断章:かくて運命は螺旋を歩む
今回は三人称です。ご注意ください。
「……………………?」
何処でもあり、何処でも無い場所。アレの中に、ふと違和感が生じる。だが己の権能により管理している数多の世界に意識を向けても、そこには何の問題も生じてはいない。
いや、正確には世界の内側にいる生命単位でなら問題などいくらでも発生している。だがたとえ世界が崩壊するような問題であったとしても、それがその世界の中だけで完結するなら問題ではない。アレは世界全ての管理者であり、そこに存在する小さなナニカをいちいち気にかけたりしないからだ。
「……………………?」
ちょっとした気のせい、あるいは気の迷い。もしもアレが人であったなら、そのくらいで片付けてしまったかも知れない。だがアレは全知全能とまでは言わずとも、万知万能ではある。その知覚に違和感を感じたならば、そこには必ず何かある。
ならばこそアレはしっかりと意識を集中して……そして違和感の発生源を見つける。広く偏在する意識を発生源の前に集中させると、何か作業をするときに最も汎用性の高いヒトの形をとってそこに出現し、驚愕に目を見開く。
「まさか……っ!?」
そこにあったのは、星の記憶すら霞んで見えるほど遠い昔に己が作った封印の箱。時の流れから外れたそれは永遠不変にて刹那と永劫を孕み、やがて存在そのものが無かったことになることでのみ世界に安寧をもたらすはずだった禁忌の檻。
だがアレは今もその封印のことを覚えているし、目の前にある。つまりこの中では未だにあの忌々しき魔王が終わることなく存在しているということであり、ただそれだけでも業腹なのだが……問題はこれに違和感を感じたということだ。
「中で何かが起きている……?」
封印の箱は、通常の時間の流れから隔離されている。そして内部では限られた同じ時を永遠に繰り返し続けるようになっており、仮に変化があったとしても、一定時間が経過すれば全てが無かったことになって最初から始まる。
故に許容範囲を超える変化など起こりようがないのだが、意識すればするほど箱のなかで何かが起きているような気がしてならない。それは人で言うなら「ソワソワして落ち着かない」という感覚に近いが、高いレベルに存在するアレが感じているのなら、絶対に外れる事の無い未来予知と同じだ。
「調べるか? いや、しかし……」
自分でかけた封印なのだから、箱の蓋を開けることはできる。だが開けてしまえば永遠に同じところを巡り続けるだけだった内部の時間の流れが、普通に流れている外の時間の流れと繋がってしまう。
それは致命だ。絶対に避けなければならない。だが蓋を開けねば中の様子はわからない。わからないように作ったのだから当然だ。こちらが見れば、向こうも見てくる。見る影も無く弱体化しているはずのソレを、しかしアレは侮っていない。この箱が未だに消えることなく存在しているくらいなのだから、侮れるはずがない。
「……………………仕方ない」
星が二つ三つ生まれては消えるくらいの時間をかけて思案した後、アレは一つの妥協案を決断した。
元々この箱には、いくつかの安全装置が組み込んである。そのうちの一つは全てを包括する大きな箱の内部でも、根源たる「永遠の白」や巻き込んで使い捨てた一〇〇の異世界をそれぞれ独立した小さな箱に入れていることだ。これならば万が一どちらかの箱の封印がほころんだとしても、即座に時の流れを取り戻されることはない。
なのでアレはほんのわずかに箱の蓋を開け、中にソレがいないことを確認しながら一〇〇の異世界を全て箱の外に引っ張り出し、すぐに蓋を閉める。
そうしてソレのいる「永遠の白」に最小限の影響を与えるだけで済ませたアレは、抜き出した一〇〇の異世界の箱を一つずつ開き、その中身を調べていった。
一つ調べ二つ調べ、三〇、五〇と調べていっても、世界にこれといった問題はない。どの世界でもソレの欠片たる魔王が存在しており、その世界の意思が生み出した勇者が異物を排除しようと戦っている。それは元々想定していた流れであり、それのもくろみが上手くいっている証拠だ。
だがアレは油断しない。更に世界を調べていき……そして遂に違和感の正体を発見する。
「魔王がいない!?」
その世界には、魔王が存在しなかった。間違いなく送り込んだはずの魔王の力の欠片が、過去にも未来にも存在しない。
それはつまり、単に勇者に倒されたわけではないということだ。世界から魔王の存在そのものが消える理由はただ一つ。ソレがその力を己に取り込んだ時のみ。
「まさか……まさか、まさか!?」
アレは慌てて残った世界を調べていく。すると魔王が存在しない世界が他にもいくつか見つかった。まだ数は少ないが、かといって到底看過することなどできない。永遠の円環は変わらないからこそ意味があるのであり、ソレが力を取り戻せるなら単にその機会を無限に与えるだけになってしまう。
「マズい。マズいぞ……どうする?」
アレの目が、蓋をした大きな箱の方に向く。
蓋を開け、「永遠の白」にいるであろうソレの状態を確認すべきだろうか? だが見たとして何ができる? 力を取り戻しきらぬうちに、更に細かく力を砕いて再封印するのか?
それは既にやったことだ。同じ事を繰り返しても時間稼ぎにしかならない。そして時間稼ぎなど何の意味もない。重要なのはソレが自ら終わりを求めるか否かだけであり、その結論に至るまでの時間など、アレやソレの視点からすれば億年でも兆年でも違いなどないのだ。
ならばもっと根本的な修正……たとえばソレに付与した人格をいじるとかだろうか? だが熟考した結果最適だと判断したのが今の人格なのだから、そこに手を加えるのはいい手段とは思えない。あまりに脆弱にしすぎれば虫のように感情を失い「自分を終わらせる」という決断をしなくなってしまうし、かといって今ですら力を取り戻しているのに強くするなど論外だ。
「無理だ。ソレの魂にこれ以上の干渉はできない。というか、力を取り戻しているなら私に関する記憶も取り戻しているのでは? ならば尚更だ」
ソレの持つ「全てを終わらせる力」はどうしようもなく危険だ。流石に弱体化している状態でいきなり自分を完全に終わらせられるとは思えないが、一部ならば可能かも知れない。そして自分の力の大きさを考えれば、一部でも……それこそ足の小指の爪くらいであっても終わらせられれば無数の世界に影響が出る。
「……………………こちらか」
宇宙が二つ三つ生まれては消えていくくらいの時間をかけて思案したアレは、一〇〇の異世界を封じ込めた箱の方に目をやった。
ソレに直接干渉はできない。だが幸いにしてソレの行動を縛る鎖はまだ完全に切れてはいないらしい。
ならばこれからソレが訪れる世界に細工をする。そうしてソレが自分の力の残酷さを目の当たりにすれば、自ら力を手放そうとするかも知れない。
あるいは不完全な状態で力を取り戻すことで、暴走して自分自身を終わらせることもあるのではないか? 強く感情を揺さぶることも有効だろう。ソレが道化のままであればきっと通じるはずだ。
「やってみるしかあるまい」
ソレの危険性を再確認してしまった今、そう何度も封印の箱の蓋を開けたくはない。なのでアレは未だ魔王が健在な幾つかの箱の蓋を開け、己の力をほんのわずかに注ぎ込む。
それは砂漠に砂粒を落とす程度。だがその砂粒が砂金であれば、世界は大いに沸き立つことになる。アレは仕込みを終えた箱をもう一度大きな箱の中にしまい込むと、今度こそ箱の蓋を完璧に閉じてその場を去った。
果たして箱は消えるか残るか。もしも蓋が開くなら、それは外からか内からか……アレの行動がどんな結末をもたらすかを、今はまだ誰も知らない。




