該当する世界が思い当たらない。
いきなり吹雪の中に出るなんて世界、忘れるはずがない。それでも思い当たらないってことは、ひょっとして今までとは違う新しい世界? でもそんな事あり得るのか?
「そうなんだ。ミゲルの時みたいに、私がいるせいでちょっと出る場所がずれたとかかしら? 世界で思い当たらないなら、勇者の人を探してみるのはどう? その顔を見れば流石に思い出すんじゃない?」
「そうだな。なら……現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』」
俺は改めて追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」を起動すると、この世界の勇者を探す。すると何ともくたびれた男の顔が映し出され、現れた羅針はきちんと方向を指し示した。
「どう?」
「確かに何となく見覚えがある気がする」
「ならやっぱりエドが忘れてるだけじゃない? そう言うことなら会って話せばもっとよくわかるわよ」
「だといいけどな。まあ会わねーって選択肢はねーんだから、しばらく様子を見て吹雪がやんだら移動しようか」
「了解。じゃ、しばらくはのんびりしましょ」
気楽にそういうティアに苦笑しつつ、俺達はまったりと時を過ごす。だが三時間待ち六時間待ち、食事を取って仮眠して次の日になってもなお、外の吹雪がやむ様子が一向にない。
「今日も凄い天気ね……どうするエド? もう一日様子をみる?」
「どーすっかな……」
ゴウゴウと吹き荒れる吹雪を前に、俺は腕組みをして考え込む。物資には十分な余裕があるから、一週間くらいまでなら待機しても問題ない。
が、それはこの吹雪がやむ目処が立つならの話だ。少し洞窟を出て周囲を見回してみた感じでは、どうもこの雪は昨日今日のものではなく、結構な長期間に渡って降り続けているように思える。
「……よし。とりあえず今日一日様子を見て、吹雪が弱まる時があったらそこで出発しよう。それでも変わらない感じだったら明日の朝一で出発する。それでどうだ?」
「いいわ。じゃ、そのつもりで準備しておくわね」
「おう」
簡単なやりとりを済ませ、俺達は食事をしたり装備の手入れをしたりしながら時間を潰していく。だがそれでも結局吹雪が弱まることはなく……明けて翌日。相変わらずの猛吹雪の中、俺達は洞窟を出てその身を大自然の脅威に晒していた。
「ねえエド、何処に向かってるの?」
「とりあえず、一番近い町だ」
まっすぐに腕を伸ばすと、指先の爪が見えるか怪しい。そんな悪天候に立ち向かう俺達は、手を繋ぎ大声で話をする。ここまで視界が悪いと進行方向は完全に「失せ物狂いの羅針盤」に頼るしかなく、道なき道をひたすらに歩き続ける。
そしてそんな道中のさなか、不意にティアが声を漏らす。
「……枯れてる」
「ん? 何だティア?」
「周りにある木が、みんな枯れてるの」
「木? ああ、確かにそうだな。でも雪山の木なんてこんなもんじゃねーの?」
言われて周囲を見てみれば、周囲にまばらに立つ木はその全てが枯れ果てている。俺としては言葉通りにそう特別な景色には見えなかったんだが、その答えに対しティアがキュッと繋いだ手に力を込めてくる。
「違うの。雪山の木は、一見すると枯れてるように見えても生きてるのよ。春になって新たに芽を出すために、眠ってるだけなの。
でも、ここの木は違う。完全に枯れちゃって、命が感じられないの。寝てるんじゃなくて、死んじゃってるのよ」
「それは…………」
そう言われた瞬間、周囲の景色が一変したような気がした。吹雪に見舞われた雪山ではなく、命の潰えた死の山。何でもない光景が、どうしようもなく寂しく感じられる。
「……少し急ぐか」
「ええ、そうしましょう」
何か状況が変わったわけじゃない。それでも俺は何となくいたたまれなくて、一刻も早くこの場を立ち去るべく必死に足を動かし続けた。




