人に言えない秘密には、人に言えない理由がある
「なあエド、結局それは何なんだ?」
もの凄い形相で絶叫している魔王とは裏腹に、落ち着き払ったゴウが黒い玉を手で弄ぶ俺に問いかけてくる。説明はできるが、本当の事をそのまま言っても前提知識がないゴウを混乱させるだけだ。となると適当なところで……
「これが魔王の力の源なんですよ。これがある限り、多分何度でも復活できるんだと思います。逆に言えばこいつを押さえれば二度と復活できないわけですけどね」
ニヤリと笑う俺の目線に、魔王がビクッと体を震わせる。
俺の手の中にあるこの玉に込められているのは、紛れもなく俺の……魔王エンドロールの力の欠片だ。だが目の前の魔王は、あろうことか己の本質とも言えるこの力を自分から切り離して保管していた。
それによりもし俺が魔王に触れても力を奪ったり奪われたりすることはなかっただろうし、他の魔王なら世界に入った瞬間に気づくはずの俺の存在に気づけなかった。
俺という本体や、こんな状況に陥る原因となった神。自らの力をある意味切り捨てることで、こいつはそういうでかすぎて回避できないしがらみを一緒に捨てることに成功していたのだ。
「ん? ということは、それさえ無事なら何回でも復活できるってことよね? 何でそんな大事なものをお城の隠し棚の裏なんて場所にしまってたの? もっと厳重に守ればいいのに」
「あー、その辺は考え方だな。魔王がガチガチに防御を固める場所があったら、絶対そこに何かあるって思って探すだろ? ティアも言ったじゃねーか。存在を知られないことこそが最強だって」
「ああ、そういうこと! 確かにそうね」
隠し階段のやりとりを思い出し、俺の言葉にティアが頷く。
「だろ? 更に言うなら、海の底にでも沈めちまえば誰にも手が出せなくなるけど、そうするとこの玉が無事かどうかが魔王本人にもわからなくなっちまう。
自分がいつでも確認できて、いざって時には守ったり取り返すことが可能な距離に隠すとなったら、あの場所くらいしかなかったんじゃねーかな。実際普通なら見つからなかっただろうし」
ゴウが壺にこだわる勇者でなければ、間違いなくこの玉は見つからなかった。まあ俺達の場合は魔王の力を回収できないからって理由で原因を探すだろうが、そうでなければ魔王の秘密に気づく人間はまず現れなかったことだろう。
「ということで、これで……終わりだ」
俺がグッと手に力を込めると、黒い玉にヒビが入り、そこからもやが吹き出してくる。意思と切り離され純粋な力になっているせいか、それは何の抵抗もなく俺の中に吸収されていく。
それと同時に玉がドンドン透明になっていき、中身が全て俺の中に収まったところでパリンと音を立てて玉が砕け散った。
「これでもうお前は蘇れない。どうする魔王……えーっと、何だっけ?」
「マルハーゲン……じゃない、ザマァハーゲン?」
「どっちでもいいだろう! いくぞ魔王ズラハーゲン! 覚悟!」
「ザマハーゲンだ! くそっ、くそっ、くそっ! 余を舐めるなぁ!」
絶叫と共に、魔王が爪を伸ばして自らの首を刎ねる。だが魔王の魔力は消えるどころか何百倍にも膨れ上がり、周囲全てから押し寄せるように感じられる。
「これは……っ!? マズい、急いで外に出るぞ!」
「了解! 行くぞティア!」
「ええ!」
慌てるゴウに連れ立って、俺達は全力で階段を駆け上り、最終的には魔王城から外に出る。幸いにして扉は開いており、細く長い一本道の崖を半分ほど進んだところで、背後からとてつもない轟音と共に聞き覚えのある重低音が響いてきた。
「グアッハッハッハァ! 見たか勇者共よ! これこそが余の真の姿! 余が五〇〇年かけて魔王城に蓄積した魔力、その全てを用いた究極のゴーレムだ!」
「うわぁ……でっか」
「そうね。おっきいわね」
色んなところが折れ曲がっていい感じに手や足っぽくなり、その場に立ち上がった魔王城こと魔王ゴーレムの巨体を見上げながら、俺とティアはそんな感想を口にする。
「おいエドにルナリーティア! どうしてそんなに落ち着いているんだ!? あんなに巨大な敵など、どうすることもできんぞ!?」
「そうだ! この魔力は魔王の力ではなく、この世界の魔力をかき集めたもの! なればこそいかに貴様が本体だとて、この力を奪うことはできん!
さあ、己の矮小さを噛み締めながら、余の足下にひれ伏し……いや、踏み潰されるがいい!」
「くっ! 行くぞ二人とも! これが最終決戦だ!」
「おー」
「ま、頑張りましょ」
強大な敵を前に、それでも諦めること無く声を張る勇者ゴウ。それに俺とティアは今ひとつ気の抜けた返事を返し、遂に最後の決戦が始まり――
――そして終わった。
「よくぞ魔王を討ち果たした! 勇者とその一行よ!」
ここはゴウの出身国の城。豪華なローブに身を包む王様の前で、俺達は膝を突き頭を下げてそのありがたいお言葉を受ける。
ちなみに、魔王ゴーレム戦に関して語ることは特にない。魔王城は確かにでかくて固かったが、でかいということはこっちの攻撃を回避できないってことであり、どれだけ固くても俺の「薄命の剣」の前では意味が無い。
おまけにあの巨体を再生する力は流石になかったらしく、俺が初手で真っ二つに切ったら、それで終わってしまったのだ。相性の問題もあるんだろうが、俺としては人型の時の方がまだ強かった印象がある……哀れ魔王ナントカハゲ。安らかに眠ってくれ。
「――ということで、世界を救ってくれたお前達には、それに見合う褒美を与えたいと思っている。時間を与える故、ゆっくりと考えてみてくれ」
「あ、あの!」
俺が王様の話を聞き流していると、どうやら褒賞の話になっていたらしい。王様の言葉に、何とティアがちょこんと手を上げて声を挟んだ。
「む、何だ?」
「あの、褒賞! 褒賞にどうしても欲しいものというか、知りたいことが一つだけあるんですけど、それを今聞いては駄目でしょうか?」
「ふむ? 大臣?」
「この場で答えられるようなことであれば、特に問題は無いかと思いますが」
「そうか。ならば……ルナリーティアだったな。申してみよ」
鷹揚に頷く王様に、ティアが嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。では失礼して……あの、どうして勇者の特権に他人の家の壺を割ったり、箪笥を漁ったりする権利があるんですか? 私、それがずっとずっと気になってて……」
「それは…………」
ティアの言葉に、王様がスッと顔をしかめる。そのまま周囲と幾度か視線のやりとりをすると、王様が改めてティアに声をかけてきた。
「既に魔王が倒されたなら、まあいいだろう。ただしこれは絶対に他言してはならぬ。他の二人もよいか?」
「勿論お約束致します」
「自分も大丈夫です。約束します」
「うむ。では……勇者ゴウと旅をしていたなら、時折彼が金色のメダルを拾っているのを見たのではないか?」
「あ、はい。見ました」
「あれは勇者が壺を壊したり箪笥を漁ったりしたときにのみ、どこからともなく出現するのだ。元の持ち主がそれを入れたわけでもなく、何なら空っぽであると確認した壺のなかからすら出現する。
そしてそのメダルには使い道があってな。聖地エルショアの地下にある秘密の魔導具、そこにこのメダルを入れると、町に魔獣が入ってくるのを防ぐ結界石などと交換できるのだ。
結界石は有用なれど消耗品。なので勇者にはこのメダルを集めてもらわなければ人類はいずれ町に結界を張り続けられなくなってしまう。だがそれを素直に伝えれば魔王軍につけいる隙を与えてしまう。
なので世界中のあらゆる国で勇者はメダルを現金や貴重な魔導具などと交換できるようにし、表向きは『王族にはこのメダルを集める風習のようなものがある』ということにしていたのだ。
そうすることで『勇者にしか手にできない』メダルを拾って持ってきた者を我らは見逃すことなく勇者として認定することができるし、その後もメダルを安定供給してもらえるというわけだ。
どうだ? これで答えになったか?」
「…………はい! ありがとうございました!」
理不尽な法であろうとも、法にはちゃんと意味がある。望む答えを得られたティアは、最高の笑顔でそう答えた。




